第1話 ソロプレイ始めました その1
「やっほ~! こんちわ~!」
「こんにちは、相変わらず元気ですね」
「よう、リン。さっそく読ませてもらってるぜ」
リンが【鉄血の翼】のコテージに入室したとき、そこには3人のメンバーが集まっていた。
一足先にログインした兄のユウは、少年マンガ雑誌を手にソファーでくつろいでいる。
イベント報酬の使い道を考えた結果、リンはギルドに雑誌棚を寄贈した。
ラヴィアンローズと提携している出版社の雑誌が、発売日に自動で入荷するという便利な家具だ。
ポイントを追加で支払うことで定期購読も可能になっているため、懇意にしてもらっている『サイバーワールド通信』をはじめ、主だった雑誌を読めるようにしてある。
「かぁ~っ、妹が稼いだポイントで読むマンガはたまんねえなぁ~!」
「すごいクズみたいなこと言ってるよ、兄貴……」
「うるせえ、お前ばっかり活躍しやがって!
始めたばかりの頃は、右も左も分からんようなド素人だったのに」
「今は完全に抜かされちゃってますからね。私も人のことは言えませんけど」
そう言って苦笑するステラとユウは、いつも色々と教えてくれる先達者だ。
大会での戦績はリンのほうが上回ってしまったが、知識や経験は彼らに及ばない。決して埋めきれないプレイ歴の差があることを、リンもよく理解している。
「あたしは今から出発するけど、みんなはどうするの?」
「他のメンバーが来るのを待って、どこに行くか話しあう感じだな。
今のところ、俺たちの目標は★4モンスター狩りだ」
「ああ~、報酬おいしいもんね」
ミッドガルドに新規実装された★4野生モンスターは、恐ろしく強力な代わりに撃破報酬も豪華。
運が良ければソニアのように、金色のブランクカードをドロップする可能性もある。
5周年アップデートやイベントの喧騒も落ち着いた今、腕に自信があるプレイヤーたちは各地で★4を探し回っているようだ。
「そっちも楽しそうだけど、あたしは自分のことを終わらせてから合流するね」
「頑張ってくださいね。チュートリアルが終わると、いろんなクエストが解放されて面白くなりますよ」
「リンさま、お出かけになるのでしたら、これをお持ちください」
そう言いながらキッチンから出てきたのは、先日新しく仲間になったセレスティナ。
メイドの服を着込んだ麗しい美少女なのだが、リンよりも年下の中学1年生。
長身でプロポーションが良く、高校生どころか大学生だと思われてもおかしくないほど発育が進んでいる。
そんな彼女が差し出してきたのは、とても良い香りがするバスケット。
中には料理が入っているらしく、驚くほど高い回復効果を秘めていた。
Tips――――――――――――――
【 ランチボックス(高級) 】
ミッドガルド内で1日に1回だけ使用可能。
食べたプレイヤーのライフを4000まで回復し、全ての状態異常を取り除く。
このアイテムは製作から48時間で消滅する。
――――――――――――――――――
「えええ~~~っ!?
ライフの完全回復って……こんなモノも作れちゃうの?」
「少々手間は掛かりますが、レベルの高いお料理には実用的な効果が付与されるようです。
消費期限が短い点にはお気を付けください。
それから、リンさまのクーラーボックスに手持ちのレア食材を入れておきました」
「ありがとう、助かるよ!」
キッチンには『レア食材求む!』と書かれたクーラーボックスが置いてある。
リンのルームにいる我がままなお姫さまが高級品しか食べないので、こうしてギルドの仲間に協力してもらっているのだ。
「(さすがにクラウディアがスカウトしただけあって、優秀だな~)」
先の『デュエル・ウォーズ』でクラウディアと戦い、その場で勧誘されたというメイドの少女。
リーダーが直々にスカウトしただけあって、彼女は多方面で優秀さを見せつけていた。
特に料理の分野はセレスティナの独壇場。他のメンバーでは持て余していたシステムキッチンの機能を、早くも使いこなし始めている。
強力なプレイヤーでもあり、相手がクラウディアだろうと自分から挑んでいく胆力の持ち主。
いつものように軽々しく決闘を持ちかけたユウが、数分と経たずにボコボコにされて帰ってきたのは数日前のことだ。
「セレスさんも★4モンスターを探しに行くの?」
「はい、まだ戦ったことがないので楽しみです。
ところで、敬称は付けなくても大丈夫ですよ。呼び捨てにしていただいても」
「いや~、年下なのは分かってるんだけど、どうしても雰囲気がね」
「俺から見ても、セレスちゃんは大人っぽくて落ち着いてるからな。
このギルドで呼び捨てにしてるのなんて、クラウディアとサクヤくらいだろ」
リンやステラにとっては後輩なのだが、どうしても『さん』を付けて呼んでしまう。
大人っぽいと言われることに慣れているのか、セレスティナは反論しないまま静かに微笑んでいた。
「じゃあ、そろそろ出発するね。お弁当ありがと!」
「はい、お気を付けて」
「リン! 分かってると思うが、くれぐれも――」
「大会前に手の内をバラさないように、でしょ?
