第8話 ハロー、人間ユニット!
「おお~! あの機械のところにいるのは、リンじゃないか?」
「ほんとだ! 生で見るとマジでJCだな~」
日本ワールドで名を知られるようになったリンは、ショップにいるだけでも注目を浴びる。
いつもなら写真撮影や握手くらいには応じているのだが、このときは状況が違っていた。
ポイントカードの交換機に陣取った彼女は、まさに鬼神のごとき気迫。
すさまじいオーラを放ちながら、食い入るようにカードを吟味している。
「おいおい……見ろよ、あの顔と集中力! そこらのヤツとは情熱が違うぞ」
「あそこまで真剣にポイント交換のカードを探すなんて……やっぱり、ああいう子がイベントの上位になるんだろうな」
「今は邪魔しちゃ悪い、近寄らないでおこう」
などと、遠巻きにプレイヤーたちが会話している声も耳に入らず、リンはひたすらカードを検索し続ける。
能力はともかく、人間ユニットは色々と残念なものばかりだ。
カニと合体してして両手がハサミになった男【シザーハンズ】。
子供のような顔なのに、やたらと背が高い【9頭身ホビット】。
いくらなんでも混ぜすぎだとツッコミを入れたくなる【スモウヤクザニンジャ】。
どれもこれもクセが強すぎて、悪の秘密結社が作ってしまったポンコツ怪人軍団にしか見えない。
「(おかしいでしょ! いったい誰がデザインしてるの!?
可愛い子とか、きれいなお姉さんとか、そんな贅沢は言わないからさ。
ちょっとくらい、まともな見た目のユニットもいるはずだよね?
ねえ、いるって言ってよ、ポイント交換機!!)」
スライムを倒し、これから一緒にミッドガルドを冒険するかもしれないユニットなのだ。
見た目さえまともなら、もうそれだけでいい。
だんだん投げやりな考えになり始めたリンだが、とあるカードのところでピタリと手が止まる。
「お……おおお~~~~~~っ!! これだぁ!」
Cards―――――――――――――
【 魔法双剣士 レダ・オンスロート 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:人間
攻撃1600/防御1300
効果:リンクカードを2枚装備できる。
スタックバースト【バーストカウンター】:瞬間:ターン終了まで、目標のユニット1体のスタックバーストを無効化する。
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魔法剣を二刀流で持ち、頭に鉢金を巻いた冒険者風の女性。
黒と紫が混じった髪に、やや褐色の肌。魔法の効果で輝く目が残光の尾を引いている。
リンが求める人間ユニットとしては十分すぎるほど見た目がよく、能力も素晴らしい。
「やればできるじゃない、ラヴィアンローズ! このカード、3枚交換で確定ね!
相手のスタックバーストを消したいときって、けっこう多いし。
ミッドガルドのモンスターなんて、当たり前のように発動させてくるんだから」
リンの読みは正しく、このユニットはミッドガルドの探索を目的にデザインされている。
装備品を2つも付けられるためステータスが安定し、スタックバーストの打ち消しも非常に有用。
ただし、要求される交換ポイントも相応に高い。
「うええっ、1枚だけでも2800ポイント!?
★3の【ストームブリンガー】って、たしか5000ポイントだったよね。
ずいぶん高いなぁ~……まあ、3枚まとめて払えるけど」
一般的な中学生ならともかく、戦場で荒稼ぎした優勝者には余裕で払える額だった。
【魔法双剣士 レダ・オンスロート】を確保したリンは、続いて新規入荷のカードを見ていく。
掘り出し物はあるものの、ポイント交換カードは微妙なものが多い。
特に理由がない限り、パックでも買ったほうが良いのだが――
Cards―――――――――――――
【 巨塔の崩壊 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:2ターンの間、フィールド上に存在するユニット全ての【タイプ】がランダムなものに置き換わる。
この効果の対象となるのは、ユニットが本来持っている【タイプ】のみ。
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なんと、タイプをシャッフルしてしまうという、ユニークなプロジェクトを発見した。
対戦相手が使いそうなタイプ限定のカードを阻止できるが、自分の陣営までめちゃくちゃになりかねない。
戦況をよく見極めて、使いどころを考えなければいけない上級者向けの効果だ。
「まあ……1枚くらいはデッキに忍ばせておいてもいいかな。
こんなもの使ったら、あたし自身が困りそうな気もするけど。
あっ、そうだ! タイプといえば竜に使えそうなものが欲しいよね」
そんな感じで1時間ほど検索を続け、何枚かのカードを入手することができた。
帰り際に店員へ声をかけたところ、勧められたスキューバ衣装を買ってしまって思わぬ散財。
イベントで稼いでは余計なものを買うという、負のループから抜け出せないリンであった。
■ ■ ■
「それじゃあ、ユニット召喚!」
デッキの組み直しを終えたリンは、さっそくミッドガルドでの冒険を再開させた。
カードから飛び出した光が人型を形成し、ひとりの女性剣士を召喚する。
2本の剣を持ち、鉢金の布をなびかせる勇猛なユニット。
この【レダ・オンスロート】がリンにとって初めての人間タイプとなった。
「うわ~、かっこよくてきれい! よろしくね、レダさん!」
「………………」
「あ~、えっと……【アルテミス】みたいに、しゃべったりはしないのかな?
無口な剣士っていうのも、それはそれでいいんだけど」
レアリティの低い人型は、基本的に言葉を口にしない。
攻撃や防御、あるいはダメージを受けた際に、『はぁっ!』などの汎用ボイスを放つ程度である。
とはいえ、主人の言葉は理解しているらしく、レダはこくこくと無言で頷いた。
「それにしても……海外で作ってるせいか、すごいプロポーションだよね。
大丈夫なのかな、このゲーム?」
レダの外見年齢は20歳前後。中学生のリンから見れば、完全に大人の女性だ。
しなやかな筋肉を帯びながらも、その体はモデルのように完璧。
胸やお尻の肉付きなどは、目のやり場に困ってしまうほど”ご立派”である。
試しに指先でレダのお腹を触ってみると、『PROTECTED』と真っ赤な表示が出て、指が体を通り抜けてしまった。
これは人型ユニットの多くに設定されている保護機能だ。
「そりゃ保護されてるよね。されてなかったら、まずいって。
コボルドちゃんのお腹とか、たまに撫で撫でしてあげたくなるんだけど」
そういった行為は全部まとめて、コンプライアンス的にNGなので仕方がない。
神々しい【アルテミス】よりも距離が近いので意識しがちだが、こればかりは慣れるしかなさそうだ。
兎にも角にも新たな仲間を加えたリンは、森の中を歩いてスライム討伐クエストに挑む。
色々あったチュートリアルにも、いよいよ終わりが見え始めていた。




