第12話 ステラ先生のタイプ講座
戦果報告に続いて始まったユニットの勉強会。
コンソールの画面を壁に投射しながら、ステラは以下のタイプを書き込んでいった。
【神】【悪魔】【竜】
【動物】【飛行】【水棲】【昆虫】【植物】
【人間】【機械】
【アンデッド】【マテリアル】
「この12種類がラヴィアンローズに実装されているタイプです。
最近は複数のタイプを持つ『ハイブリッド』が出てきて話題になっていますね」
「意外と多いような、少ないような……」
「この並び順は”分かってる人”の書きかただな。さすがステラちゃんだ」
「慣れてくると、この順番になりますよね。さっそく上から見ていきましょう。
【神】、【悪魔】、【竜】の3タイプはいずれも強力で、BIG3と呼ばれています」
「ユニットの中でも特にド派手な花形や。
★4のほとんどは、この3タイプのどれかなんよ」
世界各国の神話や伝承に登場する超越者であり、ファンタジー世界の最上位種。
これまでリンが見てきた★4は5枚だが、【アルテミス】、【トリトン】、【ニーズヘッグ】、【九尾の狐】と、ほとんどがBIG3に属している。
「このタイプのユニットは、ミッドガルドにもほとんど野生モンスターがいません」
「え? この前、ワイバーンを捕まえに行ったよね?」
「私たちが会ったのは、どれも捕まえやすい★2の竜。
まだリンは”本当の竜”を見ていないのよ」
「あのとき登ったのは、山のふもとから中腹の間ですからね。
★3の竜は、もっと険しい高所にいるんです」
「あぁ……まだまだ上があるんだ」
ドワーフの宝物に目がくらみ、ドラゴンが守る城に近付きすぎて全滅した遠征合宿。
あの空襲警報のように聴覚を貫くネームドモンスターの咆哮は、今でも思い出すたびにゾクッとする。
「★3の竜はマジでやばいぞ。
水晶洞窟のドレイクも、群れの上限を超えて集まってきた上に防御力をゼロにされただろ?
あのとき最終兵器がなかったら、俺たちはどうにもならなかった」
「そういえば、あれも竜タイプだっけ。アロサウルスも★3の竜でいいのかな?」
「あれはちょっと特殊ですね。
地上の恐竜はだいたい動物に属してるんですけど、アロサウルスは優遇されて竜に昇格している感じです」
「ジュラ紀の王様みたいな肩書きだもんね。実際、強いし」
「出会った途端に7500ダメージの火球を吐いてくるようなヤツだからな。
ミッドガルドの入口付近にあんなのがいてみろ。地獄だぞ」
いずれにせよ、野生モンスターの中でも一線を画すのが竜という種族。
幸いにも大山脈や火山、洞窟の最深部といった局地に棲んでいるため、プレイヤーが危険地帯に行かなければ出会うこともない。
「次に【動物】、【飛行】、【水棲】、【昆虫】、【植物】です。
いかにも野生のモンスターという感じで、ミッドガルドでも多く見かけますね」
「やはり飛行! 大いなる空を舞う飛行ユニットこそが、ロマンの象徴であります!
竜や虫も飛んではいるのですが、タイプが違うので残念です」
「一応、旧世代でも『〇〇タイプとして扱える』みたいなユニットがおるけど、それだけで効果の枠が潰れてしもて、ハイブリッドには劣るんよな」
「それなら朗報よ。アメリカ本土からのリーク情報だけど、そういったユニットのハイブリッド化が検討されているらしいわ」
「へえ~っ! じゃあ、たとえばこの子……」
Cards―――――――――――――
【 ネレイス 】
クラス:コモン★ タイプ:水棲
攻撃300/防御300
効果:このユニットは【タイプ:神】として扱うことができる。
スタックバースト【海原への導き】:永続:自プレイヤーのフィールドにいる【タイプ:水棲】のユニット1体に、このユニットのステータスを加算する。
――――――――――――――――――
「【ネレイス】ちゃんのタイプが水棲/神になって、新しい効果に変わるのかな?」
「まだ確定の情報じゃないけれど、そうなる可能性が高いわね。
この世界のカードは紙に印刷されていないから、改訂もスムーズに行えるのが良いところよ」
「これがリアルだと再版しなきゃならないし、知らないまま改訂前のカードを使い続けて事故を起こしたりするからな。
ほんと、カードゲームをデジタル化させたのは大正解だよ」
「創造神には足を向けて寝られないであります」
VRの仮想世界でプレイできるようになったのは、カードゲームを大きく変えた革命といえる。
世界ひとつを創ってしまった伝説のカードゲーマー、ウィリアム・ウォルター。
死してなお、彼の遺産は若者たちに夢と冒険を与え続けていた。
「ところで、【植物】の野生モンスターって意外と少なくない?」
「ちゃんといますよ。主にジャングルや森林に多いイメージです」
「お前が落っこちた谷底のキノコ型モンスターも植物だぞ」
「なるほど、これまであたしが行ったのは洞窟、渓谷、海、谷底、火山、大きな山……
植物が多い場所に行ってないだけか~」
「植物ユニットの特徴は、【基礎ステータス】を伸ばす手段が豊富なことです。
基礎の部分を強化できるのは、植物の特権ともいえます。
