第5話 はじめての戦場 その2
正直なところ、リンはこのカードが苦手だった。
引いた直後には、どう扱えばよいのか分からない危険物でしかなく、自分のユニットすら巻き込みかねない破壊の権化そのもの。
カード資産がなさすぎるため切り札として使う場面もあったのだが、その圧倒的な威力に頼り切るのは自分のためにならないと考えていた。
しかし、先日――このカードを要求されたとき、リンは『何でもスタックバーストさせるカード』という夢のような1枚を提示されたにも関わらず、好条件のトレードを断った。
結果的には詐欺トレードだったのだが、このとき彼女は初めて自覚したのだ。
使い続けてきた最終兵器は、すでに愛すべきデッキの一部になっていたのだと。
「今日は忙しくなるから、悪いけど演出オフで使うね!
指定するのは【アルテミス】の攻撃力!」
そして、サバンナの大地に太陽が生まれた。
発動演出を切ってあるため、詠唱することもなく急速に膨張する熱エネルギーの光球。
リンの周囲に生えていた草が一瞬で灰と化し、戦場に転送されたばかりの人々を驚愕の色に染め上げる。
「お、おい……あのカードって……まさか!」
「ちょっと、まずいんじゃない!?」
「ウソだろ? 開幕直後にぶっぱなすつもりかよ!!」
丸ごとオーブンレンジに放り込まれたかのごとく世界が赤熱する中、膨大な熱に照らされたプレイヤーたちの声が飛び交う。
目の前にいる少女が公式大会でこのカードを使ったことは、あまりにも有名だ。
「そんなもの使わせてたまるか! カウンターカード!」
「カウンターカードの発動を確認。迎撃します」
そして――効果範囲内にいた男性プレイヤーがカードの使用を宣言した瞬間、それは起こった。
本来、【自動迎撃式レールガン・タレット】は、ちょっとしたダメージを与える牽制用のカードである。
男子の心をくすぐる大艦巨砲ハイテク兵器なのだが、仰々しい見た目に反して、プレイヤーからの評価はあまり高くなかった。
相手に向かって飛ばすダメージは【攻撃力の強化値】なため、ちょっとした強化では脅威にならない。
かといって、装備すると攻撃宣言できなくなるので、十分に強化したユニットに付けるのはもったいない。
何より最大の欠点として、相手がカウンターを使わない限り発動しない。最悪、ただの置物になる可能性も高いのだ。
しかし、今回のイベントはカードの効果範囲が100m。
どこかで誰かがカウンターを使った瞬間、そのプレイヤーに向かって無差別にレールガンの弾が飛んでいく。
【ストームブリンガー】による強化が乗った今、弾丸に込められた破壊力は4200という即死級のダメージ。
「なっ!? ぐぁあああああーーーーーーーっ!!」
光の帯が男性を貫いた瞬間、その体は欠片も残らないほど吹き飛ばされ、ユニットもろとも粒子化して消滅。
マッハ8に達する弾丸を肉眼で捉えるのは不可能であり、発生した強烈なソニックブームだけでも人間をミンチにするには十分すぎる。
実際には超高圧のエネルギー供給や、撃つたびに溶けていく砲身の保護が必要なのだが、仮想世界に科学の常識など存在しない。
「迎撃します。迎撃します。迎撃します。」
「うわあああーーーーっ!!」
「きゃああああーーーーーーーっ!!」
「な、何が起こって……くそっ、カウンターカード発……ぬわああああーーーーっ!!」
カウンターカードが使われるたびに、100m先から飛んでくる即死ダメージ。
見た目に反して不人気であったレールガンは、彼女の登場によって評価が見直されることになった。
そして、大混乱に陥った戦場の中――誰にも止められることなく、リンの頭上で光球が臨界に達する。
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
Cards―――――――――――――
【 全世界終末戦争 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:発動の際にユニットを1体指定する。
フィールド上に存在する全てのユニットに、指定したユニットの攻撃力と同数のダメージを与える。
この効果はバトル扱いではなく、貫通ダメージも発生しないが、ダメージが防御力に達したユニットは全て破棄される。
――――――――――――――――――
重装備の【アルテミス】から抽出された6800という異様な火力。
かつ、カウンターカードでの回避や軽減不可。
もはや無慈悲としかいえない熱エネルギーの奔流が、リンを中心に半径100mの範囲にあった全てのものを飲み込んでいく。
「きゃあっ!? な……なんなのよ……あれ!」
「世界の……終わりだ……!」
戦場で放たれた強大な光と烈風は、範囲外にいたプレイヤーたちをも畏怖させた。
轟音と衝撃波が過ぎ去った後、爆心地から立ち上るのは終末の象徴である赤いキノコ雲。
そうして数秒後、サバンナエリアの一角に草1本すら残らない焦土が出現する。
焼き払われた大地に立つリンのコンソールには、この戦いでの撃破数が表示されていた。
「ええ~っ、今ので54人も倒したの!?
1人倒すたびに100ポイントの報酬だから……うは、うはうはぁ~!
めっちゃ稼げるじゃん、このイベント!」
たった1枚のプロジェクトカード発動で、ボックスを買えてしまうほどの高収入。
これが試合ごとに1時間、全9回も続くとなれば、『ファイターズ・サバイバル』で3位になったときの報酬30万ポイントを超えるのも夢ではない。
が、しかし――
「ちょっと、あんたぁああああーーーーーーっ!!」
「ひええっ、怖いおばさんが来た! めっちゃ怒って突っ込んでくるよ!」
「誰がおばさんよ! 私はまだ29だっての!
