第17話 フィッシング・カーニバル その4
ミッドガルドの海域沿岸に生息する巨大魚【デスヒラメ】。
実在するヒラメがそうであるように、水面で姿を見ることは滅多になく、普段は海底の砂地に身を隠している。
カエルに似た短い手足は、よく見ると特殊な形状に発達したヒレ。
こういった擬似的な器官で水中を”歩行する”魚は、現実世界にも何種類か存在する。
「な……なんだアレは!?」
「やだ、キッモ! グロすぎでしょ!」
「なんで釣り大会で怪獣大決戦が始まるんだよ!」
水中から立ち上がった【デスヒラメ】は、マンションの8階に届くほどの巨体。
負けじと後ろ足で立ったスピノサウルスですら、ひと回り小さく感じてしまう。
怯むことなく威嚇する水辺の王者と、超巨大な魚のモンスターが真正面から対峙。
突如として起こった大決戦は、釣り大会に参加していたプレイヤーたちの度肝を抜くことになる。
「ギャオオオオーーーーッ!」
「グルァアアアアーーーーーッ!」
『ああーっと、あれは★3レアモンスターの【デスヒラメ】だぁーっ!
釣り上げた方のユニットと戦っているようです。付近の人は巻き込まれないようにご注意ください……
って、みなさん自分から見に行っちゃってますね』
大会の真っ最中に、2体の巨大生物が戦い始めたのだ。
こんな面白いものを見逃してはならないと、プレイヤーたちの注目が一点に集中する。
「【ネレイス】ちゃん、竿!」
「ぴゅい!」
預けていた【マスターロッド】を手に取ると、リンに30点が加算された。
プレイヤーが竿を持った状態で、魚のほうも水上に出ているため、これで釣り上げたという判定になったらしい。
逃げ出すことが可能になったが、リンは迷わず戦いを挑む。
8つの目玉をギョロギョロさせている【デスヒラメ】は、見た目こそ醜いが水棲タイプとしては優秀な防御型。
ほとんどのモンスターが生き残れない【全世界終末戦争】ですら、半減させて耐えきってしまう。
「こんな場所じゃ最終兵器は使えないし……2ターンかかっちゃうけど、親分なら大丈夫!
まずは先手必勝! 攻撃宣言!」
「オオオオオーーーーーーッ!!」
海を波立たせながら激突する両者。
薄くて広い【デスヒラメ】の体に向かって、スピノサウルスの殴打が入る。
その柔軟性と大きさゆえかダメージが軽減され、攻撃力10300の火力が半分まで落とされた。
反撃のターンが回ったヒラメはのしかかり、空洞のように広がる口で食らいつく。
モンスターだらけのミッドガルドで、数多くの海洋生物を捕食してきた強者。
まともに受けてしまえば、恐竜ですら噛み砕かれそうな一撃だ。
「カウンターカード! 【タクティカル・ディフェンス】!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
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このゲームを始めたときからリンが愛用している、防御強化のカウンターが発動。
怪魚の牙がスピノサウルスを貫くことはなく、のしかかってきた巨体を押し返して振りほどく。
かつてのリンなら苦戦していたかもしれないが、今となっては手ごろなモンスターだ。
高い耐久力を誇る【デスヒラメ】も、今回ばかりは相手が悪かった。
「もう1回いくよ、親分っ!
これで……ファイナルアターーーーーーーーーック!!」
リンの叫びに呼応して、ぐるりと高速回転した水辺の王者。
後ろ回し蹴りの要領で、遠心力を乗せて叩きつけられた尻尾が直撃する。
ズドォンと爆発したかのような音と衝撃が響き、サイズでは上回っていたはずの【デスヒラメ】が宙に浮いた。
スローモーションのように巨体が跳ね飛ばされ、断末魔を上げながら海面へと落下。
派手な水柱が立ち上がり、散っていく【デスヒラメ】の粒子を天に送り返す。
「ああ~、気絶しなかったかぁ……でも、やっぱり親分は最強だね!」
「ウォオオオオーーーーーッ!!」
力強く咆哮し、勝鬨を上げるスピノサウルス。
釣りのことなど忘れて観戦していたプレイヤーたちも、これには喝采を送るしかなかった。
やはり、彼女こそが『大物殺しのリン』。
日本ワールドに現れた新星なのだと、その知名度がさらに浸透することになる。
「ふふっ……まいったな、これは」
その大騒ぎを遠巻きに見つめながら、もはや笑うしかないカイン。
同じスピノサウルスを使う者として、うれしくもあり、悔しくもある。
試合終了の放送が響いたのは、それから1時間後のことだった。
■ ■ ■
「これより結果発表を行います。まずは第3位、デンスケ選手!」
「いや~、どうも、どうも。今日は絶好調でした」
ウェンズデーに呼び出され、ほがらかな顔の中年男性が照れながら頭を下げる。
釣り大会も無事に終わり、閉会式を迎えていた。
「3位の賞品は好きなパック5袋との引換券です!
続いて、第2位。本日が初参加のリン選手!」
派手な立ち回りをしたものの、結局それらがタイムロスになって2位から浮上できなかったリン。
しかし、人々から送られる拍手の多さが、点数では表しきれない成果を物語っていた。
「惜しくも2位でしたけど、とんでもない大物と戦ってましたね。
普通は【デスヒラメ】を釣り上げるなんて、どんな竿を使ってもできないようになっているのですが……
よろしければ、釣ったときの状況を教えていただけますか?」
「はい、えっと……海底に針が引っかかったので、スキューバで潜って外しに行ってみたら、そこにあのヒラメがいて。
陸まで追いかけてきたので、反撃して倒しました」
あまりにも突拍子のない言葉に、ざわめく参加者たち。
通常なら【デスヒラメ】が針を飲み込んだ時点で、あまりの大きさに釣り上げることができなくなる。
ところが、リン自身が泳いできたため、それを追いかける形で岸辺まで浮上したのだ。
『それはつまり、自分自身をエサにして釣ったのでは?』と人々が疑問を浮かべる中、ウェンズデーも苦笑しながら賞品を取り出す。
「だいたい分かりました……2位の賞品は好きなパック10袋との引換券です」
「ありがとうございま~す!」
「それでは、最後に優勝者の発表を。
もはや釣り大会では常連! カイン・フォーマルハウト選手!」
釣り用のジャケットを着た貴公子が呼び出され、女性たちから黄色い声が上がる。
しかし、向けられた拍手の量は明らかにリンのほうが多かった。
「おめでとうございます。今回も圧倒的な強さでしたね」
「ははは……ありがとう。点数では僕のほうが上だけど、プレイヤーとしては完敗だよ。
あんなことをされたら、まるで勝った気がしない」
カインは言葉にしないまま、『でしょ?』と参加者たちに視線を向ける。
そりゃそうだとばかりに、プレイヤーたちからも小さな笑いが起こった。
「僕は常々、このラヴィアンローズでの冒険や戦いを、もっと面白くできないかと考えている。
現実世界の釣りで根がかりしても、海に飛び込んで外そうなんて思わないだろう?
それができればいいのに……くらいで済ませて、あきらめてしまう。
でも、ここではできるんだ。
たとえ無茶な思いつきだろうと、この世界ではありのまま、面白おかしく生きることが許される。
小さな中学生の女の子に、僕はまた大切なことを教えられたよ」
彼のコメントは、この場に集った人々の気持ちを的確に表したものだった。
再び両雄に拍手が送られ、無事に釣り大会が閉幕する。
握手するリンとカインの写真が公式ニュース配信に乗せられ、ついでにデンスケおじさんも笑顔で写り込んでいた。