次に【人間】と【機械】ですけど、これは基本的にパックからしか入手できません。
正確には、最近まで入手できません”でした”」
「一部じゃ廃課金向けなんて言われてるな。
手に入れる方法が限られてるだけあって、全体的に強さが段違いだ。
実際に初代チャンピオンが騎士デッキで優勝して、人間ユニットはかなり高騰した」
「実際に組んでみると、本当にカードが手に入らなくてキツイのよ。
人間タイプのモンスターがミッドガルドに追加されたことだし、機械のほうも緩和してくれないかしら」
「機械デッキといえば、クラウディアだよね。
ガチガチに防御が固くてダメージを通しにくい感じ」
「全部がそうとは限らないわ。攻撃特化で組んでも優秀よ。
機械の特徴は、このタイプにしか使えないカードが多いこと。
特殊な装備とか、ユニット同士の合体でステータスを高めていくのが主流ね」
「人間は『ヒーロー』という扱いなので、種族的に強く設定されています。
モンスターやドラゴンを倒すのは、いつの時代も人間の英雄です。
その人間が作った機械だから、同じように強いわけですね」
「そうなんだ……あたし、人間も機械も全然使ってないけど」
「クラウディアも言ったように、デッキを組むのが難しいので、最初はミッドガルドのモンスターを捕まえるのが最適です。
騎士デッキが流行した後、メタになるカードが大量に実装されましたし。
今でも人間デッキは強いんですけど、最も対策されやすいタイプでもあります」
ここでようやく、先ほど話に上がった『メタゲーム』へと帰着する。
人間タイプのカードは強いが、それだけが最強にならないようにバランス調整が行われてきた。
ラヴィアンローズの世界観は上位種に神や悪魔などのBIG3を据えつつ、多種多様な野生モンスターと、それに対する人間ユニットで構成されている。
主役である人間のデッキが組みにくい上に、他の種族から散々にメタを張られるという矛盾を抱えているが、絶妙なバランスで成り立っているのも事実。
リンはまだ知らないが、5周年に至るまで色々な歴史が刻まれてきたのだ。
「そして、最後に【アンデッド】と【マテリアル】。
3周年のときにタイプの細分化があって、そのとき追加された分類です。
アンデッドは文字どおり死霊系。サクヤさんが使う英霊デッキも、これに含まれますね」
「うちのは特殊やから、アンデッドの括りからは外してもええで。
一般的にはゾンビとか幽霊みたいな、恐ろしい感じのカードやな」
「うえぇ……そんなユニットでデッキは組みたくないなぁ」
「意外と愛好家がいて、自分のルームをお化け屋敷みたいにしてるんだぜ。
ちなみにミッドガルドにはアンデッドがたくさん出る『黄泉返りの墓地』とか『死霊の館』がある。
今度、肝試しに行ってみないか?」
「い、行かないって、そんな場所!
ところで、最後の【マテリアル】っていうタイプだけど……」
「日本では聞き慣れない言葉ですけど、英語圏では物質や物体という意味ですね。
全身が岩や砂で作られたゴーレムとか、ガスのように実体のない存在。
あとはスライムなども含まれます」
「スライム? この世界にスライムなんているの?」
「「「「「…………え?」」」」」
リンが何気なく放った質問で、場の全員が固まってしまった。
空気を察して記憶をさぐってみると、たしかに一度だけ該当するユニットを見たことがある。
「ああ~、ごめんごめん。サクヤ先輩が大会の決勝で使ってたの、すっかり忘れてたよ」
「いえ、そうじゃなくて……リン、野生のスライムを見たことはないの?」
「う、う~~~ん……見てない……かなぁ」
「あの……みんな必ず見てるはずなんですけど。チュートリアルで」
「チュートリアル? ウェンズデーさんがやってた初心者講習会のこと?」
「「「「「ああぁ~…………」」」」」
嫌な予感が当たったかのように、リンを除く一同は頭を抱えた。
彼女にとっては初日の講習がチュートリアルだったのだが、他の5人が言っているのは全く違うもの。
ソニアは首にかけていたアクセサリーを外し、銀色に光る2枚組のプレートを見せてくる。
「リン殿、このドッグタグに見覚えは?」
「えっと、兵隊さんが付けてるやつだよね。ソニアちゃんらしくて似合ってるけど」
そう返したリンに向かって、他のメンバーも自分が持っているドッグタグを取り出して見せた。
無言のまま、彼女だけがそれを持っていないことを伝えるかのように。
「あ……あれ? なんで、みんな持ってるの?」
「リン……このアイテムは、『ミッドガルドのチュートリアル』を受けた人が必ずもらえるアイテムなの。
つまり、あなたはまだやっていないというか――
クエストというものを一切やらないまま、1000人も倒すようなプレイヤーになってしまったのよ」
クラウディアの言葉で、リンは初めて知った。
このミッドガルドには従来のRPGと同じように、クエストというものが存在する。
そして、リンがやってしまったのは『ネトゲあるある』のひとつ。
チュートリアルを受けず、クエストをまったく解放しないまま、ランキングに名を連ねるようなプレイヤーに育ってしまったのだ。




