第14話 ヴァーミリオン
ブシューーーーッと、重厚な装甲の間から白い蒸気が吐き出される。
プレイヤーたちで埋め尽くされた、超満員のスタジアム。
白熱した試合が続く中、建物の中央に置かれた舞台には頑強な金属製のゴーレムが立っていた。
両肩に伸びた煙突から白い煙が上がり、ぶ厚い装甲の隙間で蒸気が噴き出ている。
まるでロボットのような機械のゴーレムを使役するのは、かつてリンを驚かせた巨漢の大男。
「……ターン終了だ」
「ギアンサル選手、初手は【スチームパンク・ゴーレム】を置いてターンエンド!」
「1ターン目に置くユニットとしては、実に手堅いのだ」
「見るからに固そうですよね」
舞台の上でマイクを持ち、イベントの進行役兼審判として活躍するウェンズデー。
実況席にいるAIキャラクターたちは、日本ワールドのマスコットであるコンタローと、ゲストとして招かれたバーチャルアイドルの兎美シンシア。
「カイン選手にクラウディア選手と、有名な選手が次々と新人に倒されていますが、この試合は熟練者同士の戦いですね」
「どちらも実力のあるプレイヤーなだけに、ターンごとの行動や1枚のカードが重要になってくるのだ」
「お2人とも、頑張ってくださ~い!」
そうしてターンが切り替わり、巨漢のギアンサルから対戦相手へと行動順が移る。
特徴的な赤い髪の女性――フレアは大舞台に立ち、堂々とした振る舞いでデッキからカードを引いた。
「アタシのターン、ドロー!
なるほど、ゴーレム使いってわけか。使い手もカードもゴツいねえ。
ところで、暑いのは平気なほうかい?」
「………………」
「反応なしか、ノリの悪いヤツだ。
まあ、いい――プロジェクトカード発動! 【焦熱のエルグ】!」
フレアのカード発動演出は、非常に特殊なものだった。
彼女が持つ信号拳銃にカードをスライドさせると、データを読み込んだ銃のパーツが赤く発光する。
それを天空に向かって撃った直後、放たれた照明弾が弾けて拡散。
ド派手な花火を中心に空間が塗り替えられ、スタジアムの舞台が砂の海と化していく。
Cards―――――――――――――
【 焦熱のエルグ 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:永続効果。フィールドを日中の砂漠に変更する。
【タイプ:水棲】、【タイプ:植物】、【タイプ:機械】のユニット全てに防御-300。
――――――――――――――――――
観客たちが驚きの声を上げる中、舞台は完全に砂で埋もれた。
照りつける太陽は光量を増し、ただでさえ興奮に満ちていたスタジアムを加熱させる。
「出たーーーっ!! 熱砂の異名を持つフレア選手! 砂漠は彼女が最も得意とする地形です!」
「すご~い、地面が砂に変わっちゃいましたよ! こんなカードもあるんですね!」
「地形を変えるカードはいくつかあるけど、砂漠に特化したプレイヤーは非常に希少なのだ。
しかも、今回の相手は機械ユニット。これはギアンサル選手もキツいはず」
夏の暑さどころではない。建物全体が異様な熱気に包まれる中、砂の上は蜃気楼が揺らめくほどの高温に支配された。
こんな場所では水生生物など干からび、植物も枯れ果てるだろう。
蒸気機関で動く【スチームパンク・ゴーレム】も、砂と熱による負荷で動きが鈍っていく。
巨漢のギアンサルは自身のターンを終了してから一切動いておらず、対するフレアは焦熱の中で燃え盛るように髪をなびかせていた。
「どう? 砂風呂ってのも悪くないでしょ?
それじゃあ、ユニット召喚! 出ておいで、相棒!」
今度は銃を使わず、カードを投げつけて砂の上に突き立てる。
それは光に包まれて膨張し、奇妙な姿をしたユニットへと変わっていく。
Cards―――――――――――――
【 ランド・ダイバー 】
クラス:レア★★★ タイプ:動物
攻撃2500/防御2100
効果:地形に土壌がある場合のみ、1ターンに1回、どちらかの効果を交互に発動可能。
隠密状態になり、このユニットをフィールドにいないものとして扱う。
隠密状態を解除し、目標のユニット1体に対して任意のタイミングでバトルを行う。
スタックバースト【超振動斬撃】:永続:このユニットの攻撃は、バトル相手の防御強化やダメージ軽減を無視できる。
――――――――――――――――――
全長8mはあろうかという巨大魚。
鼻先から鋭いトゲが並んだ突起物が伸びており、日本ではノコギリエイの名で知られている。
モデルになった生物は赤道付近の沿岸部や河口に棲む大型魚類だが、この魚が泳ぐのは水中ではない。
魚でありながら水棲ユニットではなく、ノコギリのような頭部で土壌を切り裂いて突き進む【動物】タイプ。
砂で満たされたスタジアムの床は、巨大魚が回遊する縄張りへと作り変えられていた。
「なんと、なんとぉお! 地中を泳ぐ魚のユニットです!
