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第24話 セレスティナ その2

「それじゃあ、準備はいい? 投票開始!」


 この日、ギルドで初めて投票システムが使用された。

 テーブルを囲んだ【鉄血の翼】のメンバーたちは、それぞれのコンソールから投票のボタンを押して、リーダーのクラウディアが採決を行う。

 ギルドの方針や役職の選出などで使われるシステムで、誰が票を投じたのかは記録されない。


 もっとも、今回は議論の必要もないほど結果は決まりきっていた。

 民主的な集団として筋を通すための儀礼であり、あくまでも形式上の投票である。


「賛成6、反対0、全員の意見が一致したわね。

 ようこそ、セレスティナ。今日から【鉄血の翼】に所属する仲間よ」


「お招きいただき、感謝いたします。

 まだまだ未熟者ですが、何卒よろしくお願いします」


 かくして、拍手と共にセレスティナは迎え入れられた。

 ギルドの発足以来、およそ4ヶ月ぶりに加入した新メンバーである。


「今回のイベントで2位になった子か~。

 めっちゃ強そうやん、期待の新人やな!」


「新人というほどでもありません。始めたのは、およそ7ヶ月前です」


「じゃあ、わたしと同じくらいなのです!

 うっ……同じくらいなのにワールド2位……そして、後から始めたリン殿は1位」


「焦らなくたって、ソニアちゃんも十分強くなってますよ。

 いきなり撃破数を抜かされたのは本当に驚きました」


「最終的には俺たちよりも、ソニアちゃんのほうが稼いだからな……

 それにしても、クラウディアがスカウトしてきた子か~。

 相変わらず男は俺ひとりだが、戦力が増えるなら大歓迎だぜ!」


「さすがは全宇宙を我がものとせし偉大なるお姉さま。

 あの激しい戦場の中で、優秀な野良メイドを見つけて捕獲(インプリント)するとは!」


 彼女たちの笑顔を見れば、セレスティナに対する印象は聞くまでもない。

 日本ワールド2位を冠したばかりの実力者。

 信頼が厚いクラウディアの推薦ということもあり、今後の活躍に期待が高まる。


「ところで、素朴な疑問なんだけど……どうしてメイドなの?」


「リアルの話になりますが、少し歳の離れた姉がおりまして。

 その姉がメイドの資格試験に挑戦するというので、私も付きあって学んでいたところ、すっかり身に染み付いてしまったのです」


「へぇ~、メイドに資格なんてあるんだ」


「あるわよ。民間資格ならメイド検定とベビーシッター技能。

 国家資格としてはハウスクリーニングと調理師。

 人によっては保育士や教師の資格、警備業務検定を持っていることもあるわね」


「ずいぶん詳しいんだね、クラウディア」


「家に何人かいるから自然と憶えたのよ」


「いや、普通はいないって……」


 どこのお嬢様なのかは知らないが、クラウディアの感覚はやはりおかしい。

 メイド喫茶に行ったこともない中学生のリンには、生まれて初めて見る生のメイドだ。

 もっとも、それを言ったら巫女や魔女も非常に珍しいのだが。


「(見れば見るほど、きれいな人だな~)」


 セレスティナの容姿は美しいの一言に尽きる。

 落ち着き払った雰囲気に、メイドらしい清楚な(たたず)まい。

 女性としては少し高めの身長で、サクヤほど魅惑的ではないものの十分に整ったスタイル。

 この見た目で決闘(デュエル)をすれば相当映えるだろう。


 思わずじっと見つめてしまったリンは、やがて微笑んだ顔のセレスティナと視線がぶつかる。


「ご覧になりたい角度はございますか? ご要望とあればポーズも取りますが」


「ええっ!? いや~、メイドさんなんて珍しくて……

 やっぱり、あれなの? お料理とか得意だったりする?」


「目下、勉強中です。この世界に実装されたお料理のシステムには、とても興味がありますね」


