第23話 セレスティナ その1
「クラウディアが来るみたいなので、しばらく中で待っててもらえます?」
「かしこまりました。失礼します」
丁寧にお辞儀をしながらコテージの中へと通されたセレスティナ。
まだ家具は少ないが、ミーティングに使う大きなテーブルや椅子、休憩用のソファーなどが並ぶ【鉄血の翼】の拠点。
そこで彼女の目を引いたのは、立派なシステムキッチンであった。
「これは……素敵なキッチンですね!」
「そうでしょ~、先輩が買ってくれたんですよ。
あたしもけっこう稼いだし、このギルドのために何かしたいんですけどね。
あ、紅茶でいいですか?」
「はい、ありがとうございます。敬語は使わなくてもよろしいですよ。
私はこのとおり、メイドなので使わせていただきますが」
「はあ……メイドさんがそのへんを歩いてるっていうのも、慣れません……いや、慣れないなぁ~。
あたしはまだ、このゲームを始めて半年も経ってないし」
「存じております。彗星のごとく現れた新人、ラヴィアンローズの未来を担う若手の筆頭。
そして、運命に導かれた【マスター】。かの高名なリンさまと直接お会いできて、とても光栄です」
「い、いや、そんなぁ~……褒めても紅茶しか出ないよ?
適当にそこのテーブルにでも座って……あわわわわ、全然片付けてなかった!」
「これは……なるほど、例のリンクカード交換ですね」
先ほどまで使っていたテーブルの上には、今もリンクカードの情報などが並んだウィンドウが浮かびっぱなし。
セレスティナはすぐに見抜いたようで、慌てて片付けなくても済むようにソファーのほうへ移動してくれた。
「ラヴィアンローズの界隈は今、特定のカードを手に入れる手段が実装されたことで話題が沸騰しています。
特にリンさまがどのようなカードを交換するのか、様々な予想が飛び交っていますよ」
「あはは……そういう評判は、あんまり見ないようしてるんだよね。
特にあたしに関することは情報とか記事が多すぎて。
見てのとおり、何と交換すればいいのか迷いまくってる状態だし」
苦笑しながら言うリンだが、実のところネットなどの評判は好評なものが多かった。
むしろ、今後どれほどのプレイヤーに育っていくのか、密かなファンに見守られていたりもする。
「どれにしようか迷いに迷って、頭の中がゴチャゴチャで。
リンクカードって、どんなデッキで、どのユニットに付けて、誰と戦うかによって価値が変わっちゃうでしょ?」
「分かります。デッキや戦況によって、何が最適解なのかは変わりますね。
だからこそ運営はユニットではなく、リンクカードの交換を解禁したのでしょう」
「ちなみに、あくまでも参考として聞きたいんだけど……最強のリンクカードって何?」
「最強ですか……汎用性の高さやプレイヤーからの評価、トレードでの価値などを含めますと。
やはり、最も人気が高いのは【ケラウノス】ではないかと」
「けらうのす? え~と、どれどれ……けら……うのす」
セレスティナに温かい紅茶を出し、接客もそこそこにカードの検索を始めるリン。
ギリシャ神話の最高神ゼウスが使用する雷の武器。
すぐにデータが見つかり、文章を読んだリンの表情を驚愕で染めていった。
Cards―――――――――――――
【 全能の雷『ケラウノス』 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:このカードを装備したユニットに攻撃+1500、1ターンに2回攻撃できる。
他の効果で攻撃回数が増えることはない。
――――――――――――――――――
「つっっっっっっよ!!」
強い。たしかに強い。
攻撃力が1500上がるだけでもトップクラスの性能なのに、永続的な2回攻撃まで付与。
どんなユニットとも相性が良く、序盤から終盤まで有利な立ち回りを提供してくれるだろう。
これこそが最強の1枚だと納得できてしまうほどのレアカードだ。
「はぁ~、たしかにすごいけど……これ……これと交換かぁ~、う~~~ん」
「とても真面目に悩んでおられますね。お邪魔ではないでしょうか?」
「ああ、いやいや、大丈夫。
せっかくだから聞いてみるけど、セレスティナさんだったら何と交換する?」
「私ですか? そうですね……今、トレードで探しているのは【ダインスレイヴ】です」
