第22話 驚きの白さ
「ってことで、特に問題はナシ。
兄貴はVRの世界でカードゲームしてるだけだったよ」
「そう……それならいいんだけど」
兄の様子を見てくるという任務を終えた真宮涼美は、自宅で母に報告していた。
後ほど達成報酬が支払われることになり、これにて一連のミッションは完了。
なお、兄がメタルバンドの人みたいな姿で、中二病全開のポーズやセリフを決めていたことは黙っておいた。
涼美自身も高級コスチュームをポイントで買い、女神やワイバーンを暴れさせていたのだから、あまり人のことは言えない。
「そういえば、兄貴から連絡があったよ。
今日は帰りが遅くなるって」
「え? あの子がスズちゃんに連絡したの?」
「うん、一緒にゲームする約束してたんだけど、今日は学校の用事が長引くみたいで」
「へぇ~、また一緒に遊ぶようになったのね!
もう、そういうことはしない歳になったんじゃないかと思ってたけど」
曇り空が晴れたかのように、母はうれしそうな表情を見せる。
以前は学校からの帰りが遅くなることなんて、連絡しない2人だったのだ。
親としては兄妹の仲を気にかけていたのだが、ゲームという共通の接点ができたことで変化があったらしい。
「そんなわけで、あたしもVRを始めたよ。
たまに部屋から出てこないかもしれないけど、心配しなくていいからね。
アレと違って私はリアルも大事にするし」
「お兄ちゃんをアレなんて呼ぶんじゃありません!
まったくもう……そういうところが心配なのに」
様子を見に行った涼美までVRにハマッてしまったのだが、実際、母はそこまで心配していなかった。
兄妹が何の接点もないまま、顔を合わせるたびに憎まれ口を叩いているほうが、親としてはよほど心配なのだ。
この機会に家族としての交流が戻ってくれればと、母はしばらく静観することにした。
■ ■ ■
「えっと、これで設定できた……のかな?」
その後、ラヴィアンローズにログインした涼美は、コンソールを操作しながら1人つぶやいていた。
カードバトルを経験し、この世界でのデビューを果たした新生活。
現在の目標は、お気に入りのユニットである【ブリード・ワイバーン】を飼うことだ。
そのために必要なものは3つ。
第1に召喚用のカードだが、これはすでに十分な枚数がある。
2つ目はユニットをペット化するアイテム。
兄たちの話によれば、『ミッドガルド』という場所でモンスターを倒して手に入れるらしい。
リンはすぐにでも行くつもりだったが、ステラとの激戦で疲れてしまったり、今日は兄が遅れたりと、なかなか上手く進まない。
そこで着手したのが3つ目。
ペットを置くための場所が必要らしいので、リンは自分のルームを新設したのだ。
「ステラのルームなんて、森の中ですごかったもんね。
あたしはどんなお部屋にしようかな。
それじゃあ、いざマイルームへ出発~!」
たった今、作成したばかりの自室へ移動するリン。
ルームは個々の独立した空間なため、テレポート以外で行くことはできない。
VRでの瞬間移動に慣れてきたリンは、ワクワクしながら自分のルームに入った。
が、しかし――
「え……?」
彼女が立っていたのは、水色に塗られた無の世界。
どうやら壁や床はあるようだが水色、360度どこを見ても水色。
何もかもが同じ色な上に光源も影もない。
「なにこれ、初期状態?
窓もないのに不自然なくらい明るいし!」
まったく家具が置かれていないため、カーペットや壁紙どころかドアや窓すらない。
常識的に考えれば、こんな建築はありえないだろう。
自室を作るタイプのゲームでは割とよく見る初期状態なのだが、そこにVRで入ってみると、あまりにも無の世界すぎて怖い。
「そっか、ここから自分の好きなように作れるんだ。
ステラも、この状態から始めたのかな……?
とりあえず何か家具が欲しいんだけど」
ふとコンソールをチェックしてみると、『マイルームの開設』というミッションの達成報告があった。
その報酬で、いくつかの家具をもらえるようだ。
Notice――――――――――――
【 報酬が配布されました! 】
・★★ アイボリーの壁紙
・★★ フローリングの床
・★ 青空の窓
・★ 普通のベッド
・★ 木の椅子
――――――――――――――――――
「おお~、これこれ、こういうの!
さっそく配置してみよっと」
報酬を受け取ったリンは、意気揚々と家具を設置し始める。
そして、数分後――
「………………」
出来上がったのは5畳くらいの部屋。
無の空間は改善され、淡い白系の壁紙とフローリングの床によって、室内であることは強調された。
しかし、そこには小さな窓が1つだけ。
家具もベッドと椅子だけがポツンと置かれ、なんとなく椅子に座ってみたリンは違和感に苛まれる。
「何か悪いことをして入れられた部屋みたいだよね、これ……」
違う、こうじゃない。
部屋というのは、もっと居住に適した空間のはずだ。
2年以上もプレイしてきたステラのルームを見てしまっただけに、期待していたものと現実のギャップが大きすぎる。
しかも、この窓は青空が見えるだけで開かない。
他のゲームならBGMでも流れているところだが、静まり返って物音ひとつしないのだ。
お寺のような精神修行や、ひたすら1人になりたいときには良いかもしれないが、少なくとも今のリンが求めているものではなかった。
「どうして……どうしてこうなった!?
……あれ? 誰かから通話が来てる」
孤独な空間で隔離された彼女の耳に、コンソールから通知音が届く。
それはフレンド登録した友人からの着信で、電話のように使うことができるコミュニケーションツールの呼び出し音。
すぐさま通話をつなげると、『CALLING:ステラ』とパネルに表示された。
「こんにちは、リン。
さっきログインしたんですけど――」
「ステラ! 助けてステラァアアア!!
この部屋、何もなさすぎて独房みたいなの!」
リンが迷うことなく助けを呼んだのは、もはや言うまでもない。




