第24話 キング・オブ・スカーレット その4
古代ギリシャの高位神、アルテミス。
弓の名手として知られ、月の女神であると同時に狩猟の女神でもある。
その一撃は大地を穿ち、リンのユニットとして多くの戦いを制してきた。
が、しかし――そんな彼女は竜の巨体を狙わず、明後日の方向に矢を向けて放つ。
自身の恋人ですら射殺したといわれる精密射撃が、あらぬ方向へ飛んでいこうとしているのだ。
衝撃波のリングを発生させながら撃ち出された光の矢は、水晶洞窟の壁に激突して跳ね返り、天井へと進んでから再び跳ね返る。
それは、まさに弓矢を使った跳弾。【超次元射撃】。
よほど高速かつ高威力の射撃をしなければ、ここまで矢が反射することはないだろう。
数回ほど跳ね返った矢は、まったく予想外の角度から【ズユューナク】に突き刺さって爆裂。
巨竜の悲鳴と共に水晶塊が砕け散ったが、ステラは攻撃の手を止めない。
「攻撃宣言! 攻撃宣言! 攻撃宣言!」
「ボォアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!」
リンクカードを犠牲にしながらも、次々と撃ち出される超音速の跳弾。
その一撃が刺さるたびに、10000ものダメージが敵のHPを削っていく。
様々な決闘を経験してきたメンバーたちも、ここまで苛烈な攻撃を見るのは初めてだった。
「うっわ~……めっちゃ効いとるやん。こら一方的に決まってまうで」
「そうだけど……おかしいわね、順調すぎる。
こうして徒党を組んで先手を取れば、あとは数字で押し切るだけ。
その程度の敵なら、もっと討伐の報告が上がっているはずよ」
「全世界の統計で小数点以下って話だよな。ネームドに挑んで勝てた確率は」
「これで最後です! 攻撃宣言っ!」
クラウディアたちが訝しむ中、ついに【ズユューナク】のHPが底をついた。
洞窟内で奏でられていた跳弾と悲鳴のセッションが止まり、巨竜を覆う水晶もボロボロに破壊されている。
もはや相手は力を失い、粒子化して消えるのみ――と、そう思いたいところだったが。
安心して勝鬨を上げるよりも早く、赤晶竜の両眼が煌々と輝いていることに気付く。
まだ相手は倒れきっていないのだ。
その可能性を肯定するかのように、これまで見たこともない隠しTipsが表示される。
Tips――――――――――――――
【 ネームドモンスター第2形態 】
ネームドモンスターの初期形態を倒すことで変化。
HPが最大まで回復し、固有のスタックバーストが発動。
即時にモンスター側のターンになる。
――――――――――――――――――
「第2……形態……?」
悪い冗談でも聞かされたかのように、メンバーたちは目を疑った。
しかし、気になる点は各所にあったはずだ。
なぜカードの効果が通用しない【ズユューナク】に、ステータス低下を反転させる効果が備わっているのか。
なぜ『このモンスターはスタックバーストを持たない』ではなく、『???』になっていたのか。
その答えが今、竜の変貌をもって示される。
「ボォアアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!」
両目を輝かせ、紅蓮の吐息と共に咆哮する巨竜。
体を覆う水晶が完全に剥がれ落ち、内側に秘められていた本当の姿が出現する。
それは洞窟の最下層に棲むドレイクたちの王。
地底を支配する、真なる竜の顕現であった。
Enemy―――――――――――――
【 赤晶竜王”ズユューナク” 】
クラス:??? タイプ:竜
攻撃92000/HP113000/敏捷50
効果:このモンスターが受けたステータスの低下は、上昇効果に変換される。
スタックバースト【ナインライブズ】:瞬間:【インペリアル・スカーレット・ドレイク】を9体召喚する。
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先ほどの攻撃で、王は鎧を失ったにすぎない。
頭部から突き出た水晶がバキンッと砕け散り、真っ赤に発光する刃物のような角が露出。
全ての水晶が取り除かれた体は美しくも恐ろしく、深紅と黄金色の鱗が入り混じっていた。
そして、スタックバースト【ナインライブズ】が発動。
激しい戦いで剥がれ落ちた水晶塊が、意思を持つかのごとく個々に動き出す。
通常種よりもひと回り大きなドレイクが計9体。それら全てが王より落ちた水晶塊から生まれ、近衛兵として立ちふさがる。
Enemy―――――――――――――
【 インペリアル・スカーレット・ドレイク 】
クラス:??? タイプ:竜
攻撃7700/HP9900/敏捷70
効果:このモンスターはカードの効果を受けず、捕獲することもできない。
このモンスターは1体ごとに盾となり、【赤晶竜王”ズユューナク”】に与えられたダメージを代わりに受ける。
スタックバースト【真紅の重圧】:永続:【赤晶竜王”ズユューナク”】およびプレイヤーのユニット全てに攻撃-1000。
