第7話 はじめての戦場 その4
今回の大会を象徴するエリア『フロント ナンバー4』。
現代的な戦場であり、このイベントで用意された24ヶ所の中でも、戦線の名を冠するエリアは8つを占める。
ナンバー4は1900年代半ばの西ヨーロッパをモデルにしているらしく、旧式のプロペラ機が空を飛び交い、荒れた地面には戦車の残骸などが転がっていた。
そんな戦場の中を、ひとりの少女が歩いていく。
水色のメッシュが入ったピンク色の髪に、ぶかぶかのパーカーを着た目立つ外見。
姿だけを見れば年端もいかない中学生だが、彼女こそが日本サーバー最大のギルド【エルダーズ】の首領。
「……アリサ!」
名を呼ばれた当人は、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
彼女が先の『ファイターズ・サバイバル』で活躍し、賛否を巻き起こす大演説を行ったことは記憶に新しい。
しかし、今はユニットを1体も連れていない状態。
プレイヤーたちが乱戦を広げている中、正面から堂々と踏み込んできたのだ。
すぐさま数名の参加者が彼女に気付いて、先手必勝とばかりに飛びかかってきた。
「お前の戦略は知ってるぞ! 最初にダメージを受けてライフを調整するんだろ?」
「でも、こうして数人がかりで攻撃されることは想定していないはずだ」
「みんなでライフを削りきってしまえば勝てます!」
「残念だけど、とっくに準備はできてるよ。
プロジェクトカード、【スニーキング】を解除」
Cards―――――――――――――
【 スニーキング 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:自プレイヤーが所有するユニット1体を隠密状態にする。
このカードの使用者が解除するまで、対象のユニットはフィールドにいないものとして扱われる。
――――――――――――――――――
アリサが使用していたのは、ユニット1体をフィールドから除外するカード。
主にミッドガルドなどで、野生モンスターの攻撃からユニットを守るために使われる。
フィールドにいない扱いになってしまうと、そのユニットはバトルに参加できず、効果なども一切発動しない。
彼女はこのカードを巧みに使って、自身のユニットを隠しながら歩いていた。
そして、人が多い場所で【スニーキング】を解除。
周囲に何十人もいる混戦の中、激しい揺れと共に大地が裂けて、底が見えないほどの深淵が広がっていく。
「出ておいで――【ニーズヘッグ】」
言いながら笑った直後、深淵の奥から這い出てきたのは、途方もなく巨大なドラゴンの上半身。
すでに準備は完了しており、効果範囲内にいたユニットたちは、たちまち黒い炎に包まれた。
Cards―――――――――――――
【 喰界邪竜ニーズヘッグ 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:悪魔
攻撃4000-X/防御1000+X/敏捷50
効果:Xは所有プレイヤーのライフに等しく、ステータスの増減効果を受けない。
スタックバースト【逃れられぬ破滅】:永続:相手プレイヤーに与える貫通ダメージが3倍になる。
【 黒炎の呪縛 】
クラス:レア★★★ リンクカード
効果:【タイプ:悪魔】に装備された場合のみ効果発動。
このカードが装備されているユニットの【基礎攻撃力】未満の【基礎防御力】を持つユニットは、フィールド上に存在できない。
条件を満たさなかった場合、ユニットは即座に破棄されるが、このカードの使用者も代償として800ダメージを受ける。
これを装備しているユニット自身は効果の影響を受けない。
――――――――――――――――――
「キシャオオオオオオーーーーーーッ!!」
北欧神話において、世界樹の根を食い荒らす邪悪な竜。
防御ステータスが【ニーズヘッグ】の攻撃力を下回っていた場合、そのユニットは即座に破棄される。
先の『ファイターズ・サバイバル』でも、数々のプレイヤーを蹂躙した凶悪なコンボだ。
このエリアに降り立ったアリサは適度にダメージを受け、【ニーズヘッグ】のステータスを調整してから【黒炎の呪縛】をセットした。
そうなると、もはや歩き回るだけで周囲のプレイヤーは勝手にユニットを失っていくのだが、より効率的な手段として奇襲作戦を思いつく。
彼女がユニットやプレイヤーを燃やしながら歩いていたのでは、周囲の者は逃げ出してしまうだろう。
しかし、事前に潜伏させておけば、相手に気付かせないまま距離を詰めることができる。
邪竜と黒炎のコンボを維持しながら【スニーキング】の発動と解除を繰り返すだけで、先ほどまでいなかったはずの★4スーパーレアが突然現れるのだ。
