第6話 ソロプレイ始めました その6
「はあぁ~、やっぱ乗るならモフモフだよなぁ。
昆虫はかっこいいけど、乗りっぱなしだと装甲が固くてさ」
「分かります。この子も長く乗ってると、ちょっと……」
よしよしと撫でながらユウが乗っているのは、森のオオカミよりも大きな【ダイア・ウルフ】というユニット。
その体格は大型犬のセントバーナードすらも超え、人間を乗せても軽やかに走るほど脚力に優れている。
苦笑しながら相槌を打つステラは、巨大化したワニガメ【ジャイアント・スナッパー】の甲羅に腰を下ろしていた。
どっしりとした安定感があり、水陸両用なので便利だが、お尻に伝わる固い感触は何とも言いがたい。
その甲羅の上には、セレスティナの姿もあった。
「同乗させていただき、ありがとうございます。ステラさま」
「いえいえ、構いません。結局、私たちだけで出発することになっちゃいましたね」
クラウディアやサクヤが来るのを待っていたのだが、リアルで用事があって遅れるとの連絡が入ったため、3人で先行して出かけることになった。
今は村から少し離れて、どこへ行こうかと相談しながら移動しているところだ。
「次からは自分の騎乗ペットを用意しておきます。
私のデッキは人型が多いので、騎乗のことはあまり考えておりませんでした」
「ケンタウロスか巨人でもなきゃ、人型には乗れないからな。
ところで、どっちの方向に進む?」
「遅れて来た人が追いつきやすいように、近場がいいかもしれませんね。
ここからだと――」
その瞬間、ステラの言葉が終わらないうちに、ミッドガルドの大気を閃光が切り裂く。
轟音や衝撃波までは届かないが、森の方角で膨大な熱エネルギーの爆炎が立ち上がった。
かの★3レアカードは、リアルの世界なら展示ケースに飾られて、高級車が買えそうな値段が付くであろう至高の1枚。
それをミッドガルドの入り口付近で使うプレイヤーなど、約1名しか思い当たらない。
「うわ~、あのバカ! あんな場所でブッぱなしやがって……」
「あっちは森のほうですね。リンが受けてるのは、たしかチュートリアル……だったはずですけど」
ここから森までは距離があるのだが、それでも紅蓮に燃えるキノコ雲をハッキリと視認できた。
先の『デュエル・ウォーズ』でリンと同じエリアにならなかったセレスティナには、初めて自身の目で見る光景だ。
なにゆえ女子中学生に『終末剣』などという物騒な称号が与えられているのか、その理由はすでに知っている。
「……あれがリンさまの?」
「ああ……あれがウチの妹だ」
親指を立てて紅蓮のキノコ雲を指し、呆れた顔で言うユウ。
リンのチュートリアルが何やら大変なことになっているのは、もはや言葉にしなくても想像できた。
■ ■ ■
荒々しい業火が通り過ぎ、草1本すら残らなくなった焦土。
それなりにプレイ歴を経ている者が見ても衝撃的な光景は、ようやく森を抜けたばかりの初心者に多大なる印象を与えた。
おびただしい群れとなって押し寄せてきたモンスターたちが、一瞬にして消え去ったのだから無理もない。
起こったことが信じられないセーラは、従者のテレーズと共に呆然としながら、焼けただれた焦土に立つ人物を見つめる。
――と、そこに少し遅れて落ちてきた小さな影。
「ぷぁあああああ~~~~~っ!」
「あいたっ!」
少女の上から1体のユニットが降ってきて、フライングボディプレスよろしく激突。
【ワールウィンド】の効果で脱出させられていた【アルルーナ】が、はるか上空まで巻き上げられて落ちてきたのだ。
それを回収した少女は、えぐれたように樹木が消滅してしまった森の一部を見ながら、頭の後ろに手を当てる。
VRの世界だから良いものの、これが現実なら深刻な自然破壊だ。
「あちゃ~、ちょっと森に近すぎたかも。たぶんすぐに戻ると思うけど……
気絶してるモンスターは……おお~、いるね!」
大量に倒したにも関わらず、気絶していたのは1体のみ。
生物の教科書にも載っている有名な鳥――いや、この時点では進化の途中なので厳密には鳥ではない。
少女は倒したモンスターに近寄ると、すかさずブランクカードを使用した。
Cards―――――――――――――
【 始祖鳥 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:飛行
攻撃1300/防御1200/敏捷110
効果:このユニットの所有者は、バトル以外で発生したダメージを受けない。
ただし、所有者自身が使用したカードの効果は除く。
スタックバースト【鳥類の始祖】:永続:このユニットは【タイプ:動物】からのダメージを受けない。
――――――――――――――――――
1億5000万年前、ちょうどアロサウルスが天下を取っていた頃に画期的な進化を遂げた者がいた。
それが、この始祖鳥。腕に翼のような羽毛が生え、滑空や飛行が可能になった生物だ。
現代の地球にいる鳥類の多くは始祖鳥から進化したと考えられており、地球生物史において重要な役割を果たしている。
ユニットの効果は少々特殊で、バトル以外のダメージからプレイヤーを守ってくれるようだ。
使いどころはあるのだが、飛行ユニットといえば仲間の顔が思い浮かぶ。
「これはソニアちゃん向けの子だね。
とりあえず、無事に★2をゲットできたし……って、人がいるのを忘れてた!
2人とも大丈夫ですか!?」
「え、ええ……大丈夫ですわ……」
あれだけ大量のモンスターを地形ごと吹き飛ばしたにも関わらず、少女の笑顔には一片の曇りもない。
まるで魔王の軍勢を高位攻撃魔法で薙ぎ払った勇者が、さわやかに笑っているかのように見える。
少なくとも、一部始終を目撃したセーラ・リュミエールの脳内には、この瞬間が強烈な記憶として焼き付いていた。
「それじゃ、あたしは戻るから、これで――」
「ああっ! お待ちを!」
「何?」
「あの……あなたのお名前は……?」
「あたしはリン。えっと――ただのリンでいいよ!」
そう言い残して、リンは再び森の中へと戻っていく。
焦土に残されたセーラは、彼女の背中が見えなくなるまで見つめ、そして――
生涯で初めて、ふつふつと湧き上がる熱い感情に目覚めていた。
恋ではない。
憧れでもない。
ただひたすらに尊さと、なぜか満たされていく原因不明の幸せな気持ち。
2036年の社会においても、その感情を指す言葉は変わらない。
この日、セーラは出会ったのだ。
自分にとって最高の”推し”と。
2022/05/15 始祖鳥の効果を少し変更しました。




