第9話 本当の旅の始まり
「先にブランクカードを使っておいて……攻撃宣言!」
人間ユニットさえ連れてくれば、スライムを倒すのは簡単だ。
颯爽と飛び出したレダの魔法剣が青白く輝き、左右からの連撃で切り裂いてしまう。
普通ならそこで粒子化して消えてしまうはずだが、今は確実に気絶させられるブランクカードがある。
バラバラになったスライムは再び集合したところで動かなくなり、捕獲が可能になった。
「よ~し、スライムもゲット!
これで人間以外からダメージを受けない効果を、他の子にも付けられるね!」
★1なので決闘で使うには心もとないが、【エクシード・ユニオン】の媒体としては非常に優秀。
ちなみに『ダメージを受けない』のはユニットだけで、防御力を超過した貫通ダメージはきっちり入る。
先にリンが倒れてしまっては元も子もないため、付与する相手は慎重に選ばなければいけない。
「スタックバーストも使いたいから、もっとスライムが欲しいんだけど……どこに行けば会えるんだろ?
まあ、とりあえずはクエストの報告が先だね」
ブロックとミスティが待つ場所まで向かうと、相変わらず2人は何もしないまま、ずっと立った状態で並んでいた。
どうにも違和感が拭えないが、まずはスライム討伐の報酬を受け取る。
「とうとう、ここまで来たな……次は最後のクエストだ。
ふっふっふっ、覚悟しろよ~? 最終試験なだけに一番難しいぞ!」
「森を抜けて街道を進んでいくと、私たちが住んでるガルド村があるの。
そこにたどり着くことが目標よ」
「え? それだけでいいの?」
「森のモンスターも、気合いを入れて寄ってきやすくなってるかもな。
今日はいっぺん休んで、明日チャレンジすることをおすすめするぜ。
ここを抜けられるようなら、キミはもう一人前の冒険者だ!」
「いざとなったら、これまでに渡したカードやアイテムで切り抜けてね。
じゃあ、私たちは村で待ってるから頑張って!」
そう言って駆けていくNPCたち。
あの2人はどうしてモンスターに襲われないのだろうと、リンは首をかしげながら見送る。
「村に行くだけでいいのかな?
だったら、レダさんをカードに戻して……」
ユニットの召喚を解除し、続いてテレポート。
一度、公共エリアに移動してから再びミッドガルドに入り直す。今はチュートリアルの最中なので、自由な出入りが可能だ。
どこから始めるのか選ぶことになるため、スタート地点の平原ではなく、ギルドのコテージを選択。
すると、いつも仲間と顔を合わせている【鉄血の翼】のコテージ前まで瞬間移動する。
そのまま中に入っても誰もいないので、徒歩で村の入口へ。
以上でショートカット完了。
先ほどの言葉どおり、森から続く街道の終着地にはブロックとミスティの姿があった。
「ブラボー! おめでとう、ついにやり遂げたな!
キミならやれるって信じてたぜ」
「本当におめでとう、リン!
よくたどり着いたわね、ここがガルド村よ」
「えっ? えっと……その……なんか、ごめん」
まるで、大冒険を繰り広げてきたプレイヤーを祝福するかのような2人。
それもそのはず、本来なら今回のクエストは森のモンスターが次々と襲ってくる最終試験だった。
普通は村までテレポートする手段などないため、連戦を制覇するか、【エスケープ・スモッグ】や脱兎のポーションで生き延びるしかない。
そうして★2モンスターを乗り越えた先に、村という栄光のゴールが待っている。
リンはそれを瞬間移動で終わらせてしまったのだ。
「ここまで来られる冒険者なら、もっともっと強くなれそうね」
「大変な道のりだったと思うけど、このミッドガルドは広い。
世界のあちこちには大自然やダンジョンがあって、森とは比べ物にならない凶暴なモンスターもいるんだ」
「いろんな場所を冒険してみると、きっと楽しいわよ。
あなたにはもう、それができるはずだから」
「それじゃあ、これが最後の報酬だ。
すごく大事なものだから、絶対になくすなよ?」
Notice――――――――――――
【 報酬が配布されました! 】
・カード5枚入りパック 5袋
・クエストポイント 1000pt
・ドッグタグ 1個
――――――――――――――――――
達成報酬を受け取り、ようやくリンはギルドの仲間たちが持っていたアイテムを目にする。
小さな2枚のプレートがぶらさがったアクセサリー。
各国の軍隊で身元識別のために使われているドッグタグだ。
Tips――――――――――――――
【 ドッグタグ 】
個人を認識するためのアクセサリー。
特に効果はないが、一人前の冒険者であることを証明してくれる。
これを持っていれば、ミッドガルドの世界がさらに広がるだろう。
――――――――――――――――――
いわゆるキーアイテムとなっており、ミッドガルドで様々なクエストを解放するための必需品。
これを手に入れることで、ようやく本当の冒険がスタートする。
「やった~! これでチュートリアル終了!
