第13話 あたし、また何かやっちゃいました?
「リンが初めてミッドガルドに来たとき、ちゃんと説明しておくべきでした」
「チュートリアルをほったらかして、モンスターの捕まえかたを教えたのは俺とステラちゃんのミスだ。
でも、今の今まで気付かないなんて思わないだろ、普通……」
「私も軽率に村まで運んでしまったわね。道中のクエストに付き合いながら進むべきだったわ」
戦果報告とタイプの勉強会に続き、今度はリンについての保護者会が始まってしまった。
どこで育てかたを間違ってしまったのか語りあう面々の中、当の本人は首をかしげるばかり。
「えっと……そのチュートリアルとか、クエストっていうのをやるのが普通なの?」
「【アルテミス】を引いたときのことを思い出してみろ。
最初に初心者講習会をやって、ポイントとカードのパックをもらっただろ」
「それがラヴィアンローズの『基礎クエスト』。デイリーとかも含まれるから、見覚えはあるやろ?
で、基礎とは別に『ミッドガルドクエスト』っちゅうもんがあってな。
そっちのほうは最初にチュートリアルを卒業せんと、進められんようになっとるんよ」
「『ミッドガルドクエスト』をこなすと便利なアイテムや特別なカード、あとは僅かながらポイントも手に入るのです。
普通にやっているとポイントが枯渇するので、どうすれば稼げるのか調べて、クエストの存在に行き着くはずなのですが」
カードに恵まれ、ポイントに恵まれ、引っ張ってくれる仲間にも恵まれた結果、リンは成長の過程をすっ飛ばしてしまった。
普通はひとりで何も知らずにミッドガルドへ来るため、チュートリアルで野生モンスターとの戦いや捕獲の方法を学ぶ。
そのうち、どこへ行けば良いのか分からなくなるので、ガルド村へ向かうように誘導される。
村には【物資収集】や【ペット・クリスタル】の使いかたを教えてくれるNPCが配置されており、そこでさらに探索の奥深さを知る仕組みだ。
ところが、それら全てをステラとユウから学び、村までの移動もクラウディアの戦車で省略。
財政的に困ることもなかったリンは、自分のありかたに疑問を抱くタイミングを失っていた。
「このゲームはアメリカで作られたものだから、日本のようにチュートリアルを強制されることはないのよね。
ウェンズデーさんがやってる講習会も、実は受けなくていいのよ」
「えっ、そうなんだ?」
「初めてログインしたときにコンタローが案内してくれるのも、日本ワールドだけの仕様だそうです」
「海外のゲームは、何の説明もなく始まることが多いからな。
とりあえず使えるものを使って、敵にやられても死んで覚えるような感じだし」
「世界から見れば、日本のゲームはプレイヤーに親切すぎるんよ。
まあ、ここまで進めてしもたんやし、チュートリアルとかクエストは気が向いたらやればええ」
「進めていくと村の商店が解放されたりするので、けっこう面白いのです。
壊れたレコーダーのごとく同じセリフを繰り返す住人も、ちょっと違うことを言うようになったり」
「へぇ~! 今のイベントが終わったら、やってみよっと。
さすがに付き合ってもらうのは悪いから、自分だけで進めておくね。
そろそろ、あたしひとりでも冒険できそうだし」
「今のリンなら、水晶洞窟の奥だってソロで行けると思いますよ」
かくして長かったミーティングが終わり、リンも初心に帰ってチュートリアルから始めることになった。
今は大きなイベントが始まったばかりなので、メンバーたちもそちらへ意識が向く。
――が、この会話こそが波乱の種。
常に誰かと一緒に冒険してきたリンが、たったひとりで野放しになるという展開。
何をやらかしても不思議ではないのだが、未来で起こることよりもイベントに集中するべき時期であった。
■ ■ ■
「おおお~っ、すごい場所に来ちゃった! エジプトみた~い!」
やがて翌日の第1試合、リンが転送されたのは灼熱の砂漠であった。
ギラギラと照りつける太陽に、乾燥しきった空気。
地平の果てまで砂丘が続いているようで、遠くのほうにはピラミッドらしき三角形の建造物が見える。
「げええっ! リンだ!」
「また同じエリアかよ、勘弁してくれぇえええ!」
敗北したプレイヤーでも、次の試合には参加できる。
しかし、24ヶ所もエリアが用意されているのに、運悪くリンと再会してしまった者もいるようだ。
彼らはバトルすることもなく一目散に逃げ出していったが、何も遮蔽物がない砂漠では、その背中を追うのも容易い。
「そっか~、ここには隠れる場所が無いんだ。
あたしにとっては好都合だけどね! プロジェクトカード発動!」
そして、この日も開幕から一方的な展開。
2つ目の太陽が砂漠で輝き、カウンターを使った者はレールガンに狙撃される。
もはや破壊するものなど何もない砂漠ですら、最終兵器は容赦なく全てを薙ぎ払った。
