第7話 ソロプレイ始めました その7
「う~~~~~~ん」
「ぷぃいいい……」
「わううううぅ……」
無事に★2モンスターの捕獲を終えたリンは、再召喚した【アルルーナ】や【タイニーコボルド】と一緒に唸っていた。
森でのクエストは今回が最後のようだが、たしかに悩ましい難題だ。
NPCたちからも『一筋縄じゃいかないぜ』と言われており、実際にクエスト対象のモンスターを見たリンは考え込む。
目の前でプニプニと動いているのは、多くのRPGで最弱と言われている魔物。
しかし、それは日本だけのイメージであり、不定形生物の発祥となった海外では実に厄介な存在である。
Enemy―――――――――――――
【 ノーブル・スライム 】
クラス:コモン★ タイプ:マテリアル
攻撃200/HP400/敏捷40
効果:このモンスターは【タイプ:人間】以外からのダメージを受けない。
スタックバースト【酸性の粘液】:瞬間:目標のリンクカード1枚を破棄する。
――――――――――――――――――
見た目は、水色をしたゼリー状の物体。
ほぼあらゆる攻撃への耐性を有しており、人間ユニットでしか倒せない。
神や悪魔やドラゴンの攻撃すら通さないというのは少々やりすぎではないかと思われるが、とにかく人類の叡智で仕留めるしかないようだ。
つまるところ、これは『人間タイプを使ってみてね!』というチュートリアル。
★1でもいいから人間を使っていれば即座にクリアできるのだが、リンは今の今までまったく使ったことがなかった。
「向こうからは襲ってこないのが救いかな……この子、すごく便利な能力だから絶対欲しい!
いっぺん村まで戻って、デッキを組み替えたほうがいいね」
まだ戦闘には突入していないため、プレイヤーは準備を整え直して挑むことができる。
ちょうど手札の消耗が激しかったこともあり、ここは素直に退いておく。
「う~~~ん……人間、人間ねぇ……」
そうして村まで戻ってきたリンは、ブツブツとつぶやきながらコテージのドアを開ける。
ユウたちの姿はなく、入れ替わるようにクラウディアとソニア、そしてサクヤの姿があった。
「あ、リン殿! まだ生きておられるようで、何よりであります!」
「そう簡単にはやられないって。ちょっと危ないときもあったけどね。
今はデッキを組み換えに来ただけで――そうそう、人間ユニットを探さなきゃ!」
リンの言葉を聞いた途端、『はは~ん』と顔を見合わせる3人。
ゲーム全般において、初心者がクエストを進めている姿は何とも微笑ましい。
特に中級者以上にとっては、過去に自分が通った道を新人がせっせと歩んでいるので、とても美味しい肴になる。
「ということは、スライムと戦うところまで進めたのね」
「うちはてっきり、例のカードで倒したんかと思っとったわ。
ほれ、見てみぃ」
「え……?」
サクヤが空間上に投影したのは、メッセージが添えられたスクリーンショット。
そこには真っ赤に燃えるキノコ雲が映っており、『リンのチュートリアルは順調みたいです』とコメントが書かれている。
どこかで撮影したものを、ステラが他のメンバーに送ったようだ。
「ス、ステラーーーーッ!?」
「あははははっ! こないに派手なことしたら、目立たんほうがおかしいやろ!」
「まあ、リンが目立つのは今さら仕方のないことね。
他のプレイヤーに迷惑をかけない限りは、好きなように行動すればいいと思うけれど」
「ああ、うん……かけてはいない、かな……ギリギリ」
クラウディアに釘を刺され、リンはビクッと反応しながら目を泳がせた。
トレイン行為に他のプレイヤーを巻き込むのは悪質なマナー違反だが、自力で解決したのでアウト寄りのセーフといえる。
「それでリン殿は今、人間ユニットが必要な場所まで進んだわけですな」
「うん、デッキに入ってなかったから取りに来たんだ。
今まで全然使わなかったんだけど……何かいいモノ持ってたかな~?
あ、そうだ! 森の中にこんな子がいたよ」
「おお~、【始祖鳥】! 近場にこのような飛行生物が!
