第16話 選ばれし者たち その2
メイドの召喚演出は、予想以上に洗練されたものだった。
姿勢を正してまっすぐに立つセレスティナは、両手を胸の前で合わせてから三角形を作るように開く。
その手の間で1枚のカードが浮かびながら回転し、まばゆい光を発して消滅。
そして――夜空から月が降りてきた。
明らかに異様な大きさで輝く満月は、【アルテミス】を召喚したときの演出に近い。
しかし、美しい月から女神が降りてくることはなく、鮮血を浴びたかのような紅いブラッドムーンへと変わっていく。
「な……なんだ!?」
「誰かのプロジェクトか?」
「いや、こんな広範囲には影響しないはずだぞ」
この森林エリアに配置されている全員がそれを目撃した。
世界が真っ赤に染められ、冷たい夜の空気をかき乱す烈風。
エプロンドレスをはためかせるセレスティナの頭上には、空を埋め尽くさんばかりに飛び交うコウモリの大群が飛んでいた。
それらは一箇所に集合して人型を形成し、翼を広げた男性の姿になって降りてくる。
一部の高位ユニットだけが可能な、人間の言葉を口にしながら。
「命ある者よ――足掻き、這いずり、血を流せ」
Cards―――――――――――――
【 不死王ヴラド・ドラクル 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:アンデッド
攻撃2700/防御2500/敏捷80
効果:このユニットはバトル以外のダメージやカードの効果で破棄されない。
スタックバースト【血染めの串刺し公】:瞬間:フィールドに存在するユニット全てを破棄する。
――――――――――――――――――
もはや、説明不要なほど知れ渡っている人物。
彼こそが吸血鬼という存在を知らしめた立役者。
間違いなく地球上で最も有名なヴァンパイア、ドラキュラ伯爵その人である。
ドラキュラといえば古風な中年紳士の姿で描かれることも多いが、2036年の電脳世界では彼も現代的なデザインだ。
真っ黒な将校服にロングコートを重ね、顔立ちは完璧としかいえないほど美形。
クールかつミステリアスな青年で、唯一、背中から生えたコウモリの翼が人間ではないことを示している。
「アンデッドタイプの……★4スーパーレア!?」
その魅惑的な姿以上に、クラウディアを驚かせたのはタイプであった。
ギルドの面々と語りあったばかりなのだが、★4のほとんどは神や竜といったBIG3が占めている。
しかも、アンデッドは3周年のアップデートで追加されたタイプ。
つまりは、ここ2年ほどで新規実装された★4のカードと思われる。
もっとも、【ヴラド・ドラクル】がスーパーレアであること自体に違和感はない。
アンデッドの中でも極めて高名で、数多くの作品に登場しているドラキュラ伯爵。そんな彼を差し置いて、同じ座につける者はいないだろう。
「初めて見るユニットだわ……そう、それがあなたの」
「はい、私に与えられたパートナーです」
俳優のように整った容姿のヴァンパイアと、それを使役する可憐なメイド。
再び銀色に戻っていく月を背景に、彼女たちは夜風に吹かれながら立っていた。
その美麗な光景を前に、クラウディアは喜びを噛みしめる。
また出会えたのだ。至高のプレイヤー、この世界に選ばれし『マスター』と。
「美しい……とても素敵なペアね。
たしかに強力なユニットだけど、私に挑むのは少し不利かもしれないわよ」
「そうですね。このままでは厳しいところです」
【ヴラド・ドラクル】が持つ効果は、唯一無二ともいえる圧倒的な生命力。
不死王の名のごとく、彼が誇るのはユニット破棄効果への完全耐性である。
リンが全力で【全世界終末戦争】を放とうと、アリサが最高の状態で【ニーズヘッグ】と黒炎を配置しようと、このヴァンパイアは平然と立っていられるのだ。
本人も順調だと言っていたが、乱戦の中を生き延びるようなイベントでは、たしかに有利なユニットだろう。
しかし、『鋼のクラウディア』に対して勝負を挑むのは分が悪い。
「【グラド・ドラクル】は不死身の存在ですが、【ダイダロス】を貫くことはできません。
でも、こういう手段があります――プロジェクトカード発動、【増殖するゾンビ・ウイルス】!」
Cards―――――――――――――
【 増殖するゾンビ・ウイルス 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:永続効果。自プレイヤーが【タイプ:アンデッド】のユニットを所有している場合のみ発動。
フィールドに存在する全てのユニットに【タイプ:アンデッド】を付与する。
――――――――――――――――――
「アンデッドの……付与?」
ゾンビに噛みつかれた者が感染し、次々と増殖していくホラー映画のごとく。
ヴァンパイアが撒き散らしたウイルスによって、機械ユニットである【ダイダロス】までアンデッド化されてしまった。
そのカード自体は珍しくなく、アンデッドタイプ限定の強化効果などを、他のタイプにも適応させる手段になりうる。
しかし、彼女の場合は使用方法がまったく違っていた。
「それでは、失礼します。
私にパートナーができるまで、この1枚は使いどころが限られたレアカードでした。
ですが……今を思えば、最初からこうなるように運命がつながっていたのです」
そして、セレスティナはすさまじい効果のカードを発動させる。