「おお~、あたしたちの中にはいなかったんだよ、率先して料理をするような人!」


「せやな、システムキッチンの性能を活かしきれんかったから、ちともったいないな~て思うとったんよ。

 ステラに任せても、トカゲやコウモリで料理しそうやし」


「しませんよぉ!」


 コテージの中に談笑する声が響く。

 早くもメンバーと馴染み始めたメイドの姿に、クラウディアも満足げな顔でコンソールを開いた。

 役職を持つ者だけが扱えるギルドの管理パネル。

 そこに加わったセレスティナのプロフィールを開いた彼女は、ふと疑問を口にする。


「セレスティナ」


「はい、クラウディアさま」


「あなたのプロフィール、年齢のところが非公開になっているけれど、おおよそで構わないから教えてもらえないかしら」


「中1です」


 ――と、その瞬間に笑いあっていた室内の空気がピタリと固まり、全員の動きが止まった。


「……冗談でしょ?」


「いいえ、嘘偽(うそいつわ)りなく中学1年生です」


「マジで!? あたしたちより年下!?」


「てっきり、高校か大学生くらいだと思ってました!」


 クラスに1人か2人くらいはいる、高身長で早熟な女子。

 そこに落ち着いたメイドの(たたず)まいが加わり、年下とは思えない雰囲気を作り上げていた。

 蓋を開けてみれば、7人の中で下から2番目の年少者。

 どう見てもリンたちJC3人組より大きく育っているのだが、去年までランドセルを背負っていた児童である。


「ってことは、今回の戦場で上位になったのは……

 中学3年のアリサ、1年のセレスティナちゃん、2年のリン」


「全員JCだったんかい!

 学生のうちが言うのもアレやけど……どないなっとんねん、日本ワールド」


 ここ最近、受賞者の低年齢化が(いちじる)しいラヴィアンローズ界隈。

 【鉄血の翼】は、もはや存在自体がジュニアムーブメントの象徴だが、必ずしもここに限った話ではない。



 ■ ■ ■



 時を同じくして、150名のメンバーを抱える【エルダーズ】。

 ミッドガルドの一角で集会を開いていた彼らの様子は、まさに軍隊さながらであった。

 真っ黒なコスチュームに身を包んだ団員たちがずらりと並び、その向かい側に演説台が置かれている。


 その台に立ってスピーチしているのは、この大軍団でナンバー2を務めるVR世界のサムライ。

 リンとも対戦したことがあるホクシンが、メンバーたちをねぎらっていた。


「皆の者、大義である。此度(こたび)武芸大会(イベント)への参加、ご苦労であった。

 成果を出せた者はそれに慢心せず、より良い成果を。

 そうではなかった者も、苛立(いらだ)ちや焦りに(とら)われることなく鍛錬に励むべし。

 決闘(デュエル)は一瞬、技術は一生であると心得よ」


「「「「「はっ!」」」」」


「では、此度(こたび)武芸大会(イベント)で見事に3位を獲得した、我らが首領の話を聞くがよい」


「「「「アリサ! アリサ! アリサ!」」」」


 そうしてホクシンが壇上を降り、入れ替わるように首領が登壇すると、団員たちは皆で熱烈なコールを送る。

 相変わらず、ぶかぶかのパーカーを羽織った若年層の実力者アリサ。

 絶大な支持を得る【エルダーズ】の首領は、しばらく歓声を受けた後でスッと片手を上げた。


「ありがとう、みんなありがとう、静粛に。

 少し事故が起こってしまったけれど、今回は上位に名を残すことができた。

 協力してくれたメンバーたち、そして、共に喜びを分かちあう今このときに感謝する」


 ここで大きな歓声と拍手。アリサが再び片手を上げるまで、【エルダーズ】は熱に浮かされたように(たか)ぶる。


「ありがとう、ありがとう。

 しかし、ひとつ残念なことを語らなければならない。

 ボクは先日、とても楽しみにしていたハリウッド映画を見た。日本語吹き替え版を選んだんだけど――

 それが大きな間違いだった! みんなも経験したことがあるだろう?