いろんなクエストを受けられるようになった……んだよね?」
「最終試験を突破した人には、新しくギルドを作る権限が与えられるわ。
どこかに所属してもいいけれど、あなた自身がリーダーになって仲間を集めるのも楽しそうね」
「ああ~……それは遠慮しておくよ。
クラウディアについてくって決めてるし」
「旅に出るなら、武器屋と薬屋、あとはモンスター博士のところに顔を出すといいぜ。
色々と力になってくれるはずだ」
「それじゃ、これからもミッドガルドでの生活を楽しんでね!」
「俺たちも冒険してるから、どこかで会ったらよろしくな!」
かくしてチュートリアルを卒業し、リンは一人前の冒険者として認められる。
本来なら苦労の末に村までたどり着いて、ここで感動して泣き出してしまうプレイヤーもいるそうだが、一番肝心なところをスッ飛ばしてしまった。
ひとしきり祝福した後、ブロックとミスティはまた棒立ちの状態に戻る。
話しかけても『それじゃ、これからもミッドガルドで――』以降のセリフを繰り返すだけなので、すでに卒業式は終わっているようだ。
「どうしようかな……このドッグタグがあれば、たぶん色々変わると思うんだけど。
自分の足で歩いて、確かめてみるのがいいかもね」
村の中を歩き始めたリンは、これまでなかった2つのことに気付く。
ひとつは商店の増加。危険ながらも有用な【ゲキリン軟膏】などを売る薬屋や、ルームに植えて育てられる植物の店。
そして、今まで一心不乱に鉄ばかり叩いていた鍛冶屋のドワーフも、プレイヤー向けの装備品を売ってくれる。
「見てのとおり、俺は忙しくて手が離せねえ。
好きなのを取って、代金は置いてってくれ」
「はあ……それじゃ、見せてもらいますね」
カンカンと鍛冶の音が響く店内には、様々な武器が並べられていた。
リンの身の丈ほどもあろうかという両手大剣に、鉄球が付いたモーニングスター。
魔法使いが持っていそうな杖や、狩人の弓、日本刀や手裏剣まで置いてある。
「見た目だけだと思うけど、武器かぁ……あたしが持つなんて考えなかったな~。
どれがいいんだろ? 一応、【アルテミス】と契約してるし、弓なのかな?」
ためしに弓を手にしてみたが、どうもしっくりこない。
槍は長すぎて邪魔だし、それなりに重さを実感できる仕様なため大剣は重すぎる。
どれも今着ている『初級冒険者の服』には合うので、あとはリンの気分次第なのだが――
「あっ、これがいいかも! 2本買いますね」
「あいよ、まいど」
無愛想に鉄を叩き続けるドワーフの鍛冶屋を出たリンは、左右の腰から鞘付きの片手剣を下げていた。
それ自体に攻撃力はないが、駆け出しの二刀流剣士のような見た目になる。
「えへへ~、レダさんとおそろい!
これを、こう……両方いっぺんに引き抜いて……引き抜……うぐぐっ、ぬあああああっ!」
片手用の剣とはいえ、本来は大人の男性が戦場で使うもの。
10代前半のリンが2本いっぺんに抜刀するには、かなり腕力と慣れが必要になる。
どうにか抜いたのは良いものの、それだけで息が上がってしまうという実に情けない有り様だ。
「ま、まあ……戦うのは、あたしじゃないしね。
冒険者らしさが出てれば……はぁ、はぁ……いいんじゃないかな」
鞘へ戻すときにも悪戦苦闘し、リンは鍛冶屋での買い物を終える。
村での販売物はどれも安いため、初心者にとってはありがたいものばかりだ。
ドッグタグを持っていることで変わった点が、もうひとつ。
コンソールがナビゲーションになっており、受けられるクエストを教えてくれていた。
現在、ナビには『モンスター博士の研究所に行こう』と表示されている。
「モンスター博士かぁ、番組の最後に川柳とか詠んでそう」
大抵、博士キャラといえば研究に没頭している中年か老年の男性だ。
ずっと白衣ばかり着て、訳の分からない専門用語か、どうしようもないダジャレを口にするのが定番。
研究所は村から少し離れた場所にあり、柵の中で【アルミラージ】や【フォレスト・ウルフ】が走り回っていた。
それらの世話をしながら研究し、ウサギの背を優しく撫でているミッドガルドのモンスター博士。
リンが近付くと、彼は立ち上がってプレイヤーを出迎える。
「やあ、新しく冒険者になった方かな?
私はモンスター博士、ドクター・サイラスだ。よろしく」
「(思ってたのと違うけど……これはこれで、いいんじゃないかな!?)」
素朴ながらもダンディで凛々しい顔立ち。服装はヨレヨレだが、何となく着こなしを感じる。
動物たちと仲良くなったり、遺跡を探検したりする主人公タイプの青年男性。
彼こそがラヴィアンローズで親しまれているモンスター博士、サイラスであった。




