第18話 選ばれし者たち その4
進んだ科学は魔法のように見える――と、誰かが言った。
このラヴィアンローズ自体、世界ひとつを作り上げてしまうという神話レベルの幻想だ。
VRであるがゆえに、誰もが魔法じみた効果のカードを扱える。
ならば、あたかもユニットが立っているかのように見せるプロジェクト。そんな効果のカードがあったとしても不思議ではない。
Cards―――――――――――――
【 ユニットミラージュ 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:ユニット召喚の代わりに発動させることが可能。使用者の手札にあるユニットカード1枚の疑似体を作り出す。
疑似体はバトルを行えず、カードを装備させることもできない。
使用者は任意のタイミングで擬似体を解除し、本来のユニットと入れ替えることができる。
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プレイヤーが宣言する『ユニット召喚』や『プロジェクトカード発動』という言葉。
実は宣言する必要もなく、まったく違う虚偽の発言をしても構わない。
ただし、コンソールやTipsに情報が表示されてしまうので、ウソをついたところで即座にバレる。
その虚偽を成立させてしまうのが、【ユニットミラージュ】というカードだ。
本当に召喚されたかのようにユニットの疑似体が現れ、ステータスなども正確に表示される。
バトルなどの殴りあいには一切使えないのだが、そこにユニットがいると誤認させるだけでも、戦略的には大きく幅が広がるだろう。
実際にクラウディアはトリックを成功させ、相手のプロジェクトカードを誘発させた。
「あなたのミスは2つ。
ひとつは、あまりにも自分の内情を語りすぎてしまったこと。
今回がイベント初参加で、二つ名も称号も持っていない。
そこまで言ってもらえたら、あなたが経験の浅いプレイヤーであるかどうかは聞く必要もないわ」
そう語る彼女の背後で”張りぼて”が完全に消え、本物の【ダイダロス】と入れ替わる。
まんまと引っかかってしまったセレスティナに対し、さらに容赦のない追撃が続く。
「次に2つ目、プロジェクトである【ユニットミラージュ】に実体はない。
だから、アンデッド化なんてされないし、浄化も受け付けない。
そして――私自身が使った【多層防御戦術】の影響すら受けていなかったのよ」
「ということは……すでに前兆があった!?」
「もしも、そのことに気付けていたら、使うのをやめていたかもしれないわね」
あらゆるユニットの防御力を高める【多層防御戦術】。
今は本物の【ダイダロス】なので適応されているが、疑似体のステータスは変化していなかった。
アンデッドの付与も同じことだが、相手がしっかりとカードの影響を受けているのか確認するのは、決闘の基本といえる。
「あなたは、そんなリスクを犯してまで……私を試したのですか!」
「勘違いしないで、未熟なことをバカにしたいわけじゃないの。
むしろ、さっきの不意打ちは見事だったわ。
いきなり攻撃を仕掛けてくるような相手だからこそ、いつ入れ替えてもいいように備えたのよ。
それじゃあ、次は――【愚かなる突撃命令】」
ここでクラウディアは温存していたカードを発動させ、絶対的な突撃命令を下す。
周囲にいるユニットは全て攻撃宣言を強制されるのだが、この場には2人しかいない。
「ありがとう、周りをきれいに浄化してくれて。
このカードを使うと余計なユニットまで来てしまうけど、今の標的はあなただけ。
試されていると思うなら、超えてみせなさい。この『鋼のクラウディア』を!」
「…………っ!」
いつでもかかってこいとばかりに、腕組みしながら待ち構えるクラウディア。
【ヴラド・ドラクル】の攻撃力は2700もあるため、浄化しきれなかった相手を叩き潰すことも可能だ。
いや、可能だった。
現在、【ダイダロス】の防御力は3900。
このまま攻撃しても反射ダメージでライフを削られるし、クラウディアなら一撃で終わらせてくる可能性も高い。
セレスティナが攻撃よりも先に浄化しようとしたのは、そのほうが遥かに安全だからだ。
「クラウディアさま、『禍巫女』サクヤさま、『生還王』オルブライトさま。
少なくとも、この方々には正面から挑んではいけないものと心得ております」
「その面々に並べてもらえるのは光栄だわ。
でも、戦わなければ勝つこともできないわよ」
「たしかに、おっしゃるとおりです。
ですが――」
そこで言葉を区切って、メイドは恭しく一礼した。
不利な状況になったところで、簡単に屈するような相手ではないとクラウディアも踏んでいる。
だからこそ、欲しいのだ。
しかし、セレスティナが取った行動は勝利のための一手でも、不利の中で挑む抗戦でもなかった。
「このイベントでは、負けなければ良いだけです。
私のパートナーはヴァンパイア、この逢瀬も一夜の夢となりましょう。
【エスケープ・スモッグ】!」
「な……っ!?」
Cards―――――――――――――
【 エスケープ・スモッグ 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:通常の決闘では使用できない。
このカードを使用したプレイヤーは戦闘から離脱することができる。
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カードが発動した直後、メイドとヴァンパイアの主従は白い煙に包まれ、跡形もなく消え去ってしまった。
本来はミッドガルドでしか意味をなさない、緊急離脱用のカード。
しかし、このイベントではプレイヤー同士の戦闘から逃げる際にも使用できる。
月光が射し込む森の中、まさに一夜の夢でも見ていたかのごとく、自信満々で待ち構えるクラウディアだけが取り残された。
しばらく唖然としていた彼女だが、やがて肩を震わせながら笑い始める。
「ふ……ふふふ……あはははははっ!
そう、なるほど、なるほど。良く理解しているわね。
やられたわ、完全に……やられたっ!」
もしも、『鋼』の二つ名を持つような防御特化の相手が、要塞のごとく立ちはだかっていたら、戦場ではどうするべきなのか。
答えは簡単。そんなものは無視して、ポイントを稼ぐために生き延びれば良い。
言いかたは悪いが、『マスター』同士の高貴な戦いに思いを馳せていたクラウディアが、特別な決闘に酔いしれていただけなのだ。
まさか、放棄して逃げ出すとは思わなかった。
その結果、張りぼてトリックのお返しとばかりに出し抜かれ、あっけなく獲物を逃がしてしまう。
「あのメイド! あの女豹めっ!
ここまでコケにされたのは、前の大会以来だけど……いいわよ、認めてあげるわ。今回はあなたの勝ち。
本当に……心の底から悔しいわね」
決闘で勝って、勝負に負けた。
クラウディア自身も、まだまだ未熟なのだと思い知らされる。
このラヴィアンローズの世界には単純なカードの駆け引き以上に、多種多様な戦略が存在しているのだ。