ゼロ以下にはならず、このモンスターが破棄されても効果は持続する。
――――――――――――――――――
「な……な、な、な……なななな……」
「「「「「「なんじゃこりゃ~~~~~っ!?」」」」」
この状況には、さすがのメンバーたちもリンの言葉に声を重ねるしかなかった。
突如として現れた近衛兵たちが、一斉にスタックバーストを発動。
【鉄血の翼】が使役しているユニットは、全て攻撃力が9000ダウン。逆に【ズユューナク】は自身の能力によって効果が反転する。
「え……え~と、これはつまり……」
「ネームドのダメージを肩代わりするHP9900の壁が9体現れて、ご本人も完全回復。
プレイヤーのユニットを弱体化させた上で自分だけパワーアップ。
で、強制的に相手のターンと……これが本当の姿なわけね」
「プレイヤーが使うカードはネームドに効かないけど、モンスターの効果は通るってマジかよ……盲点すぎるだろ」
「そら、撃破報告が少ないはずや……めちゃくちゃしおるなぁ、ほんま」
紅蓮の息を吐きながら、王は自身に挑んできた愚かな人間たちを見やる。
これがネームドモンスター。
ミッドガルド最高峰のステータスに加え、形態を変えるギミックを持つ不可侵の存在。
「ボォオオオオオーーーーーーーッ!!」
そして、第2ラウンドの開幕。
竜王の指令を受け、近衛兵たちが押し寄せるかのように攻めてきた。
1体あたりの攻撃力は7700、それだけでも一部のユニットを除いて壊滅する。
「これは……まずいです!」
「みんな下がって! ここからは私の仕事よ!
カウンターカード、【カバーリング】!」
Cards―――――――――――――
【 カバーリング 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーが所有するユニット1体を指定して発動。
ターン終了まで、全ての攻撃宣言を対象のユニットがガードする。
――――――――――――――――――
今こそ力を見せるときだとばかりに、クラウディアはカードを発動させた。
要塞戦車【ダイダロス】が壁となり、全ての攻撃を引き受ける。
「融合している【ゴリアテ】のスタックバーストを発動!
バトルでダメージを受けたとき、相手の攻撃力を半分にして結果を算出する!」
ここで活きたのが【ゴリアテ】の特殊な記述。
相手の攻撃力を半分にするわけではなく、自身がダメージを受けたときに発動する軽減効果である。
よって、相手にカードの効果が通じなくても問題はない。
「ガァアアアアアーーーーーーーッ!!」
近衛兵が【ダイダロス】に阻まれる中、しびれを切らしたかのように竜王が前進した。
水晶がなくなった【ズユューナク】の頭部は、それ自体が巨大な刃物と化している。
大きく振りかぶり、地面に叩きつけるだけの豪快な攻撃。
ネームドモンスターの場合、通常攻撃はユニット全てへの範囲対象として扱われる。
しかし、【ダイダロス】が壁となっている今、それはユニット8体ぶん――計8回の多段ダメージへと変換された。
1回でも防ぎきれなかった場合、その時点で【カバーリング】は解除されて他のユニットにダメージが及んでしまう。
「現在、【ゴリアテ】と合体した【ダイダロス】の防御ステータスは6000。
このままでは、まったく足りません!」
「相手の攻撃力は101000……【ゴリアテ】で半減しても50500。
とんでもないバケモノね! リン、あなたの力を借りるわ!」
「OK! 何でもいいから、役に立つなら持ってって!」
「馬鹿げた数字に対抗するには、同じくらい道理を踏み外した数字が必要なのよ。
カウンターカード! 【欺騙戦闘部隊】!」
Cards―――――――――――――
【 欺騙戦闘部隊 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:【タイプ:機械】の自プレイヤー所有ユニット1体を指定して発動。
ターン終了まで、自分以外のプレイヤーが所有するユニット1体のステータスを参照し、強化効果として上乗せする。
ターン終了まで、このカードの所有者は攻撃宣言できない。
――――――――――――――――――
時は1940年代の北アフリカ戦線。
アフリカといえば自然豊かなイメージだが、北部の沿岸に広がっているのは砂漠と荒野ばかり。
そんな戦場では隠れる場所などなく、両軍の戦車や兵士が丸見えであった。
しかし、その裏をかいて考え出されたのが、『ハリボテの戦車を走らせる』という欺騙作戦。
あたかも戦車の大部隊がいるかのように見せかけ、戦わずして敵軍を後退させた奇策である。
「参照にするステータスは、リンの【アルテミス】!」
まるでハリボテのように【アルテミス】の力を借りて上乗せ。
弱体化の影響を受けているにも関わらず、攻撃力10400、防御力7200という破格のステータス強化だ。
なお、【ヴァリアブル・ウェポン】が2倍にするのは強化効果のみなため、弱体化は9000に留まる。
「【タクティカル・ディフェンス】!
