第6話 はじめての戦場 その3
「戦闘準備完了、兵装は完璧であります!」
「私は今回もこれでいくわ」
「うわ~、2人とも気合いが入ってるね!」
イベントの前日、コテージで会ったクラウディアとソニアの姉妹は、それぞれイベント用の勝負服に着替えていた。
クラウディアは『ファイターズ・サバイバル』のときと同じ純白の軍服。
主に海軍の士官などが着用するもので、あえて上着の袖に腕を通さず、肩から羽織っているところに着こなしを感じる。
その隣に並ぶソニアは、緑を基調とした迷彩服にヘルメットと、完全に野戦スタイル。
大きなアサルトライフルまで背負っているが、それ自体に殺傷力はなく、擬似的な弾が出るモデルガンだ。
「封印されし我が左目も、このとおり!
大空を舞うグリフィンと共に戦うため、属性を風に変えたのです!」
「うんうん、緑も似合ってるよ」
一部の愛好家に大人気な『属性ヲ開眼セシ者ノ左目』シリーズ、いわゆるカラーコンタクト。
対応している元素によって色が違うのだが、ソニアが装着しているのは風属性の『翠緑』。
どうやら、イベントのために色々と用意してきたらしい。
「あたしは、どうしよっかな~……イベントのエリアに、毒の胞子とか危ないガスはないよね?」
「あったら大問題だわ。エリアは広大だけど、ミッドガルドとは似て非なるもの。
ダメージを受けるような場所なんて、高い崖か水中くらいしかないわよ」
「ふむふむ。じゃあ、前に着てた探索用の服にしよっと。
パワードスーツを買ってから、あんまり使わなくなっちゃったし」
かくして、リンは半袖のシャツとジャケット、下はデニムのホットパンツというラフな姿になる。
このところ短いズボンを気に入っており、リアルの世界でも愛用し始めているせいで、兄からは『小学生の男子かよ』と笑われているのだが。
しかし、結果的にはサバンナエリアを走る上で、うってつけの動きやすさだった。
「うわーっ、こっちに来た!」
「みんな逃げて! 効果範囲の外まで逃げるのよ!」
「カウンターは使うな! 狙撃されるぞ!」
「ええい、だったらプロジェクトカードで俺のユニットを強化……って、使用不可だと!?
誰だよ、プロジェクト使えないようにしてんの!」
まさしく弱肉強食のサバンナ。人が多い場所に駆け寄っては最終兵器を放つリンと、草食動物のように逃げ惑う獲物たち。
再び膨大な熱エネルギーの太陽が生まれ、抵抗を試みた何人かがレールガンで狙撃される。
「ずいぶん派手にやってるねえ。同じエリアになったから、挨拶でもしようかと思ったけど……
くわばら、くわばら。あれは遠くから眺めてたほうが良さそうだ」
花火大会でも見物するかのように、遠く離れた場所から最終兵器の閃光を眺める老婆。
彼女の隣にはユニットが立っておらず、無防備な姿で戦場に佇んでいる。
「おい、婆さん!」
当然ながら、そんなプレイヤーは格好の標的にしか見えない。
こっそりと老婆に近付いたらしく、3人の参加者がユニットを引き連れて取り囲んでいた。
「おやおや、物騒な人たちだね」
「へへ……悪いな、婆さん。このエリアはもうめちゃくちゃだ。
狩れそうな相手をひとりでも多く狩って、ポイントを稼がせてもらうぜ」
「そうかい、今回はこういうイベントだし――」
老婆の言葉が終わらないうちに、巨大な影が空から降りてくる。
それが何なのか分かった瞬間、彼女を取り囲んでいた3人は驚愕で目を見開いた。
ユニットを上空に待機させておくことで無防備をよそおい、近付いてきたプレイヤーたちを喰らう作戦。
彼女は決して、か弱い老人などではない。
それを証明するかのように、紅蓮の竜――【グレーター・パイロドラゴン】が、地響きを立てながら彼女の隣に降り立つ。
「私も稼がせてもらうとするよ」
■ ■ ■
同時刻、ツンドラエリア。
リンが配置されたサバンナは温暖だったが、こちらは打って変わって白銀の雪景色。
美しくも厳しい寒冷エリアであり、ミッドガルドと違って気候によるダメージはない。
「ブォオオオオオーーーーーーーン!!」
そんな雪景色の中で、1体の魔獣が咆哮していた。
長大な鼻を揺らしながら巨体で進撃する【ギリメカラ】というゾウのユニット。
出典元である仏教の伝説では全長800~1700kmという小惑星規模のサイズなのだが、本作では15mにとどまっている。
Cards―――――――――――――
