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第3話 エージェント・ハルカ

 究極の選択を迫られ、自分なりの決断を下したリン。

 しかし、その間に割って入ったのは久々の再会となるハルカであった。


「不正に作ったカードでプレイヤーを(だま)し、希少なレアカードを奪い取る手口。

 中学生を狙ったことも含めて、許されるものではありません!

 詐欺の現行犯として、あなたのアカウントを拘束します」


「拘束だと!? お前は、まさか……!」


 慌ててコンソールを操作し、テレポートで逃走を(はか)る男性。

 しかし、すでに身構えていたハルカは彼を逃さなかった。


凍結(フリーズ)ッ!」


「ぐわああぁ…………っ」


 彼女が宣言した瞬間、パキンッと乾いた音を立てて男性のアバターは停止。

 文字どおり氷漬けになったかのように、ピクリとも動かなくなる。


「うわぁ!? なんだ、なんだ!?」

「ちょっ……何してるの!?」


 大勢のプレイヤーで賑わう交流会の中、突如として起こった騒動。彫像のように凍結された男性の姿に、周囲から驚きの声が飛びかう。

 そんな人混みをかいくぐり、マイペースにふよふよと飛んできたのは、キツネの姿をしたマスコットであった。


「あ~、はいはい、ごめんなさい。ちょっと通してほしいのだ。

 エージェント・ハルカ、何かヤバい事件でも?」


「はい、不正なカードでトレードしようとした現行犯です。所持品をご確認ください」


「ふむふむ……【最終覚醒ファイナル・ウェイクアップ】だってぇ?

 あ~あ、こんなカードを作っちゃって、まったく!

 交流会はリアルタイムスキャンで保護されてるけど、たまにこういうのが入り込んでくるのだ」


 凍結された男性のアバターを解析し、所持しているカードを調べ上げるコンタロー。

 運営用の特殊なコンソールのようだが、キツネが科学的な機械を操作している姿は、なんとも不思議な光景だった。

 ひとしきり調べ終えた後、彼はどこからともなくメガホンを取り出して人々に告げる。


「あー、コホン! たった今、実装されていないカードを不正に持ち込んで、トレードしようとした人が凍結されたのだ。

 こういったカードを決闘(デュエル)で使おうとしてもプログラムエラーになるし、もちろん、やっちゃいけない悪質な犯罪行為!

 怪しいカードを見かけたり、条件が美味しすぎるトレードを持ちかけられたりしても、応じないように注意してほしいのだ」


「なにぃいい~~~~~~!?」

「マジかよ……ってことは、チーターか!」

「リンちゃんのカードを狙ったの? あの子、まだ10代の学生なのよ!」

「許せねえ! こういうことをするヤツは、ほんとクソだな!」


 説明が終わった直後、人だかりになっていたプレイヤーたちにどよめきが走る。

 楽しいはずの交換交流会に、カードを(だま)し取る詐欺師がまぎれ込んでいたのだ。

 凍結された男性に向けられる怒りの声。コンタローは彼の体を粒子化させ、どこかへ転送させてしまった。


「静粛に、静粛に! あとはボクたちに任せてね~!

