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第5話 ソロプレイ始めました その5

 チュートリアルも後半となり、『はじめてのミッドガルド 5』を受領したリン。

 何でもいいから★2モンスターを1体捕獲することが目標だが、すぐに気絶してくれる★1と違って少し難易度が高い。


「さて……周りには誰もいないよね。コボルドちゃんはカードに戻ってて」


 【アルルーナ】と【タイニーコボルド】も頑張ってくれているが、モンスターを倒すたびに手札を切っていたのでは息切れしてしまう。

 そこで正面から対峙する殴りあいを避け、リンは即興で作戦を立てた。


 平原にはたくさんいた初心者たちも、森に入ると極端に数が減る。

 この状況こそが★2モンスターという強さの壁を物語っているのだが、おかげで他のプレイヤーを巻き込まずに済みそうだ。


「それじゃ、作戦開始といきますか! このゲキリン軟膏を使って……」


 軟膏はヘアワックスのような小さい容器に入っており、少し取って肌に塗るだけで容器ごと消えてしまった。

 すぐに香辛料のような独特のにおいが広がって、隣りにいた【アルルーナ】が反応を示す。


「ぷぅい? くんくん……うるるるるっ!」


「え? そんなに気になる?

 たしかにカレーライスみたいで、お腹が減るにおいだよね。

 10分間だけ我慢してて」


「――ぷうっ!」


 背中の葉っぱをバサッと広げて、【アルルーナ】は身をひるがえす。

 ゲキリン軟膏の効き目はすぐに表れ、森のしげみから野生のオオカミが飛び出してきた。


Enemy―――――――――――――

【 フォレスト・ウルフ 】

 クラス:アンコモン★★ タイプ:動物

 攻撃3000/HP2000/敏捷80

 効果:3回まで重複可能。フィールドに存在する【フォレスト・ウルフ】の数だけ、攻撃力が400ずつ上昇する。

 スタックバースト【ウルフパック】:永続:上記効果を防御力にも適応させる。

――――――――――――――――――


「ガルルルルルルッ!」


「おお~、キミは兄貴が持ってた気がする。

 森の外まで走るよ、【アルルーナ】ちゃん!」


 脱兎のポーションを使って移動速度を上げたリンは、戦うことを避けて駆け出した。

 効果は1.25倍程度だが、少し早めに走るだけでも全速力並みのスピードを出せるようになる。


 それでも人間の足ではオオカミを振り切ることができず、相手はぴったりと後ろについて追いかけてきていた。

 しかも、ゲキリン軟膏のにおいを撒き散らしながら走っているせいで、角ウサギやクマなどのモンスターが次々と列に加わる。


「うわ~、大変なことになっちゃった!

 でも、前のイベントじゃ3日間も走りっぱなしだったから、それに比べたら全然マシ!」


 大量のモンスターに追いかけられた状態で、森の外を目指して駆けていくリン。

 彼女の頭に浮かんだのは危機感ではなく、『もっと早くポーションを知っていれば、デュエル・ウォーズで走るとき使えたのに』という自戒であった。


 なお、こうして複数の敵やモンスターを引き連れることを、MMORPGの界隈では”トレイン”と呼ぶ。

 そんな知識などまったくないまま、リンは自力でトレインを編み出してしまったのだ。



 ■ ■ ■



「おーっほっほっほっ! ついに! ついに森を抜けましてよ、テレーズ!」


「おめでとうございます、お嬢さま」


 初心者にとって最初の難関となる森を抜け、少女は高らかに笑い声を上げた。

 いかにも貴族らしい豪華なコスチュームに身を包んだ令嬢。

 隣りで静かに拍手するメイドの従者は、無表情ながらも美しい女性であった。


「全ては【カトブレパス】ちゃんが活躍してくれたおかげですわ~。

 ああ、なんてたくましいのでございますでしょう!」


「グモォオオオウッ」


Cards―――――――――――――

【 カトブレパス 】

 クラス:レア★★★ タイプ:悪魔

 攻撃2500/防御2500/敏捷40

 効果:自身のターンに1回のみ使用可、目標のユニット1体の効果とスタックバーストを無効にする。

 スタックバースト【封印の邪眼】:永続:上記効果を相手のターンにも使用できる。

――――――――――――――――――


 少女が連れているユニットは、重厚な筋肉に覆われた雄牛。

 頭部は長い毛に覆われていて両目が隠れているが、ひとたび視線が合えば命はないと言われている邪眼の持ち主。

 森のモンスターとの1対1対なら余裕で勝ち抜けるほど、高い戦闘力を持つ★3ユニットである。


「我が光苑寺コンツェルン――いえ、この世界ではリアルの肩書きなど無粋でしたわね。

 お父さまたちが出資しているラヴィアンローズとやら、見に来てみれば実に素晴らしいコンテンツでござますわ」


「日本国内でのアクティブユーザー500万、全世界のプレイヤー数は6億人以上と推定されています」


「おっほっほっ、これからはまさにVRの時代! 豊かなビジネスの土壌!