土壌――つまりは土や砂がある場合に限りますが、とてもユニークな能力を持っています」
「姿を隠してフィールドから完全にいなくなってしまう効果と、好きなときにバトルを仕掛けられる効果。
この『任意のタイミング』というのが厄介で、相手のターンだろうと関係なく攻撃宣言できてしまうのだ」
「ええ~っ、そんなのもアリなんですか!?」
「さっそく効果を発動させるよ。【ランド・ダイバー】、潜航モード!」
フレアが命じると、巨大魚は完全に地中へと身を隠し、コンソールなどの情報端末にも表示されなくなってしまう。
【スニーキング】と同じ効果を、このユニットは自前で発動できるのだ。
そして、再び静まり返ったバトルフィールドでは、異様な熱で蜃気楼が揺らめくのみ。
地上は猛暑、地中にはいつ襲ってくるか分からない怪魚。
まったく動かないギアンサルも、さすがにこれは厳しいと感じているはずだ。
「はははっ、そんな仏頂面してないで、熱い決闘を楽しもうじゃないか。
アタシは夏が大好きでね、暑ければ暑いほど燃えるタチなんだよ! ターンエンド!」
焦熱に包まれたスタジアムが、プレイヤーたちの歓声で湧き上がる。
砂漠での戦いを得意とし、大地を切り裂くユニットを使役する紅蓮の女性。それが――
「それがアタシってわけさ。
まあ……この先は見なくていいよ、負けた試合だから」
「あぁ……はい……」
そして、時は進んで現在。
コンソールを操作して空中に映像を表示させていたフレアは、そこで再生を中断してしまう。
今の映像は『ファイターズ・サバイバル』の記録として残されているアーカイブ。
リンがクラウディアの敗北を知り、控室でアリサと口論していた頃、スタジアムでは色々な意味で熱い戦いが行われていたようだ。
現在、2人はイベントの喧騒から遠く離れた場所で、ぽつんと取り残されて話しあっている状態だった。
1日に1000人も焼き払うようなリンが、砂漠の真ん中で体育座りしながら試合のアーカイブを見るという、なんとも奇妙な光景になっている。
「で、その子がフレアさんの相棒ですか」
「ああ、【ランド・ダイバー】っていうんだ。
この子を上手に使えるようなデッキを組んでたら、いつの間にか熱砂なんて呼ばれるようになってたよ」
「ちょっと変わってるけど、面白いユニットですね。助けてくれて、ありがとっ」
「ギルルルルルッ」
鼻先に鋭いノコギリを持つ巨大魚は、砂から半身を出した状態で鳴いた。
魚は水中にいるものだという現実世界の常識も、このラヴィアンローズでは通用しない。
「つい助けちゃったけどさ、別に助けなくてもよかったし、何なら今すぐリンを攻撃してもいいんだよ?
せっかく得意な砂漠エリアに来たっていうのに、あんまり稼げてないからね」
「そ、そうですか……あたしが言っちゃうのも何ですけど、この子とは相性が悪いですね。
フィールドにいない扱いになったら何も効きませんし、今回はバトルしないデッキで来ましたから」
「リンの戦いかたは、だいたい分かったよ。
う~ん……邪魔が入ったせいで、アタシも戦う気が萎えちゃったんだよなぁ。
アイツさえ割り込んでこなけりゃ、面白い決闘ができたかもしれないのに」
フレアはそう言うが、本気で彼女と対峙していたらリンは負けていた可能性が高い。
砂の中に潜られたら最終兵器も効かず、カウンターカードを使って自滅してくれるような相手でもない。
最終的な順位はリンのほうが上だったが、フレアも『あの12人』に名を連ねるほどの実力者なのだ。
もっとも、強いプレイヤーだからこそ、戦いにはこだわりを持っている。
リンに近付いてきたときは勝負を挑むつもりだったが、どうやら興が削がれてしまったらしい。
「よしっ! じゃあ、こうしよう。
リンはこれまでどおり、例の爆弾で攻めていけばいい。
アタシはその近くで、逃げ回ってるヤツらをいただく」
「共闘作戦ですか! 助けてもらえなかったら、あたしはさっきの人にやられてましたし、喜んで協力しますけど……
でも、みんながいる場所までは遠いですよ?」
「任せなって。ちなみに、サーフィンをしたことはあるかい?」
「…………え?」
魚は水の中にいるもの。サーフィンは海でやるもの。
それはあくまでも現実世界の常識でしかない。
フレアにとっては、この広い砂漠こそが本拠地。
少し時間をロスしてしまったが、狩るべき獲物はまだ十分に残っているのだ。