 もしも、すでにトレードしてしまった方がいたら、サポート対応をするので相談してほしいのだ」


 こう見えてもコンタローはただのマスコットではなく、運営窓口を兼任している。

 被害にあったらしい何名かのプレイヤーが手を上げたところで、リンのそばにもユウとステラが駆けつけた。


「おい、リン! 大丈夫か!?」


「まさか、何か取られたんじゃ……!」


「ううん……危ないところだったけど、平気だよ。

 あの人、あたしの【全世界終末戦争エンド・オブ・ザ・ワールド】を狙ってきたんだ。

 もし、交換してたらと思うと……ううっ」


 どんなユニットでもスタックバーストできるという夢のようなカード。

 美味しい話に目がくらみ、希少なカードを手渡していたらどうなっていたのか。想像したリンの背筋にゾクッと寒気が走る。

 そんな彼女の隣へやってきたのは、いつもの優しい顔に戻ったハルカだった。


「すみません、落ち着いていないところで申し訳ないのですが。

 今回のことを立件するために、リンちゃんの証言をいただけませんか?」


「あ……はい、大丈夫です。ちょっと行ってくるね」


 少しの間、会場から離れてハルカと会話することになったリン。

 どのような言葉をかけられ、どんな風に(だま)そうとしてきたのかを全て証言し、詐欺の立件に力を貸した。


「ご協力、ありがとうございます。

 リンちゃんは未遂で済みましたけど、被害にあった方もいるようです。

 そちらのほうはコンタローさんが応じてくれているので、あとで話を聞きに行かないと」


「あの……ハルカさんって、警察の人だったんですか?」


「いいえ。これまで素性を隠していて申し訳ありません。

 私はサイバー・ガーディアン日本支部、ラヴィアンローズ担当総括のエージェント・ハルカです」


「サイバー・ガーディアン? エージェント・ハルカ?」


「エージェントは職務上の呼びかたなので、いつもどおりハルカで構いませんよ。

 警察ではなく、こういったVR空間を専門にしている国際警備組織の者です」


「はぁ……」


 突然聞かされたハルカの正体に、リンは唖然とするしかなかった。

 『サイバー・ガーディアン』は警察機構とは異なる新時代の警備組織。

 インターネットやVRの発展に伴うサイバー犯罪の多様化に対抗するため、2030年代になって設立された国際組織である。


 従来の警察と違う点は、企業と契約してプレイヤーの保護や犯罪の抑止を行っているということ。

 日本の警視庁にもサイバー犯罪対策課はあるが、さすがに仮想世界の片隅で起こっているような事件には手が届かず、広大なVRの中を巡回することもできない。

 そこでサイバー・ガーディアンが介入し、安全なプレイ環境を維持しているのだ。

 今回のような犯罪者やチート行為を行う者を”その場”で検挙できるため、仮想世界の治安は飛躍的に上昇したといわれている。


「私たちはウィルズ・カンパニーと契約して、この世界の治安維持に努めています。

 先ほどのような事件の防止と処理、日常的なパトロール、イベント会場や要人の警護もしているんですよ」


「イベントの警護……そっか! だから、あのとき選手じゃないのにハルカさんがいたんだ!」


「はい、『ファイターズ・サバイバル』でも、お仕事をしていました。

 大会上位の選手は貴重なレアカードを持った人ばかりなので、入念に警備していたんです。

 幸いなことに、私たちが出動するような大事件は一度も起こっていませんけどね」


 そう言って微笑むハルカの姿は、純白のコートも相まって神聖な守護者のように見えた。

 ラヴィアンローズの防衛システムは高水準だが、世界ひとつを創造してしまった以上、人の手で守らなければいけない部分もある。

 彼女たちが裏側で平和を支えてくれているからこそ、リンたちは思いっきり楽しむことができるのだ。


「じゃあ、ハルカさんはお仕事のために、この世界にいるんですね。

 すみません……何も知らないまま、ギルドに誘っちゃったりして」


「いえいえ、あのときはうれしかったですよ。

 リンちゃんとフレンドになったのも、私がそうしたいと思ったからですし。

 それより、さっきトレードを迫られたときの決断力は、さすがでしたね。

 こういう子が強くなるんだなって、納得させられちゃいました」


「え、ええ~~~? いやぁ、実はものすごく迷ってたんですよ。詐欺だなんて全然気付かなかったし。

 あんな人に狙われるなんて……あたし、前の大会で目立ちすぎちゃったのかも」


「そんなことはありません。

 大会で活躍して有名になった結果、犯罪に巻き込まれるだなんて、あってはならないことです。

 私たちガーディアンが、必ず皆さんをお守りすると約束します。

 だから、リンちゃんは何も考えずに活躍し続けてください。困ったことがあったら、頼ってくれていいですからね」


「(わぁ~……かっこいい……!)」


 守ると約束してくれたハルカの姿は、中学生の心に深く焼き付いた。

 この仮想世界が与えてくれる夢と希望のために、彼女たちのようなガーディアンが尽力している。


 きれいで優しいお姉さんから、かっこよくて頼もしい守護者へ。

 隠されていた正体を知ったことで、リンの中ではより一層、ハルカの存在が大きくなったのだった。



 ■ ■ ■



 やがて、リンは再び交流会に参加する。

 被害状況の確認や、運営側であるコンタローとの連携を取るため、ハルカは仕事に戻っていった。

 知らなかった彼女の一面を見たことで、リンは浮かれきっていたのだが――


「あっ、戻ってきたぞ!」


「リン! 大丈夫!?」


 彼女を待っていたのは、血相を変えて出迎えたギルドのメンバーたちだった。

 ユウとステラは交流会などそっちのけで待っていたらしく、山へ行ったはずの面々まで合流している。


「あ、あれ? クラウディアたちは、山にいるはずじゃ……」


「リンが事件に巻き込まれたっていうから、切り上げてこっちに来たのよ」


「詐欺に狙われて、レアカード取られかけたっちゅうんはホンマか!?」


「う、うん……まあ……トレードを断ったから無事だけど」


「それは何よりです!

 探索していたらステラ殿から連絡が入って、それはもう山頂から雪崩(アバランチ)が来たかのような大騒ぎで。

 ミッドガルドにいる場合じゃないと、慌てて駆けつけた次第であります」


「ええーっ、ほんとに大丈夫だって! 取られたものは何もないし!」


「その口ぶりからすると、実際に無事だったみたいね。

 それにしても、この会場に密造カードを持ち込むチーターがいるなんて」


「リンは(だま)されやすいからなぁ……あれだけ派手に最終兵器をぶっぱなしてたら、いろんな人の目についただろうし」


「うん……それは、ハル……警備の人とも話したんだけど、今後も気にせず活躍してくださいって言ってくれたんだ。

 安心して活躍できるようにするって約束してくれて」


「さっき一緒にいたお姉さんですね。すごくきれいな方でした」


 リンの無事を知って一同も安堵したのか、次第に笑顔が広がっていく。

 突然のことで驚いてしまったが、もしも仲間が悪人に襲われかけたと知ったら、リンも躊躇せずに駆けつけていただろう。

 【鉄血の翼】の絆は、今や飾る言葉すら不要なほど厚いのだ。


「まあ、何事もなかったんなら、それでええ。

 せっかく交流会に来たことやし、みんなで見て回ろか」


「いいですな! もっとも、わたしには出せる三ツ星のカードがないのですが……」


「大丈夫、大丈夫! あたしだって最初はレア無しで参加したけど、トレードしてくれる人はいたから」


 そのトレード相手こそが先ほどのハルカであった。

 電脳世界を守るガーディアンが、レアカードを持っていない中学生の女の子を見かけて、つい優しくしてあげたくなった――と。

 そんな感じの始まりだったのかもしれないが、縁は異なもの味なもの。


 思わぬ事件に巻き込まれながらも、メンバーたちは残された時間で交流会に参加して、何枚かの新しいカードを獲得する。

 そして、リンも――今度は善良なトレード相手と巡り会い、無事に★3同士の交換を果たしたのだった。

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