分かってるよ。ドラゴンデッキは秘密にしておくし、初心に帰って可愛いユニットで冒険するから。
じゃ、行ってきま~す!」
そう言って出ていった妹の姿に、兄は呆れながら言葉を続ける。
「いや……くれぐれも無茶なことして問題を起こすなって言いたかったんだが」
「ちょっと心配ですよね。戦力的にはソロでも十分いけると思いますけど」
「リンさまは、何か事件を起こす方なのですか?」
「起こすっていうか、やること成すこと全部が事件になるんだよ。
セレスちゃんも、そのうち分かるようになるさ」
まだ知り合って日が浅いセレスティナは、リンが出ていったドアに目を向けながら首をかしげる。
そんな彼女もギルドの一員として騒動に巻き込まれるのは、もはや時間の問題であった。
■ ■ ■
「んん~、この雰囲気! 久しぶりだな~!」
その日、リンが向かったのはスタート地点となる平原。
まだ始めたばかりであろう新人たちが『ビギナーズローブ』を羽織って右往左往している中に、リンも『初級冒険者の服』を着てまぎれ込む。
ミッドガルドの入り口にいるのは、見るからに経験が浅い初心者だ。
「(みんな始めたばかりみたいだし、あたしのことを知ってる人は、そんなにいないのかな?
でも、このへんは人が多いから気をつけなきゃ……有名になるっていうのも大変だよね)」
今やリンは時の人、どこで誰に見られているか分かったものではない。
まだ完成していないドラゴンデッキ、その中でも秘蔵の【プリンセス・ドレイク】を連れて歩くには、いささか目立ちすぎる場所だ。
「まあ、そんなに強いユニットを出さなくても大丈夫でしょ。ここから村までのモンスターは★1とか★2だろうし。
まずは、この子を使ってみよっと! ユニット召喚!」
そうして、リンが召喚したのは久しぶりの外出となる★1ユニット。
緑色のツタと葉に覆われた幼い女の子が、太陽の光を浴びて眩しげに目を開く。
「ぷぁ……ぅ」
Cards―――――――――――――
【 アルルーナ 】
クラス:コモン★ タイプ:植物
攻撃200/防御400/敏捷20
効果:このユニットが召喚されたとき、自プレイヤーのライフを200回復させる。4000以上にはならない。
スタックバースト【絡みつくツタ】:瞬間:ターン終了まで、目標のユニット1体の攻撃力を、このユニットの防御力と同じ数値だけ下げる。
――――――――――――――――――
植物系モンスターの代表格、アルラウネの幼体が可愛らしい欠伸をしながら葉を広げる。
まだ未熟な子供らしく、花どころかつぼみすら小さく閉じているのだが、防御力は★1の中でも400と高い。
「久しぶりのお外だね~、【アルルーナ】ちゃん」
「ぷぃ」
「ライフの回復が無駄になっちゃったけど、今日はキミが主役だよ。一緒に頑張ろうね」
「ぷぅ…………ぅ…………すやぁ……」
「いや、寝ちゃダメでしょ! 冒険するから起きて起きて!」
ぽかぽかと日光を浴びて眠り始めた【アルルーナ】。
まったく緊張感がない姿に先が思いやられるが、リンは諦めずにユニットの強化を始めた。
「よ~し! これを装備しても、”おねむ”でいられるかな?
リンクカード、【エクシード・ユニオン】!」
Cards―――――――――――――
【 エクシード・ユニオン 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:このカードを装備させるとき、使用者のデッキの中から★1ユニット1枚を選択して媒体にする。
媒体となるユニットの【基礎ステータス】を強化効果として付与。これには【敏捷】も含める。
さらにタイプとユニット効果を矛盾しない限り付与し、可能であればスタックバーストも発動できる。
――――――――――――――――――
ここでリンは★1ユニットに対し、惜しげもなくレアカードを装備させた。
先日の『デュエル・ウォーズ』で【アルテミス】を使った最終兵器乱射コンボは、すでに広く知れ渡っている。
どうやら倒した相手の中に実況配信をしていたプレイヤーがいたらしく、その動画からリンのカードが完全に割り出されてしまった。
しかし、それゆえ今さら隠す必要はない。
そもそも【エクシード・ユニオン】自体に強力な効果はなく、何を媒体にするかによって大きく変わるので、これがバレたところで痛手ではなかった。
「それじゃあ、合体! 媒体にするのは――【ブリード・ワイバーン】!」
Cards―――――――――――――
【 ブリード・ワイバーン 】
クラス:コモン★ タイプ:竜
攻撃300/防御300/敏捷120
効果:自プレイヤーのターン開始時に成長し、攻撃と防御の『基礎ステータス』が2倍になる。この効果は2回まで行われる。
スタックバースト【突然変異】:永続:1回成長する。この効果は上限に含まれない。
――――――――――――――――――
選択したのは竜タイプであるワイバーンの子供。
植物系モンスターと竜種の融合という世にも珍しい組み合わせは、おとなしい【アルルーナ】に劇的な進化をもたらしたのだった。