可愛い中学生だと思ってたのに、とんでもないことするわね!」
現役JCのリンから見れば相当な年上だが、世間的には30手前の成人女性。
メイクで整えた顔が台無しになるほど怒気をあらわにしながら、大型の亀に似たユニットと共に駆け寄ってくる。
Cards―――――――――――――
【 タラスク 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2400/防御2800/敏捷20
効果:このユニットが受けたダメージは、常に-1000される。
スタックバースト【難攻不落の亀甲】:永続:上記の効果を3倍にする。
――――――――――――――――――
かつて西欧を荒らし回ったという人食いの怪物【タラスク】。
6本足で歩き、亀のように巨大な甲羅を背負った竜種である。
動きは遅いものの、その耐久力は★3の中でもトップクラス。多人数戦に持ち込むには、とても頼もしいユニットといえるだろう。
リンクカードとして金属製のプロテクターを装備しており、6800ダメージの奔流すらも生き残ったようだ。
「あ~、普通に耐えちゃったのか……とりあえず、使ったカードを復活!
そんでもって、控えのカードを全部デッキからドロー!
あわわわ、先に攻撃されちゃうかも!」
「やっと追いついたわよ! そのまま押し潰しなさい【タラスク】!」
「【アルテミス】でガード! 【渓谷チンチラ】、スタックバースト!」
「え……っ?」
相手に隙がある場合のみ、このように【敏捷】を無視した先制攻撃が可能になっている。
全長12m、体重25tにも及ぶ巨大な竜のぶちかまし。
大型トレーラーのような質量でぶつかってきた突進を、【アルテミス】は軽やかな動きで回避した。
装備されている【渓谷チンチラ】がバーストすれば、1回だけあらゆる攻撃を無効化できるのだ。
それを可能にした【エクシード・ユニオン】は実装されたばかりな上に、どのような使い方をするのかプレイヤーによって全く違う。
極めて対処しにくいカードであり、女性はなぜチンチラの効果で【アルテミス】が回避できたのか分からなかった。
「甲羅を背負った竜もいるっていうのはビックリだけどね、今度はあたしの番!
リンクカード装備! 【ヴァリアブル・ウェポン】!」
Cards―――――――――――――
【 ヴァリアブル・ウェポン 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットが強化効果を受けている場合、その数値を2倍にする。
1回でもバトルを行うと、その後、このカードは破棄される。
――――――――――――――――――
壊れやすいという制限付きだが、古代の黒魔術によってさらに強化。
【アルテミス】が身にまとっていた毛皮が黒く染まり、手足に紋章のようなものが浮かび上がる。
リンクカードを装備し終えた後でも、リンにはまだ余裕があった。
重量級の【タラスク】は頑丈だが、その巨体ゆえに方向転換すら間に合っていない。
「それじゃあ、もう1回! 【全世界終末戦争】!
4200を2倍にして、【アルテミス】が2600だから……
今度のは11000ダメージなんだけど、これでも耐えられそう?」
「無理に決まってるでしょおおおおおーーーーーっ!!」
女性が叫ぶ中、またしてもエリアの一角を焼き尽くす太陽。
最終兵器の火力は5桁というおかしな数字に達し、カウンターカードを使おうものなら8400ダメージがプレイヤーを粉砕する。
【タラスク】もろとも相手が消え去ったのを確認した後、リンは再び戦力を補強した。
「ふぅ~……すぐに次の準備をしなきゃ。
デッキのカードは全部引いちゃったし、これを使っておこうかな。
【食断ちの宣誓】!」
Cards―――――――――――――
【 食断ちの宣誓 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:永続効果。このカードの使用者がデッキからドローするカードは常に1枚減る。
このカードが存在している限り、使用者以外のプレイヤーはプロジェクトカードを発動できない。
すでに効果を発動しているプロジェクトがあった場合、上記の影響からは除外される。
――――――――――――――――――
ラヴィアンローズの世界にあるカードの中でも、特に過酷とされるデメリット。それが『ドローの減少』。
デッキから引けるカードが常に1枚減るため、実質的に補給線を失う。
多大な危険を犯すことで手に入れられる効果は、相手プレイヤーに対する一方的なプロジェクトカードの使用禁止。
こんなものを通常の決闘で使うのは難しいのだが、今はデメリットなど関係ない。
本来なら1戦ずつ勝ちを重ねて、その報酬として少しずつカードを引いていくはずなのに、リンは開始から6分で全て引ききってしまった。
なお、使用済みのカードを復活させる行為はドローではないため影響しない。
「イベントに参加してる人は、どんどん倒されて減っちゃうから急がなきゃ!
あっちのほうに人がいっぱいいるかな? よ~し、行くよ【アルテミス】!」
一方的なプロジェクトカードの禁止、カウンターカードに対する狙撃、何度でも使える最終兵器。
たとえ襲われたとしてもチンチラで回避できてしまうため、もはや誰にも止められない移動型砲台と化した月の女神。
ようやく相棒を活躍をさせられる舞台にやってきたリンは、無邪気に笑いながら群衆の中へと突っ込んでいくのだった。