彼女が言うように、それは使用する場面が限られた1枚。
「プロジェクトカード! 【最上位神域鎮魂歌】!」
Cards―――――――――――――
【 最上位神域鎮魂歌 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:プレイヤーが所有するユニットに対してのみ有効。
フィールド上にいる【タイプ:悪魔】および【タイプ:アンデッド】のユニット全てを破棄する。
――――――――――――――――――
「な……っ!?」
ラヴィアンローズに存在するカードの中でも、非常に強力な効果を放つ★3プロジェクト。
何のデメリットもなく、フィールドにいるユニット全てを問答無用で一掃してしまう。
ただし、かなり限定されたタイプにしか効かないので、きれいに決まるような場面はほとんどない。
――が、今の状況はどうだろうか。
フィールドにいるユニットは全て【ゾンビ・ウイルス】に感染している状態。
視界が悪い森の中、効果範囲内にいたであろう不運なプレイヤーが次々と悲鳴を上げていく。
「うわあああ、俺のユニットが!」
「きゃあーーーっ! ウソでしょ……な、なんで!?」
強制的にアンデッドタイプを付与し、聖なるプロジェクトで浄化してしまう一撃必殺。
しかも、事の元凶である【ヴラド・ドラクル】は破棄への完全耐性を持つため、このユニットだけは生き残るという極悪コンボだ。
無理やり浄化されるのは、【ダイダロス】とて例外ではない。
「くっ……カウンターカード、【ワールウィンド】!」
Cards―――――――――――――
【 ワールウィンド 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのユニット1体を手札に戻し、行われていたバトルを強制終了させる。
その後、使用者は手札に戻したユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを受ける。
リンクカードや他のユニットなどが付随していた場合、それらも全て手札に戻すことができる。
――――――――――――――――――
セレスティナも大概だが、クラウディアが取った回避行動も非常に大胆。
本来は★1などの弱いカードを回収するためのカウンターを、あろうことか★4に向かって使用する。
樹木から大量の葉を巻き上げながら吹き荒れる旋風は、40tほどもある機動要塞すら宙に浮かせてしまった。
「ダ……【ダイダロス】が……飛んだ!?」
「カウンターカード、【強化ガラスの防壁】!」
他の★4ユニットに【ワールウィンド】を使おうものなら、使用者に降りかかるダメージは致命的だ。
しかし、【ダイダロス】の攻撃力はたったの800。
さらに防壁を張ることで、クラウディアは反動のダメージですら消してしまう。
判断する猶予は一瞬しかなかったというのに、完璧な回避行動。
これにはセレスティナも両手を合わせて感嘆するしかなかった。
「素晴らしい……お見事です!」
「今のカードは、仲間が使っているのを見てデッキに取り入れたのよ。
それにしても、あなたのほうこそ珍しい――【ピースフル・フィールド】!」
Cards―――――――――――――
【 ピースフル・フィールド 】
クラス:レア★★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのフィールドにユニットがいない場合のみ使用可。
ターン終了まで、使用者が受ける全てのダメージを無効化する。
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間一髪でカウンターの発動が間に合った。
クラウディアの首を刎ね飛ばさんとばかりに、眼前に迫っていた【ヴラド・ドラクル】の手刀。
メイド服を着込んだセレスティナは、暗殺者のごとく鋭い双眸で獲物を捉えている。
【ダイダロス】がいなくなったと見るや、間髪を入れずに襲いかかってきたのだ。
「あなたねえ……貴重なレアカードを切っちゃったじゃない」
「奇襲も通用しませんか……さすがに格が違いますね」
「当然でしょ、私を誰だと思っているの」
まるで幻影のように、クラウディアを襲っていた【ヴラド・ドラクル】は主の背後へと瞬時に移動する。
先ほどは『礼儀を弁えすぎている』などと批判したが、とんでもない食わせものだ。
このメイドは間違いなく、イベントの趣旨と”狩りかた”を理解している。
「ふ、ふふふ……気に入ったわ、新しい『マスター』。
あなた、所属は?」
「いいえ、どこにも」
「そう……これから60秒後に【ピースフル・フィールド】が解除されて、攻撃が可能になる。
そのときに1ダメージでも私に与えることができれば、潔く負けてあげるわ。ポイントの足しにでもしなさい。
でも、私のほうが勝った場合は――」
どのギルドにも手垢がついていない、生まれたての『マスター』。
ユニットの特性を理解して扱うセンスに、最大限の破壊力を生み出すカードの使用法、会話中の不意打ちですら躊躇わない度胸。
そんな逸材を放置しておくほど、【鉄血の翼】を率いるリーダーは無能ではない。
【ダイダロス】の機械的な明かりが消え、月だけが森林エリアを照らす中、クラウディアは確たる言葉で告げた。
「あなた自身をいただくわよ、セレスティナ」