【ミラーコート】! 【ダメージコントロール】!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
【 ミラーコート 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、【タイプ:機械】の自プレイヤーのユニット1体は防御力が低下しない。
【 ダメージコントロール 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:バトル終了まで、自プレイヤーのユニット1体が受ける戦闘ダメージは半分になる。
このカードが発動してから2ターンの間、使用者はユニット以外のカードを使えなくなる。
――――――――――――――――――
惜しみなく次々とカードを切るクラウディア。
すさまじい攻撃力の数値が防御ステータスに変換され、【ダイダロス】にかかっていた弱体化も解除。
さらに多大なデメリットを受けながらも、被ダメージを4分の1まで軽減させる。
これらのカード全ては、徹底的にクラウディア自身のユニットに対して使用された。
ネームドには何も効かないというルールを理解した上で、どのカードを使うべきか熟知したデッキ構成なのが見て取れる。
が、しかし――ここまで全力を振り絞っても、【ダイダロス】の防御力は23600。
対する【ズユューナク】からの被ダメージは25250と、ほんのわずかに足りていない。
「私はここまで……ステラ、最後はあなたの協力が必要よ」
「お任せください! 【カウンターリフレクション】!
コピーするのは、クラウディアが使った【千年帝国の圧政】!」
Cards―――――――――――――
【 カウンターリフレクション 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:相手プレイヤーが使用を宣言、または破棄したカウンターカードを指定し、対象と同じ効果のカードとして発動する。
――――――――――――――――――
ここでステラが発動させた1枚により、ついに数値は逆転した。
【千年帝国の圧政】は全体に効果が及ぶため、上乗せされている【アルテミス】のステータスも増幅される。
全ての処理が終わった直後、振り下ろされた【ズユューナク】の巨大な頭部が激突。
大地を真っ二つに切り裂くほどの強撃を、要塞戦車が火花を散らしながら受け止める。
ハンマーで金属を叩くような音が8回も響き渡る中、【ダイダロス】は声なき悲鳴を上げた。
やがて、攻撃を終えた竜王と近衛兵が後退したとき、そこに立っていたのは『鋼』の名を冠する少女。
鉄壁の防御を誇ることで有名な彼女は、ネームドとの戦いにおいても無傷であった。
「うおおおお~、耐えたぁああ~~~っ!!」
「ふぇ~、あれをノーダメで耐えおったか……」
「やっぱり、お姉さまこそが世界一! いや、銀河に瞬く星々の中で最も……」
「いいえ、ソニア。私だけではないわよ」
そう言って、クラウディアは仲間たちに――同年代の友人たちに視線を向けた。
防衛を成し遂げた全てのカードが、クラウディア、リン、ステラだけで完結。
始まりの3人組が力を合わせ、攻撃力10万の全体攻撃を耐えきったのだ。
「2人とも、ありがとう……でも、次の攻撃は止められないと思うわ。
今から反撃開始! 全員の力を振り絞って、このターンで勝ちましょう!」
「「「「「「おおおおーーーーーーーっ!!」」」」」」