まったく遮蔽がないエリアなので、閃光とキノコ雲は遠く離れたプレイヤーでも視認できる。
さらにリンは移動しながらプロジェクトを放っているため、数分おきに爆発の位置が変わっていく。
その状況は、ただひたすらに恐怖を撒き散らすだけであった。
巻き込まれたら即死するような爆撃が、少しずつ位置を変えながら1試合に何度も撃たれるのだ。
「よ~し、いい感じ! でも、このエリアは意外ときついなぁ……
砂の上だと走りにくいし、他の人にもよく見えるから遠くに逃げられちゃう」
「おい、そこの爆弾娘。とんでもないことしてるヤツがいると思ったら、やっぱりキミか」
「あれ? あなたは――」
壮絶な鬼ごっこを繰り広げ、開幕から3発ほど撃ったところで、向こうから近付いてくる者がいた。
他のプレイヤーはリンから少しでも遠ざかるために逃げていくのだが、彼女だけは違う。
炎のように赤い髪と褐色の肌。ギルド『ロック・ザ・バーガンディー』を率いる勇ましい女性。
「わぁ~、フレアさ~ん!」
「久しぶりだね、『大物殺し』のリン」
「あはは……二つ名は付けなくてもいいですよ」
『熱砂』の二つ名を持つ実力者、フレア。
山のキャンプ場で出会った彼女のことを、リンはよく憶えていた。
「あれ? もしかして、ユニット出してないんですか?」
「いるよ。しかし、何なんだ……その小型要塞みたいな女神さまは。
目に入ってくる情報が多すぎて、うかつに殴れやしない」
無闇にカウンターカードを使って吹き飛ばされるプレイヤーが多い中、フレアは状況をよく見ていた。
彼女の隣にユニットの姿は見当たらないが、オルブライトのような例もある。
視認できないからといって安心はできない。
「ソニアちゃんがお世話になった縁もあるので、あんまり戦いたくないんですけど……
今回は同じエリアになっちゃいましたか」
「アタシの開始地点は、もっと遠かったんだよ。
でも、あれだけ派手なモンをぶっぱなしてりゃ目立つに決まってる。
もしかしたらと思って来てみたら、案の定ってわけさ」
「なるほど……自分から向かってきたってことは……」
リンは手札を確認しながら、フレアと対峙して身構える。
勝機もないのに、わざわざ【全世界終末戦争】の使い手に向かってきたりはしない。
何らかの方法でリンを攻略できると踏んだのだろう。
砂漠に吹く風は強く、乾いた音を立てて砂丘を歌わせる。
そのサラサラという音色が止んだ瞬間――
「【スニーキング】解除、攻撃宣言!」
「…………えっ?」
「『大物殺し』! 隙ありぃいいいい!!」
リンの背後から声が発せられ、何もいなかったはずの場所にユニットが現れる。
慌てて振り向くと、サイの姿をした動物ユニットが【アルテミス】に向かって突っ込んできていた。
その使役者であろう男性プレイヤーが着込んでいたのは、ソニアと同じような迷彩服。
かつて、サクヤから聞いたことがある。
この世界には高価な迷彩服があり、最上級のものはプレイヤーの姿が見えなくなると。
そんな高級アイテムと、ユニットの姿を消す【スニーキング】を使った奇襲作戦。
リンは【食断ちの宣誓】でプロジェクトカードを封じていたが、範囲外で使用された【スニーキング】は『すでに効果を発動しているプロジェクト』に含まれるため効果がない。
「【渓谷チンチラ】、スタックバー…………で、できない!?」
完璧な奇襲を受け、リンは反応が遅れてしまった。
チンチラをスタックバーストさせようとするも、何らかの手段で封じられてしまっている。
こうなると【アルテミス】は脆弱であり、今回はバトルを捨てているため普段より打たれ弱い。
「や……ば……っ!」
よりにもよって、狩猟の女神【アルテミス】が今、獣であるサイに吹き飛ばされようとしていた。
レールガンがあるせいでカウンターカードを使うこともできず、リンは完全に敗北を突きつけられている。
負けるための心の準備すらできていなかったが、それは他のプレイヤーも同じこと。
声を上げる暇もなく、彼女はエリアから消えようとしていた。
しかし――リンにとって最大の武器は★4スーパーレアでも最終兵器でもなく、彼女自身に与えられた幸運。
そして、これまでに重ねてきた人との出会いと縁である。
「ギュルアアアアアアーーーーーーーッ!!」
サイの角が【アルテミス】を貫く直前、爆発したように砂が舞い上がって、地中から巨大な生物が飛び出してきた。
それはサイの体に横から斬りかかり、真っ二つに両断して粒子化させてしまう。
まるで水面に浮いていた鳥を、魚が捕食するかのような一瞬の出来事。
迷彩服の男性プレイヤーは何が起こったのか分からないまま、驚愕の表情で消えるしかなかった。
「ダメだよ、叫んだりしたら。
奇襲ってのは――もっと静かにやらなきゃ、ね」
目には目を、奇襲には奇襲を。
リンを窮地から救ってくれたのは、両手を腰に当てながらニヤリと笑うフレアであった。