「だいん……すれい……最後は”う”に点々かな?」
Cards―――――――――――――
【 鮮血の魔剣『ダインスレイヴ』 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:自プレイヤーのターンに1回のみ発動可能。
このカードを装備したユニットと同時に、相手プレイヤーが所有するユニット1体を選んで破棄する。
このカードがフィールドから除去された場合は通常の破棄を行わず、所有者のデッキに戻してシャッフルする。
――――――――――――――――――
ファンタジー世界の名工として知られているドワーフ、そんな彼らが作り出した魔剣。
鞘から抜いたが最後、誰かを斬り殺さなければいけない呪いがかけられており、最終的には必ず持ち主を破滅させてしまう恐ろしい武器。
どんな相手でも破棄する代わりに、装備したユニットも無事では済まない。
元々は魔竜ファーヴニルの持ち物であり、ドラゴンが守る財宝の山に埋もれていたという伝承も、デッキに戻る効果でユニークに再現されている。
「え……えええ~~~っ? 強いけど、デメリットもヤバくない?」
「私のデッキなら問題ありません。
もっとも、このカードであればトレードに出る可能性も高いので、汎用性のあるものを選びそうです。
それこそ先ほどの【ケラウノス】や、あるいは【草薙の剣】……」
「ああ~、ちょっと待って! くさなぎの……けん……ふむふむ」
セレスティナの口から出たリンクカードの名前を、片っ端から検索して調べるリン。
結果的に交換するものは決まらなかったが、時間潰しには十分だった。
そうして過ごしているうちにクラウディアがコテージに戻ってきて、他の仲間へ収集をかけつつ接客に応じる。
「待たせたわね。まさか、自分のほうから来るとは思わなかったわ」
「わざわざご足労、ありがとうございます。
先日は失礼しました。私なりに自分で考える時間が欲しかったもので」
「まあ、いいわよ……私にとっても、良い経験になったわ」
言いながら腕を組むクラウディアは、いつになく苦い表情をしている。
このメイドに一杯食わされたことは腹立たしくもあり、自分の未熟さを知るきっかけでもあった。
夜の森で交わした会話を思い出した彼女は、ハッキリと相手に分かるように”あのときと同じ言葉”で質問する。
「それで――わざわざ挨拶に来たわけじゃないでしょう?」
「はい、賭けは成立しませんでしたが、私自分の意志で決めました。
あいにく、クラウディアさまの所有物になることはできません。ですが――」
「えっ、ちょっと待って! 所有物って、どういうこと?」
すぐ近くにいたリンは、聞き捨てならない言葉に首をかしげる。
珍しく慌て気味なクラウディアの顔は、一緒に入浴したときと同じくらい赤くなっていった。
「ギ、ギルドに誘っただけよ! 誤解のある言いかたをしないで欲しいわね!」
「でも、たしかにおっしゃいましたよ。
『私が勝ったらあなたをいただく』とか『あなたが欲しい』とか、それはもう熱烈に」
「クラウディア!!??」
「そんなこと言って……言……言ったけど、誤解よ! そういうことを言いたい夜だったの!」
「夜のせいなの!?」
意外と正直者で言い訳が下手なクラウディアと、なぜかツッコミを担当しているリン。
そんな漫才を見ながらクスクスと笑うメイドは、間違いなく精神面での駆け引きに長けている。
「とにかく、そのように熱烈なお誘いを受けましたので。
私もこのギルドに加えていただきたいと決意し、馳せ参じた次第でございます」
「まあ……ウチのメンバーには招集をかけたから、全員の意見を聞くことにするわ。
反対意見がなければ通ると思うけれど」
「はーい、あたしは賛成!
まだちょっとしか話してないけど、セレスティナさん、いい人だと思うし」
「今のやりとりで、どこから『いい人』なんて言葉が出てくるのかしら……」
再び腕を組みながらクラウディアは思った。もしかしたら、天敵のような相手に声をかけてしまったのではないかと。
各自のユニットも、九尾の狐や実験生物に続いてヴァンパイア。まさに百鬼夜行の様相を呈しつつある。
やがて、収集に応じたメンバーたちがコテージに集結。
セレスティナのメンバー入りを決めるため、突発ミーティングが始まったのだった。




