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第13話 モンスター研究所 その4

 木々が砕かれ、重傷を負ったオオカミが倒れていた森の中。

 なぜ、このような破壊と暴力が行われたのか。

 その答えを体現するモンスターが1体、息を荒げながら近付いてくる。


「ゴフッ、ゴフッ……グルァアアアーーーーーーッ!!」


Enemy―――――――――――――

【 激高するブラウン・ベア 】

 クラス:??? タイプ:動物

 攻撃9900/HP9900/敏捷60

 効果:このモンスターは捕獲できず、あらゆるカードの効果を受けない。

 スタックバースト【---】:--:このモンスターはスタックバーストを持たない。

――――――――――――――――――


 元々は【ブラウン・ベア】というクマのモンスター。

 体長3m、体重600kgと北海道のヒグマよりも大きな哺乳類だが、怒らせない限りは比較的おとなしい。

 それが何らかの原因で激高し、見境なく周囲を破壊するほど暴走してしまったようだ。


「な、なな、なにこのクマ!?」


「今やっている突発クエスト『森の異常事態』にだけ出現する強化個体です。

 このときしか会えない、レアな子なんですよ~」


 青ざめるリンとは対象的に、コーデリアは緊張感の欠片もなくスクリーンショットを撮っている。

 これがチュートリアルを終え、自由に冒険できるようになった初心者への洗礼。

 序盤では絶対に勝てない敵が出現して、暴れながら追いかけてくるという定番のパターンだ。


 特殊なケースなためクラスはなく、ステータスは並みの★3モンスターを上回る攻防9900。

 危険な相手には戦いを挑まず、逃げることの大切さを教えてくれるクエストである。


「ヤバイって! こんな強いモンスター、勝てるわけ……!

 あ、ううん……普通に勝てそう。

 親分! やっちゃって!」


「オオオオオーーーーッ!」


 主人の指示に応じ、クマと同じように後ろ足で立ち上がった水辺の王者。

 【パワード・スピノサウルス】、復帰後に初めての参戦。

 敵はクエスト強化個体の怒り狂ったクマ、相手にとって不足なし。


 たしかに【ブラウン・ベア】は大型だが、白亜紀の頂点に君臨していた恐竜から見ればネコも同然だ。

 数トンに達する体重を活かして放った前足の殴打が、ドンッと衝撃波を発生させながらクマの顔面を直撃。

 控えていた【ネレイス】が追撃することもなく、相手は昏倒して粒子に(かえ)っていく。


「よしっ! 親分、絶好調!」


「ふぇえ~、あのクマを一撃ですか。

 壊し屋(クラッシャー)と呼ばれる私が嫉妬してしまうほど、ビンビンに極まってますねぇ。

 たまに倒してしまう人もいるようですが、ここまで一方的なのは初めて見ました」


「勢いで倒しちゃったけど……いいのかな、これ?」


「大丈夫ですよ。クエストの内容は変わりませんし、報酬が増えるわけでもないようです。

 そもそも、HPが無限ではない時点で倒すことは可能――

 昔風に言うと『血が出るなら倒せる』。これは憶えておいたほうがいいかもしれません」


「なるほど……血が出るなら倒せる。

 とりあえず、これで危険はなくなったよね。急いで研究所に戻らなきゃ!」


 傷ついたオオカミの子供を抱え、リンは即座に村へと引き返す。

 本来ならアクション映画さながらに、強化個体のクマに追われて逃げる場面なのだが、そんな驚異は一撃(ワンパン)で排除してしまった。


 そんなわけで、研究所まで無事に到着。

 敷地内に入ると、飼われていた【フォレスト・ウルフ】たちが心配そうに集まってくる。


「サイラス博士! この子、治せますか?」


「大変だ! ひどいケガじゃないか、すぐに手当てをしなければ!

 少しそこで待っていてくれ」


 オオカミの子供を預けると、彼は研究所の建物に入っていった。

 言われたとおりに待つこと約2分、やがて出てきたサイラスは顔に笑みを浮かべる。


「ふぅ……どうにか一命は取り留めたよ」


「早いですね!?」


「しばらく休ませれば回復するはずだ。数日経ったら、様子を見に来るといい」


 このイベントはクマから逃げることがメインなため、研究所に来てしまうと進行はあっさりしたもの。

 サイラスは何事もなかったかのようにペットたちの世話を始め、クエストはここで区切りがつく。


「なんとなく、ゲームって感じが(ぬぐ)えないけど……あの子が助かるなら、まあいっか。

 はぁ~、また森まで戻ってキノコを探さなきゃ」


「二度手間ですねぇ。採取の手際は良かったのですが、プレイヤーとしての効率はまだまだです。

 ゲームに慣れた人なら、こう考えますよ。

 どうせ研究所まで戻るなら、ついでにキノコを集め終わってからオオカミを運んでもいいだろうと」


「いや、それはないですよ。間に合わなくなったら後味が悪いですし」


「実は間に合わないということはないんです。

 それこそ、1ヶ月経ってから博士に渡しても問題ありません。

 オオカミの子供もアイテム扱いなので、コンソールから所持品に収納できますし」


「そうなんですか!?

 あたし、そういう攻略情報とかは全然調べてなくて……」


「いいと思いますよ、リンちゃんはそのままで。

 こういった情報は知れば知るほど効率的になりますけど、つまらないプレイヤーになりがちです。

 私がサクヤさんやステラちゃんに興味を持ったのも、あの人たちがとても面白いからで……

 つまらなければ壊すだけですが、好きな人とは深くつながりたい。

 深く……とても深く交わって、知的好奇心を満たしたいのですよ……ふひひひひっ」


 いいことを言っているはずなのに、狂ったような恍惚の笑みが全てを台無しにしている。

 良識的なのか変態なのか、いまいちハッキリとしない人だ。


「ステラちゃんのお友達ということで、前から気になっていたのですが、実際に会ってみて納得しました。

 よかったら、私とフレンド(ひとつ)になりませんか?」


「え、えっと……できれば、普通のお友達でお願いします」


 友達以上の関係は拒んだが、またひとり。新たにフレンドリストの名前が増えた。

 コーデリアは自身のコンソールを操作して、『贈り物(ギフト)』としてアイテムを送信してくる。


「あれ? これって……」


「森で採取できるキノコです。こうして人から譲渡されたものでも、クエストは達成できます。

 あまり効率的になるのも考えものですが、助けあうなら構いませんよね」


「ありがとうございます、コーディ先輩!」


「ふふふ、どうぞお受け取りください。私のキノコを。私の、キノコを」


 なぜか強調して2回言ったコーデリアからキノコを受け取り、サイラス博士に渡してクエスト完了。

 達成報酬はいつものパックやポイントだったが、フレンドが増えたのは何にも代えがたい。


 それからしばらく、2人で話しあいながら村の近くで探索などをしているうちに、この日のプレイは終了した。

 チュートリアルの開始から初めてのクエストまで一気に終わらせたため、さすがのリンも疲れたが、心地よい充実感と思い出が胸に刻まれる。

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