第23話 VR生活も始めました
「わぁ~! 懐かしいですね、この感じ!」
ルームに招待されたステラは、いつもの魔女姿で室内を眺めた。
何も知らないまま、独房のようなマイルームに来て違和感を覚えるのは、このゲームの初心者が通る道らしい。
とにかく、窓とベッドと椅子しかない無音の空間を何とかしたい。
立派な魔女の館を持つステラが来てくれたのは、本当に頼もしい限りだ。
「とりあえず、ステラの家みたいにね。
こう、いい感じのルームを作りたいんだけど」
「あはは……大雑把ですね。
あの家には、かなりポイントをつぎ込んでますよ。
いい感じになるかどうかは、リンの予算にもよります」
「予算は、え~と……
服とかパックを買ったけど、まだ8000ポイントくらい残ってるかな」
「すごいですね!
話には聞いてましたけど、『マスター』の称号でそんなに報酬が……
それくらいあれば、ある程度は希望どおりになると思います」
「希望どおり……希望かぁ……
そもそも、どんなお部屋にするのかも決めてなくて」
「じゃあ、外から決めてみましょうか。
私のルームも森の雰囲気に合わせて設計したんです」
「なるほど、家の外ね!
ここから外に出られるだけでも、ぜんぜん違うと思う」
開かない窓から青空を眺めるだけの部屋は、すぐにでも改築するべきだ。
ステラの協力を得ながら、リンはルームの作成に熱中した。
わざわざショップに行かなくても、その場で家具を買えるし、置くだけで建築や地形の変更を行える。
現実とは違ったリフォームは中毒性が高く、これも深い沼であることを匂わせていた。
■ ■ ■
「それで、こんな感じになったわけか。
さすがに経験者がいると違うな~!」
やがて、遅れてやってきた兄のユウは、短時間で完成した妹のルームに驚かされる。
リンが外観に選んだのは『タートルアイランド』という地形。
南国にありそうな孤島だが、非常に陸地の面積が狭い。
どうにか家を1軒だけ建てられそうな砂浜が、かろうじて水面から出ている程度の島だ。
その砂浜に風通しの良いログハウスが建っていて、ちょっとしたリゾート気分を味わえる。
いつでも海の家にいるような、さわやかさと開放感にあふれたルームだ。
「なんと、これだけ買っても2000ポイント!」
「ははは……服のほうが、よっぽど高いんだな」
「タートルアイランドとログハウス。
どっちも値段の割にはコストパフォーマンスがいいんです」
合流した3人は、できたばかりのログハウスから南国の海を眺めていた。
不思議なことに外観を変えると潮風が吹き、波の音や砂浜の香りまで感じられるのだ。
「知ってるか?
ラヴィアンローズを作ってる会社はアメリカにあるんだが、スタッフはみんな日本のアニメやゲームが好きらしい。
この島も、とあるアニメで主人公が修行した場所を元にしてるんだ」
「へぇ~、それが元ネタなんだ。
でも、実際に住んだらすごく不便だよね。
お店どころか電気とかネット回線もなさそうだし」
「ふふっ、高波が来ただけで流されちゃいますよね」
「ちなみに、家具にも★3までのレアリティがあって、★2までは自由に扱える。
他のプレイヤーへのプレゼントは、だいたい家具ってのが相場だな」
「あ、そうでした。
せっかくなので、リンに何かあげますね」
「えっ? な、なんか悪いね、手伝ってもらったのに」
「決闘のときも言いましたけど、同じクラスのフレンドは初めてなんです。
これからは、こっちの世界でもよろしくということで。
はいっ、私からのプレゼント」
リンのコンソールに通知があり、ステラから贈り物が届いていた。
喜んで受け取ったリンだが、その頭にはすぐに疑問符が浮かぶ。
「ありがと~! ……って、花の種?」
「この島に合いそうな、赤いハイビスカスの種です。好きな場所に植えられますよ。
ルームの植物は枯れたりしないんですけど、そのままでは成長することもありません。
人の手で育ててあげたときに成長が進むっていう感じです」
「へぇ~、VRって本当に便利だね!」
「がっつりと園芸をやりたい人から、とりあえず置いておきたい人まで需要を満たせるからな。
3代目のチャンピオンなんて園芸にハマりすぎて、ルームが植物園みたいになってるらしいぞ」
「初めての女性チャンピオン、植物デッキを使う【千花女王】ですね。
この世界にある植物系のカードと家具を全部持っているそうです」
「全部とか言われても、いまいちピンとこないけど……
チャンピオンって、それぞれ何か極めたような人たちなんだね。騎士とか魔術とか」
「頂点まで極めなきゃ、なれないんだろうなぁ。
さてと……せっかくだし、俺もリンに家具を送りつけてみるか」
「くれるならもらうけど、変なものをよこさないでよ?」
兄のことだから、不要な家具を押し付けてくるかもしれない。
そう思って眉をひそめるリンだったが、意外にも実用的なプレゼントが贈られてきた。
「これは……『フォトデータ加工セット』?」
「お前はデュエルのときに写真撮影してるだろ。
それを部屋に飾ったり、アルバムにまとめたりできる家具だ」
「えぇ……兄貴なのに、なんか普通……怖い……」
「なんで普通のものを送ったのに怖がられるんだよ!
いらないなら返せ!」
「ダ~メ! もう、もらっちゃったも~ん!
ふふふ……ありがとっ」
兄に対して、ありがとうなんて言ったのは、いつ以来のことだろう。
そんな疑問が頭に浮かんだが、とりあえず、この日はルームをいじるだけで時間が過ぎてしまった。
やがて、潮騒が聞こえるログハウスの壁に飾られたのは、2枚の写真。
1枚には月の女神や動物たち、もう1枚には3つの頭を持つ巨大なワイバーンが映っている。
勝利後の記念撮影なのだが、どちらにも【トロピカルバード】がいるのは笑ってしまう。
リンは、まだまだ初心者だ。
兄には力押しで勝ったし、ステラの場合は相手のミスが大きかった。
写真を見ると楽しい気分になれるが、自力で勝ちを得たという誇りはまだ薄い。
――強くなりたい。
純粋にそう願うリンの冒険と戦いは、まだ始まったばかりだった。
というわけで、第1章の完結となります。
ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!
諸用のため3~4日ほどお休みを頂きますが、次回からは新章『ミッドガルド冒険編』が始まります。
カードを応用した新しいバトルと冒険になるので、引き続きよろしくお願いします!




