第20話 とあるメイドとメイドの話 その3
「せっかく、リンさまという高名なプレイヤーのお側にいるのだから、よく見て学びなさいと姉に言われまして」
「そういうことなら、あたしよりステラとかクラウディアのほうが勉強になると思うよ?
2人ともめちゃくちゃ強いし、何でもできるから」
セレスティナがリンに同行を求めたのは、たこ焼きパーティーの翌日だった。
高名なプレイヤーという言葉に、なんとなくむず痒さをおぼえてしまう。
自分の評判がひとり歩きしているという感覚は、当の本人も気付いていた。
民衆は勝手に騒いでいるだけだから放っておきなさいとクラウディアは言うが、即座に割り切れるほどリンは経験を積んでいない。
そうして複雑な気持ちのまま、モンスター研究所まで足を進めると――そこには悩みなど吹き飛ばすほど、愛くるしい動物が待っていた。
「やあ、キミが連れてきたオオカミは、すっかり元気になったよ」
「キャン、キャン!」
「わああ~~っ、かっわいい~~~!」
瀕死の重傷を負っていたオオカミの子供が回復し、元気な姿で尻尾を振っている。
サイラス博士から受け取ると、子犬のような香りが鼻をすぐった。
預けたときにはアイテム扱いだったのだが、今は★1コモンに変化しているようだ。
Cards―――――――――――――
【 リトル・フォレスト・ウルフ 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃300/防御200
効果:自プレイヤーのフィールドにいる【犬・狼型】のユニット1体に、このユニットのステータスを加算する。
スタックバースト【---】:--:このカードは1枚しか存在しない。
――――――――――――――――――
「あれ? この子、ユニットになってるよ?」
「その子にブランクカードを使えば、きっと仲間になってくれるだろう。
だが、森へ連れて行って野生に戻すこともできる。
キミがどちらを選んだとしても、私はその選択を尊重するよ」
「え……えぇっ?」
野生動物を保護したとき、必ず迫られる2つの選択。
そのままペットとして飼うか、自然に帰して生涯をまっとうさせるか。
「どうしよう……?
セレスさん、この子を自然に帰した場合ってどうなるの?」
「これはゲームでいうところの『やり直しが不可能なクエスト』です。
【リトル・フォレスト・ウルフ】を入手できる機会は、これが最初で最後になります。
ミッドガルドのカードですので、トレードもできません」
「えええ~~~~っ!? 意地悪すぎるよ!
こんな可愛い子と、別れるかどうか選ぶなんて……
森に戻すことに何か意味があるのかな?」
これがリアルの世界なら、高確率で自然に帰すことになる。
環境の保護という理由もあるが、何より人道的な観点から正しさを求められるのだ。
しかし、ここはゲームの世界。
人間のエゴで動物をペットにしても、政府や愛護団体から怒られたりはしない。
そもそもモンスターを狩って気絶させ、カードの中に収めるようなシステムなのに、今さら保護を考えるべきなのだろうか。
「う~~~~ん……」
「クゥ~ン?」
抱き上げたまま悩むリンを、つぶらな瞳で見つめてくるオオカミの子供。
誘惑に負けてしまいそうになったが、リンは大きく息をついて決断した。
「戻してあげよう。
あたしは十分に色々と捕まえてきたし、モンスターもたくさん倒してきた。
だから、たまにはミッドガルドの自然に帰してあげなきゃって、そう思うんだ」
「よろしいのですか?」
「うあぁ~、聞かないで、聞かないで!
気が変わらないうちに早く行こっ」
「かしこまりました。最後まで見届けさせていただきます」
そうしなさいと言われたわけでもないのに、リンはオオカミを森へ帰すことに決めた。
同行するメイドは、その姿を静かに見守る。
一応、スピノサウルスを護衛に付けたが、このあたりのモンスターに苦戦することはない。
数日前にクマと戦った場所まで来ると、荒れた樹木は何事もなかったかのように戻っていた。
「えっと、このへんに放せばいいのかな?