「うわああああっ!」
「お……俺のユニットが消えていく……!」
「大丈夫、すぐにみんなも消えるよ。可愛いユニットたちと一緒にね。
カウンターカード、【強化ガラスの防壁】」
Cards―――――――――――――
【 強化ガラスの防壁 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:ターン終了まで、このカードを使用したプレイヤーは1000以下のダメージを受けない。
――――――――――――――――――
黒い炎がユニットを焼き尽くし、プレイヤーたちの悲鳴が上がる中で、アリサは冷静にカウンターを発動させた。
反動の800ダメージが周囲から何発も飛んでくるが、それぞれ1回ごとの判定なので問題なく耐えられる。
やがて、効果範囲内にいた数十名のプレイヤーは、何もできないまま粒子化して消滅。
【黒炎の呪縛】の効果でユニットを破棄した場合でも、勝利条件を満たすことは可能だ。
「まったく、抵抗のひとつもできなんて味気ない……使ったカードを全部復活。
【ニーズヘッグ】、悪いけどまた潜ってもらうよ」
「グルルルルル……ッ」
アリサが再び【スニーキング】を発動させると、巨大な邪竜は深淵へと戻っていく。
何事もなかったかのように穴は塞がり、派手な黒い炎も消滅する。
そうして彼女に近寄ったが最後、全てを失うことになるなど微塵も感じさせない罠が出来上がった。
――と、そのタイミングを見計らって駆け寄ってくる数名の影。
アリサとは敵対せず、全員が申し合わせたかのように真っ黒なコスチュームを身に着けている。
「首領、お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。あの子は見つかった?」
「いいえ、このエリアにはいません。
どうやら他の場所に配置されているようです」
「そう……分かった。あなたたちも好きに楽しむといいよ」
「はっ、失礼します」
報告を終えて散っていく影たち。彼らは全て【エルダーズ】に所属するメンバーである。
かの大会が幕を閉じた後、アリサはギルドを去ることなく、首領として彼らを率いる道を選んだ。
元々あった30名のギルドを本部とし、下位に4つもの支部を抱える大軍団。
およそ150名が所属する日本最大のギルドに【エルダーズ】は成長していた。
「はぁ……味気ないなぁ」
しかし、そんな組織のトップに居座りながらも、アリサは満たされぬ日々に溜め息をつく。
彼女のギルドでは『下剋上』がルールとして認められている。
我こそは最強にふさわしいと自負する者は、その座をかけて首領に挑むことができるのだ。
それはアリサ自身が歩んできた道であり、自分を超えるほどの強者がいるならトップの座などゆずってもいいと考えている。
だが、彼女は今も変わらず【エルダーズ】の頂点。ギルド内での戦いでは無敗のまま。
それどころか、アリサを信奉するあまり挑んでこない者も多い。
満たされない心を抱えたまま、少女は戦場の空に向かって静かにつぶやく。
その胸に蘇るのは、本気で戦ったあの日の記憶。
「組織のトップっていうのも悪くないけどね、ちょっと退屈すぎるんだ。
やっぱり、キミしかいないのかな?
今回はエリアがバラバラすぎて会えそうにないけど……いつか、必ず……」
「あの~……」
「!?」
不意に背後から声をかけられ、アリサは【スニーキング】のカードを手に振り返る。
しかし、そこにいた人物はユニットを連れていなかった。
見た目の年齢は、アリサとほとんど変わらない。
大きな三角形の帽子を被り、魔女のコスチュームに身を包んだ中学生くらいの女の子。
この現代的な戦場においては、いささか場違いな姿である。
「アリサさん、ですよね? 【エルダーズ】の」
「そうだけど、あなたは?」
「初めまして、私は【鉄血の翼】に所属しているステラと申します。
クラウディアやリンの仲間……といえば、分かってもらえるでしょうか?」
言いながら、ステラはニコッと可憐に微笑んだ。
しかし、その裏にある敵意や闘争心を隠しきれていない。
異様な威圧感を放つ笑顔に、アリサは”求めていたもの”が来たのだと直感した。
「へぇ……あの2人の仲間、ね。
それで? 挨拶するために来たのかな?」
「とりあえずは、そうですけど……でも、ご挨拶だけでは、もったいないですよね」
「もったいない……はははっ、そうだね。ボクも同感だよ」
そうして2人の少女は向かいあい、お互いにデッキのカードを手にする。
またとない機会、滅多にいない好敵手、ただの挨拶だけで済むはずもなく。
あの日のスタジアムと違って、誰も観戦する者がいない中、このイベント屈指の大決戦が始まろうとしていた。