 ずっと画面に映り続ける重要な登場人物に、声優ではない芸能人が声をあててしまうアレだっ!」


 その一言で、(たか)ぶりは一気にどよめきへと変わる。

 急にスケールの小さい話になったが、なんとなく自身にも憶えのあるアレ。

 演説台の上に立ったアリサは、そのままスピーチでまくし立てた。


「話題作りのためとはいえ、明らかにその人物だけセリフが棒読み!

 しかも、他の吹き替えにはベテランの声優がそろってるせいで、余計に異物感が目立ちまくる!

 なぜだ? なぜ、作品の質が落ちると分かっているのに、そんなことをする?

 これは日本映画界が抱えた病巣であり、我々の世代が担うことになる負の遺産だ!

 今から変えようとしたところで日本の縦社会では時間がかかり、その間に何本もの映画が悪辣(あくらつ)な吹き替えで汚染される!

 それがリアルの世界だ! 融通の利かない大人が、我々子供の世代にまで押し付けようとしている社会の闇!

 なにゆえ、ボクたちはそんなものを背負わなければいけないのか!」


 【エルダーズ】名物、アリサの大演説。

 言っていることは、まったくもって中学生の主張なのだが、どうにもならない現実世界と大人の汚さには共感できる部分もある。

 メンバーたちは再び熱に浮かされ、この大演説に賛同していった。


「団員ナンバー84、ミドリ!」


「はっ!」


「あなたは声優志望だったね。真面目に努力をしているのに、まだデビューができていない」


「そうです……まだ仕事をもらえていません」


「だから日本はダメなんだ! こうして声優の道を目指している若者には何も与えず、才能ではなく知名度だけで役者を選んで作品を汚す!

 団員ナンバー84、ミドリ! 今の話を聞いて、どう思う?」


「くやしいです……」


「もっと大きな声で!」


「くやしいです!!」


「そうだ! くやしいと思うべき、不満をぶつけるべきなんだよ我々は!

 アンチと呼ぶなら呼ぶがいい! 少なくともボクは、この腐った社会を手放しで褒めたりはしない!

 今の話は映画に限ったことじゃないんだ!

 その道を目指す若者に何も与えず、知名度やコネだけで役を与えてしまう日本の社会!

 しっかりと努力している者や才能のある者が、まともな職につけないままアルバイトで生きている世の中を、なぜおかしいと思わない!?」


「おかしい!」

「俺もおかしいと思います!」

「俺も!」

「私もです!」


「ならば、ここに作ろう!

 リアルでは決して社会に屈しないレジスタンスであり続け、このVRの世界に理想郷を作ろうじゃないか!

 この地球をどれだけ大人が汚そうとも、我々の希望と未来は電子の世界にある!

 【エルダーズ】に(つど)った者たちよ、革命の意思を胸に刻み続けるのだ!」


「「「「「うおおおおおーーーーーっ!!」」」」」


 最後に握った拳を突き上げ、大歓声を浴びながらアリサの演説は幕を閉じた。

 民衆の共感を得るような話題で引き付け、壮大な理想や革命運動へと話をつなげていく。

 まさに歴代の政治家や独裁者が行ってきた演説の手法であり、アリサは中学生にしてそれを体得していた。


「「「「アリサ! アリサ! アリサ!」」」」


 【鉄血の翼】に新しいメンバーが入った一方、着実に勢力を増していく【エルダーズ】。

 今や日本ワールドのトップを競うほどになった両者は、共にラヴィアンローズの界隈を揺るがす因子へと成長していくのだった。

以上で8章完結となります。

いつもと同じセリフになってしまいますが、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!

手直しと休養の期間を挟みつつ、次回はリンのチュートリアル冒険編を書く予定です。

詳しくは活動報告を御覧ください。


なお、声優ではない芸能人にも意外と吹き替えが上手い人がいるとだけ、ここで補足しておきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日更新ありがとうございました!とても面白かったです。 [一言] ドラゴン娘ちゃん活躍待ってます
[一言] エルダーズ、なんか変な方向に行ってない?
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