 乗り遅れてはなりませんでございますですわよ、テレーズ!」


「はい、お嬢さま。とりあえずは村を目指して――」


 と、そこで異様な気配を感じ取る2人。

 たった今、ようやく抜けてきた森の中がざわめき出し、地響きと共に何かが近付いてくる。


 狂ったように1人のプレイヤーを追いかけて走る、モンスターたちの大暴走。

 その先頭で駆けているのは、初心者の証である『初級冒険者の服』を着た中学生くらいの少女であった。


「なんてことですの! あの子、モンスターの大群に追われてますわよ!」


「こちらへ向かってきます。逃げたほうがよろしいかと」


「あれを見て放っておくことなど、我が光苑寺――コホンッ!

 我が家の誇りにかけて、できないことですわ! 加勢しますわよ、テレーズ!」


「かしこまりました、お嬢さま。【ハンティング・ウォリアー】」


 従者の女性がカードを発動させると、全身にライトメイルを着込んでボウガンを構えた射撃戦士のユニットが現れる。

 せっかく森を抜けたというのに、ここで倒れてしまっては元も子もない。

 しかし、それでも誇りにかけて弱者を救うのが、高貴な令嬢の矜持(きょうじ)であった。


 一方、大量のモンスターを引き連れてきた少女は、想定外の増援に慌てふためく。


「ええっ、人がいる!?

 うわわわわわ、ヤバい、ヤバい、巻き込んじゃうかも!」


「構いませんわ! セーラ・リュミエール、助太刀いたします!」


「へ……? ああ、いや……追われて大ピンチってわけじゃないんだけど」


「この状況で何をおっしゃっているのです!? どう見ても激ヤバですわ!」


 少女に続いて森から出てきた、オオカミ、角ウサギ、クマ、シカ、トカゲ、鳥。

 ざっと見渡しただけでも20体ほどは群れているというのに、追いかけられた本人には危機感がない。


「ああ~、ごめん、ほんとにごめんなさい!

 今出してるユニット、カードに戻してもらっていいですか?」


「はぁ!? あなたのユニットだけでは勝ち目がありませんわよ?」


「あたしなら大丈夫! お願い、カードにしまって!」


 言われていることがまったく分からないまま、貴族の令嬢――セーラは少女が連れているユニットを見た。

 ずいぶんとステータスを高めてあるようだが、それでもたった1体の★1コモン。

 ★2モンスターが相手では、普通に戦うことすらきついはずだ。


「いったい、どういうことですの……ううっ……テレーズ、この子の言うとおりにしましょう」


「よろしいのですか?」


「ええ、乙女の直感がビリッときましたわ」


「かしこまりました、セーラお嬢さま」


 何が何だかまったく分からないが、少女に策があることを察した2人は召喚を解除する。

 やがて、土煙を上げながら迫りくるモンスターの群れ。

 見るからに雄々しい【フォレスト・ウルフ】が、仲間のオオカミを引き連れた状態で少女に追いつく。


「ウウウウッ! ガルルルルルッ!」


「おお~、キミの攻撃力いいねえ。群れになったときの効果が乗って4200。

 それだけあれば、森のモンスターには十分かな。使わせてもらうよっ」


 野生のオオカミが牙をむいて襲ってきたというのに、まったく動じる様子がない少女。

 彼女が【アルルーナ】を出したまま走っていたのは、その高い敏捷力を活かして先手を取るためだ。

 やがて少女は1枚のカードを取り出すと、セーラたちに振り向いて言葉をかけた。


「信じてくれて、ありがと! ちょっと(まぶ)しいかもしれないけど、派手にいっくよ~!」


 そして――この世界に来たばかりの主従が見ている目の前で、★3レアのプロジェクトカードが解き放たれる。


 最初に生まれたのは、ほんのわずかな光。

 それが急速に膨張していき、周囲の草むらが一瞬にして灰と化す。


「な……な、な、なななななな……っ!?」


「我を称える(うた)はなく 我を封じる(すべ)もなし

 我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり」


 言葉を失ってうろたえるセーラの前で、少女は光の球をかかげて詠唱していた。

 それが進むにつれ、炎が渦を巻くように周囲を包み込んで荒れ狂う。


「神魔 天地 時の記憶をことごとく

 三千世界を無に還し (しか)して我も共に消えん

 (これ)より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」


 もはや直視できないほど白熱した光球は、膨大なエネルギーの奔流を生み出しながら全てを飲み込んでいく。

 その中央で詠唱する少女の姿は、人類を超越した何者かを幻視させた。


 しかし、人である。

 人以外のいったい誰が、ここまで完璧な破壊を生み出せるものか。

 森から飛び出してきたモンスターたちは危機を直感したが、時すでに遅し。


 そして、次の瞬間――セーラはVRの世界で終末を目にすることになった。

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[一言] チュートリアルで最終兵器をぶっ放す自称初心者… ヤバいですわ
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