ほら、森に帰ってきたよ」
「クゥン」
地面を嗅ぎ回って確かめ、少しずつ歩き始めたオオカミの子供。
二度と手に入らなくなると知りながらも、これで良いのだとリンは自問自答する。
「バイバイ、今度は気をつけてね。
大人になっても、ユニットを連れてる人に襲いかかっちゃダメだよ。
みんな、けっこう強いんだから」
これまで何度も戦って倒してきたモンスターだが、野生に帰っていく小さな背中を見ていると、頑張って生きてほしいという気持ちがこみ上げてくる。
数回ほど振り返りながら、オオカミの子供は森の中へと進んでいった。
すると――茂みや木の陰から、1匹、また1匹と【フォレスト・ウルフ】たちが姿を現す。
もはや子供のときの愛嬌は残っていない、育ちきった獰猛なオオカミの群れ。
しかし、いつものように敵対することはなく、リンの姿をじっと見つめてくる。
Notice――――――――――――
【 報酬が配布されました! 】
・クエストポイント 1000pt
・プロジェクトカード【ウルフ・ラッシュ】
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「えっ? このタイミングで報酬?」
これがリンのたどり着いた結末だった。
突発クエスト『森の異常事態』は、エンディングが2つに分岐している。
まずは森で傷付いたオオカミの子供を救い出し、特殊な強化モンスターから逃げ延びて、サイラス博士に治療を頼む。
これで分岐の条件を満たすのだが、片方は【リトル・フォレスト・ウルフ】にブランクカードを使って、そのまま自分のカードにすれば終了する。
そして、こちらがもうひとつのルート。
再び森を訪れ、子供をオオカミの群れに戻してやることで、彼らから信頼を得るというエンディングだ。
Cards―――――――――――――
【 ウルフ・ラッシュ 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有していないユニット全てが対象。
★1のユニット全てを破棄した後、ターン終了まで防御-300を与える。
――――――――――――――――――
「このカード……! もしかして、一緒に戦ってくれるの?」
リンの問いに答えるかのように、オオカミたちは遠吠えをして走り去っていった。
子供を助けてくれたお礼に、彼らは力を貸してくれるようだ。
相手の★1ユニットを強制排除し、さらに敵全体の防御力を低下させるカード。
これでリンのデッキには足りていなかったデバフ要素を補える。
「そっか……子供を返してあげると、こうなるんだ」
「クエスト完了です。お見事でした、リンさま」
「あたしは何もしてないよ。ちなみにセレスさんは、どっちを選んだの?」
「可愛さに負けて、ブランクカードを使ってしまいました。
こうして、もう片方の結末を見たのは初めてです」
「じゃあ、今度あたしにも可愛いウルフちゃんを見せてね。
そうすれば、またあの子に会えるから」
屈託のない笑顔でクエスト報酬のカードを見つめ、そっと大切に収納したリン。
なるほど、これが世間を騒がせている少女なのかと、セレスティナも心中で納得した。
最終兵器で焼き払ったり、釣り大会でスキューバしたりと、とんでもないエピソードが語られているが、それが彼女の全てではない。
根底には人のよさ、好かれやすさがあるのだろう。
だから、リンの周りには優れたプレイヤーたちが集まってくる。
「良いギルドですね、【鉄血の翼】は」
「でしょ? なのに、なんであたしと一緒に来ちゃったのかなぁ?
クラウディアたちのほうが、もっとすごいんだよ」
まるで自分の価値に気付いていないリンに、セレスティナはクスッと笑ってしまった。
ほんの数日ほど同じギルドで過ごしただけでも、十分に魅力が伝わってくる人物だ。
どうして姉がリンのことをよく見ろと言ったのか、その真意は分からない。
しかし、たしかに得るものは多そうだと、メイドの少女は早くも理解し始めていた。