【 ギリメカラ 】
クラス:レア★★★ タイプ:動物
攻撃2400/防御2400/敏捷30
効果:8回まで重複可能。相手のユニットを1体倒すたびに、攻撃と防御が+400ずつ上昇する。
スタックバースト【不動のヴァーハナ】:永続:このユニットに装備されたカードは、いかなる効果でも破棄されない。
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雪の森林地帯では、まさしくマンモスのような存在感。
相手を1体倒すたびに攻防が400ずつ上がっていくというユニットで、さらにはスタックバーストによる装備品の保護。
『いかなる効果でも破棄されない』ため、装備されているのはリンも愛用している【ヴァリアブル・ウェポン】であった。
本来ならバトルすると壊れてしまうリンクカードが、ずっと貼り付いたまま強化効果を2倍にしている。
「わははははははっ! いいぞ、【ギリメカラ】! 蹴散らせ! 突き進め!」
「何なの、あれ!? もう手がつけられない!」
「不用意に手を出すな! 押し潰されるぞ!」
すでに上限まで強化を重ね、攻防8800という圧倒的なステータスに達した巨象。
対峙するプレイヤーたちには対抗する手段がなく、どうにか距離を取りながら反撃の機会をさぐる。
決闘では強化にターンが掛かってしまう【ギリメカラ】だが、こうした多人数戦であれば短時間で完成してしまうのだ。
が、しかし――
ユニットの使い手を含め、プレイヤーたちの動きがピタリと止まる。
手がつけられないほど暴れていた巨象も萎縮し、何かに怯えるかのように後ずさり始めた。
「お、おい……どうした!?」
「見て! あのゾウのステータスが!」
間違いなく、先ほどまで8800もあった【ギリメカラ】のステータス。
それが、今――あろうことか、両方ともゼロまで低下していた。
どれだけ強いユニットでも、無敵であるとは限らない。
ステータスの強化を頼りにするユニットには、天敵のような存在がいる。
やがて、氷雪に覆われたツンドラの森に現れたのは、関西でも最有力の若手プレイヤーと呼ばれる巫女。
さらに彼女が従える★4スーパーレア、東南アジアでも絶大な知名度を誇る【九尾の狐】。
Cards―――――――――――――
【 白面金毛九尾の狐 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:神
攻撃2700/防御2500/敏捷100
効果:全てのユニットはステータスの増加と減少が逆になる。
スタックバースト【傾国】:永続:全てのユニットは攻撃と防御が平均化され、常に同値となる。
――――――――――――――――――
黄金の体毛に覆われた大妖怪は、白銀の世界でより美しく輝く。
様子を伺っていたプレイヤーたちには絶好のチャンスだったが、しかし、彼らも動けない。
九尾が現れたことで弱体化したのは、【ギリメカラ】だけではないのだ。
「サ……サクヤ! 禍巫女のサクヤだ!」
「ど~も~、お邪魔するでぇ!
ふむふむ……みんな、ええ感じに弱なっとるな。
ほな、プロジェクトカード! 【降り注ぐ氷柱】!」
「ケォオオオオーーーーーーーン!」
Cards―――――――――――――
【 降り注ぐ氷柱 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:フィールド上にいる全てのユニットに1000ダメージを与える。
――――――――――――――――――
乱入してきた巫女――サクヤがカードを発動すると、厄災を呼び寄せるかのように九尾が天に向かって吼える。
そして、空から大量に降ってきたのは、先端が鋭く尖った氷柱の雨。
本来は★1などの弱いモンスターを駆逐するカードなのだが、ステータスの強弱が反転した状態では阿鼻叫喚の地獄絵図。
仮に耐えたとしても、九尾に勝てるユニットなどいない。
傾国の大妖怪と、雪景色を彩るプレイヤーたちの悲鳴。
リンがいるサバンナも大概だが、サクヤが九尾を引き連れながら氷柱を降らせるだけで、ツンドラの勢力図も一方的になってしまった。
24ヶ所もエリアがあるため、6人しかいない【鉄血の翼】が顔を合わせる可能性は低い。
彼女らは邪魔しあうことなく獲物を追って走り、試合終了まで稼ぎ続けたのだった。