あとで捕まえに行くであります」
やはり、飛行ユニットといえばソニア。
捕まえてきたばかりのカードを見せると、左右で色が違うオッドアイをキラキラ輝かせながら反応してくれる。
今日は雷の気分らしく、『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』は黄色だ。
「それじゃ、そろそろ出かけるわね。
ユウたちが気を利かせて、村の近くで時間を潰してくれているそうだから」
「そっか、待たせちゃ悪いよね。あたしは大丈夫だから行ってきて」
「ほな、リンも頑張りぃや~」
3人は先発隊の後を追って出かけ、コテージの中にリンだけが残される。
ギルドが活発なのは良いことだが、いつものメンバーが出払ってしまうと、なんとなく室内が物寂しい。
リンは冷蔵庫から果物のジュースを取り出して、さっそくデッキの組み換えを始めた。
「念のために【エスケープ・スモッグ】を入れておこうかな。
★1の子たちだと厳しくなってきたから、親分と交代してもらって。
あとは、人間……人間のユニットは何を持ってたかな……と」
ここまでプレイしておいて、さすがに人間タイプを1枚も持っていないということはない。
しかし、リンはあまり好んで使ってこなかった。
なぜなら――ものすごくゴツい。
ラヴィアンローズは海外製のゲームであり、人間ユニットの多くは英雄という扱いになっている。
それゆえ、筋肉ムキムキのマッチョ兄貴や、現代的な武装をした軍人、鎧を着込んだ騎士など、見た目が非常に暑苦しいのだ。
女性は女性でアマゾネスかと思うほど筋肉ムキムキ、そうでなくてもアメコミの超人にいそうな強面。
あとは【人間】というタイプに収まっているものの、獣人や魔人といった半分モンスターのような種族までいる。
「だぁあああーーーーーっ!!
ぜんっぜん可愛くない! どう見ても海外の感性だし、コボルドちゃんたちが珍しいだけなのかな?
手持ちのカードは筋肉だらけ……これは新しいカードを買ったほうが早いかも」
チュートリアルのクエストを受けている間は特別仕様になっているので、ミッドガルドへの出入りは自由にできる。
思いついたら、即実行。
手に持ったジュースを一気に飲み干し、すぐさまテレポートで公共エリアへ向かうことにした。
■ ■ ■
「これはこれは、リンさん! ようこそ、いらっしゃいませ」
今やすっかり顔なじみになった、ショップの店員。
気さくな初老の男性だが、実在していないバーチャル世界のキャラクターである。
「先日お買い上げいただいたサンゴ礁は、いかがでしたかな?」
「すっごくきれいで最高でした! ほんと買って良かったな~って思います!」
「ほほう! では、より水中を楽しめるスキューバ衣装などは――」
「あ~、ごめんなさい。今日はカードを探しに来たんです。
ポイント交換できるカードに、人間タイプのユニットってないですか?」
「無論、ございますとも。
リンさんのおかげで、不評だったポイント交換カードが急に売れるようになりまして。
特に【ストームブリンガー】をお求めになる方が増えております」
「ええっ? あのカード、使うのは難しいと思いますけど……」
「その難しいカードで強敵を倒して、イベントで優勝したではありませんか。
リンさんに憧れて後に続こうとしておられる方が、続々と増えているのです。
特に【アルミラージ】と組み合わせたお手軽なコンボは、使いやすいと評判ですぞ」
いつの間にか、リンは人から憧れを向けられる存在になり、知らず知らずのうちに経済まで回していた。
『終末剣』の由来になった魔剣が売れているというのは、なんとも不思議な感覚である。
「交換機の使いかたは分かりますな?
この前のアップデートで、ポイント交換に新しいものが追加されております」
「へぇ~、さっそく見てみますね」
挨拶を終えてリンが向かったのは、店内に置いてあるポイント交換用の機械。
始めたばかりでカードが足りていなかった、あの日。
『ファイターズ・サバイバル』の予選を通過して、ステラやソニアと一緒に買い出しに来てから、早くも2ヶ月以上が経っていた。
懐かしい思い出を振り返りながら、機械を操作するリン。
コンビニに置いてあるチケット販売機のようなものを、タッチパネルで動かしていく。
「新作のカードも気になるけど、まずは絞り込み検索でユニットカード、【タイプ:人間】っと。
おお~、意外と種類があるね! どれどれ……」
Cards―――――――――――――
【 スレンダーオーク 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:人間
攻撃500/防御900
効果:このユニットは1ターンに2回攻撃できる。
このユニットがリンクカードを装備したとき、フィールド上から破棄される。
スタックバースト【執念の三手】:瞬間:上記に加えて3回目の攻撃が可能になる。
――――――――――――――――――
「なんじゃこりゃああああ~~~~~~っ!?」
オークといえば、ファンタジー世界ではおなじみの醜悪な怪物。
悪しき心に染まりきった人間がオークに堕ちるといわれており、集団で狩りをする恐ろしい食人種のモンスターだ。
大抵の場合、口からイノシシのような牙が突き出た巨漢として描かれることが多い。
……が、このオークはガリガリである。
いったい何があったのかと心配になるほど体が細く、なぜか目だけがギラリと光っていて怖い。
通常でも2回攻撃、スタックバーストが乗ると3回攻撃という夢のある効果だが、★2とは思えないほど低すぎるステータス。
さらには少しでも重いものを持つと倒れてしまうらしく、リンクカードを装備させただけで死ぬ。
「いや~、ないわ~……やっぱ微妙だよ、ポイント交換のカード」
使いどころが無いわけではないし、むしろ可能性を感じる1枚だが、ポイントを支払ってまで欲しいかと言われると悩ましい。
交換機で手に入るカードは大抵こんな感じなので、評判が悪いというのも頷ける話だった。




