第19話 とあるメイドとメイドの話 その2
セーラとメイドが観客のいない漫才を繰り広げている頃、【鉄血の翼】のコテージでは数日ぶりに全員が集合していた。
香ばしいにおいが広がり、たこ焼き器の前に陣取ったサクヤが次々と焼き上げている。
「まったく……関西人は誰でもたこ焼き作れるとか思うてへんやろな」
「実際、焼いてるじゃないか。かなり上手いし」
「知識があるだけや。たこ焼きっちゅうんは、こう……球体になっとるやろ?
せやから、どの角度からもまんべんなく焼けてなあかん。火力とタイミングが命なんや」
「転がせばよいというわけではないのですね。勉強になります」
文句を言いながらも手際よく焼いていくサクヤを見て、セレスティナは技術を学ぼうとしている。
タコは釣り大会で手に入れたもの。
腕の良い2人が調理してくれているので、リンは傍らで賞品のパックを開封していた。
「お……おおおおおお~~~~~っ、★3出た!」
「なにっ!? うわ~、かっこいいな!」
Cards―――――――――――――
【 魔斃王 ベオウルフ 】
クラス:レア★★★ タイプ:人間
攻撃2300/防御1600
効果:【タイプ:動物】、【タイプ:竜】、【タイプ:悪魔】、【タイプ:アンデッド】に対して与えるダメージに、自身の防御力を加算する。
スタックバースト【ヘオロットの英雄】:永続:1ターンに1回、バトルで発生した貫通ダメージを無効化する。
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英国で最も古いとされる伝説の主人公。
人食いの魔人グレンデルと、それを生み出した魔女を討伐。
小国の王となってからも善政に努め、民衆を守るためにドラゴンと戦った英雄である。
カードに描かれた絵柄は金属の鎧を着込み、大剣を手にした勇ましい青年。
生粋の魔物ハンターらしく、鍛え上げられた肉体からはワイルドな印象を受ける。
「魔斃王! もはや肩書きだけで、トイレが近くなるほど震えてしまうのです!」
「特効の範囲がそこそこ広いから、防御重視にしても火力を出せるのはいいわね」
「でも、人間タイプかぁ……チュートリアルでも気付いたけど、これまで使ってこなかったんだよね」
先日、ようやく初めてデッキに入れてみたばかりの人間ユニット。
ポイント交換で仕入れたカードもあるが、今からタイプの多様化を進めるのは少々きつい。
【エクシード・ユニオン】を使ったタイプ付与にも、さすがに限度というものがある。
そんな考えをめぐらせていたリンは、カードの絵柄をじっと見つめる視線に気付いた。
「セレスさん」
「あ、はいっ」
「もしかして、このカードが欲しかったりする?」
「ええ、まあ……手に入るのでしたら大いに助かります。
私のほうから出せる★3レアは、さほど多くないのですが」
「なるほど、セレスのデッキなら有効活用できそうね。はむっ」
たこ焼きを頬張りながら、納得したように頷くクラウディア。
セレスティナのデッキには、ユニットを無理やりアンデッドに変えてしまう【増殖するゾンビ・ウイルス】が入っている。
【ベオウルフ】の特効効果を発動させるには、お手軽なコンボだ。
と、そう思っていたのだが――当の本人がこのカードを求めた理由は、誰もが予想しえないものだった。
「能力的にも、私のデッキには合っているのですが……それより、見た目の良さが気に入ったので欲しいと感じました」
「ほほ~っ、ハッキリ言うなぁ、自分。
けっこう面食いなん?」
「どうでしょう? 私自身にも、よく分かりません。
皆様は『ライブドリーム・プリンス』というゲームをご存知ですか?」
「知ってますよ。『ラブプリ』ですね」
そう答えたのは、意外にもステラであった。
『ライブドリーム・プリンス』は女性向けのアイドル育成ゲーム。
男性アイドルのキャラクターたちと交流を深め、トレーニングで鍛えてライブを成功させるのが目的だ。
VR空間で行われるライブは圧巻で、ファンに混じって客席で見ることも、アイドルの楽屋に入って特別感を味わうこともできる。
「実は私の姉が、そのゲームに深くハマり込んでおりまして。
逆カプ地雷DD同担拒否と、かなりこじらせていたのですが。
私のことも沼に引き込もうとしたらしく、しばらく一緒にやって――」
「待て待て待て、専門用語が多くて分からん」
「逆カプ地雷はともかく……”誰でも大好き”なのに、”ひとり占め”を通すなんて、色々と大変そうですね」
「はい、私のことは特別扱いしてくれたのですが、それでも姉の地雷原を避けて通るのは大変でした」
7人も集まっている中で、セレスティナとステラだけが不思議な言葉で会話している。
プレイヤーというのは非常に我がままな生き物だ。キャラに対する愛情も多種多様で、たまに病んだり歪んだりする。
もっとも、この2人は経験が浅いため、まだ腐海に沈んではいない。
「私はラヴィアンとラブプリを掛け持ちでやっていたので、歴が長いのはそのためです」
「なるほど……でも、ラブプリはたしか……」
「そうです。サービスを終了してしまいました。
私は大丈夫でしたが、姉は深いショックを受けて旅に出てしまって……
数週間後に帰ってくるなり、メイドになると言い出して資格を取り始めたのです」
「旅先で何があったんだよ!?」
「思っていたより、個性的なお姉さんのようね……」
たこ焼きを食べながら、理解不能な話に困惑するメンバーたち。
ここにいる面々もかなり個性的だが、セレスティナの姉は想像の上を行く存在だった。
「以上の理由で、私は男性キャラに囲まれるという環境に抵抗がありません。
むしろ、ラブプリを思い出して落ち着きます」
「そ、そうなんだ……ってことは、男性ユニット使いかぁ。
ウチのギルドには今までいなかったよね」
「そうね……ただ、カードに対する私の高潔な思いを返してほしいわ」
選ばれし『マスター』として戦いを繰り広げたクラウディアは、頭を抱えて苦悶した。
あのとき、月光の下に現れたヴァンパイアのユニットは、セレスティナにとって色々な意味でパートナーだったようだ。
個性的な姉の影響を受けているものの、『抵抗がないので割と好き』くらいのカジュアルさで留まっているのが救いといえる。
まだまだ中学1年生。これからどう転ぶのかは、今後の教育次第になるだろう。
「とりあえず、セレスさんが出すカードは適当でいいから、このカードを交換しよっか」
「よろしいのですか?」
「好きな人に使ってもらうのが一番だと思うし、大きな試合も近いからね。
レアカードを何枚か集めて、次の交換交流会に持っていこうかなって」
「なるほど。それでは、少しでもトレードに有利なものをお渡しします」
かくして、【ベオウルフ】のカードはセレスティナの手に渡った。
使うカードが片っ端から顔のいい男性ユニットになりそうだが、その道の使い手がいなかったのも事実だ。
まだ準備期間があるとはいえ、大会を間近に控えたメンバーたち。
本腰を入れたデッキの完成を目指して、それぞれが動き始めていた。




