第2話 久しぶりの交換交流会
「みんな~、こんにちはなのだ~!
今日は月に一度の交換交流会なのだ!
参加者の皆さんはルールを守って楽しくトレードしてほしいのだ」
数日後、日本ワールドのマスコットであるコンタローが挨拶する中、定例の交換交流会が開催された。
プレイヤー間のカード交換、いわゆるトレードができるのはフレンド登録をした相手だけ。
しかし、この交流会では自由なトレードが可能になっており、中央公園はたくさんのプレイヤーで賑わっていた。
「さっそく最初の1枚、トレードありがとうございます」
「ううん、あたしも良いカードをもらえて助かったよ」
まずは友人間でカードを交換したリンとステラ。
結局、例のグロテスクな宇宙怪物【ユゴス星の菌類】はステラの手に渡り、トレードを終えたリンは新しい★2のカードを獲得した。
Cards―――――――――――――
【 受け継がれし竜の伝説 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:破棄された【タイプ:竜】のユニットカード1枚を使用者の手札に戻す。
自分のフィールドに【タイプ:竜】または【タイプ:神】のユニットがいる場合のみ、回収したカードを召喚に使用することが可能。
この行動は通常の召喚に含まれない。
――――――――――――――――――
「すごく制約がきついカードですけど、リンのデッキなら使えるかもしれません」
「プリンセスちゃんが出てるなら、竜は1体でも多いほうがいいからね」
「竜ユニットを破棄することが前提って、さすがに後ろ向きすぎるだろ」
使える状況が限定的すぎるカードを見て、兄のユウは冷やかし混じりに笑っていた。
ユニット1体を復活させるだけなのに、とんだ手間ひまだ。
無条件で復活できる【リザレクション】や【幽門桜】が★3レアなのも、今なら納得できる。
この日、会場に来ているのは以上の3名。
ソニアは山岳で2体目のグリフォン捕獲に挑戦しており、サクヤとクラウディアはそちらに同行した。
「それにしても、交流会か~。こうしてリンと一緒に来ると、数ヶ月前を思い出すな」
「そうだね。でも、今回はあたしにも交換用のレアカードがある!
あのときと違って、堂々とメッセージを見せられるよ!」
初めて来たとき、リンが掲げていたメッセージは『レアなし、★1か★2でお願いします』などという、とても肩身の狭いものだった。
しかし、今は『レア1枚だけあります!』と、少し強気なものに変わっている。
「俺は『昆虫ユニット希望』にしておくか。すっかり昆虫使いになっちまったぜ。
思えば、あのとき交流会でゲットした【バスタービートル】が全ての始まりだったな」
「兄貴さぁ、あの真っ黒ビーストは使ってあげてるの?
4ヶ月くらい前から見てないんだけど、もう手放しちゃった?」
「んなわけねえだろ! あいつはお前にとっての女神さまと同じくらい、俺の大事な相棒なんだよ!
まあ……今はルームの中でゴロゴロしてるが」
「ああ、やっぱり使ってないんだ……」
ユウは元々、動物のデッキをメインに使っていたが、最近は昆虫に傾倒しつつある。
かくいうリンも水棲から竜に乗り換えている最中なので、あまり人のことは言えない。
「それでは、解散して2時間後に合流しましょう。良いトレードができるように健闘をお祈りします」
「りょうか~い、また後で!」
かくしてメンバーは会場内に散り、トレード相手を探し始めた。
ちょっとしたお祭りのような規模なので、そこらじゅうにプレイヤーがいる。
リンは前回と違ってトレード用の★3を持っているが、変わった点がもうひとつ。
「あの子、リンちゃんじゃない?」
「おお~、『大物殺し』が来てるのか!」
「生で見ると、中学生って感じがよく分かるなあ」
先の大会で成果を上げたことにより、リンの知名度は急上昇。
日本サーバー3位に躍り出た期待の新人は、ただそこにいるだけで人目を引く。
「すみませ~ん、カードを見せてもらってもいいですか?」
「はいは~い」
「あぁ、これかぁ……」
このように声をかけてくれる人も多いのだが、なかなかトレードが成立しない。【戦線補給契約】は万人向けではないため、かなり使う人を選ぶ。
しかし、裏を返せばリンのカードを欲しがるプレイヤーは人間デッキの使い手。
相応の経験者で、豊富なカード資産を持っているはずだ。
「(緊張するな~……まだまだ時間はあるんだし、焦らずにいこう)」
「ちょっといいかい?」
「は~い、何でしょう?」
やがて、声をかけてきたのは青年の男性プレイヤー。中折れ帽にメガネと、知的でおしゃれな服装だ。
「キミはリンちゃんだよね? この前の大会で活躍した」
「あ、はい……そのリンです」
「実はキミに見せたいカードがあるんだ。びっくりすると思うけど、あまり大声を出さないでくれよ」
そう言いながら、1枚のカードをこっそりと見せてきた男性。
騒いではいけないと釘を刺されていたが、リンの口から思わず声が漏れてしまう。
Cards―――――――――――――
【 最終覚醒 】
クラス:レア★★★ プロジェクトカード
効果:目標のユニット1体が持つスタックバースト効果を発動させる。
この効果によって2回以上の発動が可能になり、上限を超えて3回目を発動させることができる。
――――――――――――――――――
「え……えええええええええ~~~~~っ!?」
「シーッ、このカードは実装されたばかりで知らない人が多いんだ。
こんなところでバレたら大騒ぎになるぞ」
「す、すみません……でも、ヤバくないですか?」
「そう、ヤバいんだよ。こいつがあれば、どんなユニットでもスタックバーストできる」
入手が難しい★3レア、あるいは謎が多い【プリンセス・ドレイク】。
果てには実質的にバーストが封印されている★4スーパレアまで、あらゆるユニットが真価を発揮できてしまう。
さらには3回目の発動も可能という限界突破のおまけ付き。
【パワード・スピノサウルス】や【ブリード・ワイバーン】など、これまで以上に輝くユニットが何体も思い浮かぶ。
まさに、これまでの常識をひっくり返す1枚だ。
夢のようなレアカードを見せられ、リンはただ目を丸くするばかりだった。
「キミなら、これを使いこなせるんじゃないかと思ってね。どうだろう?」
「どうもこうも、欲しいに決まってますよ!
ただ……あたしが出せるカードとは釣りあわないかもです」
「ふむ、どれどれ」
リンは男性に【戦線補給契約】を見せたが、彼の反応はいまいち良くない。
人間タイプ限定でデッキを強化するカードと、どんなユニットでもバーストできてしまうカード。さすがに1枚ずつでは釣りあわないだろうと、なんとなくリンも察していた。
「なるほど、そのカードじゃ厳しいな……でも、このトレードを成立させる方法はあるよ」
「え? 今日はこのカードしか持ってないんですけど」
「いや、あるだろう? あんなに大勢の人が見たんだ――キミが持っている最終兵器を」
「!?」
たしかに、あのカードがあれば成立する。
これまで幾度もリンに勝利を与え、あるいは敗北をもたらしてきた最終兵器。
どんなユニットでもスタックバーストできる夢の★3レアだが、あれを差し出せば対価としては十分だ。
「で、でも、あのカードは……!」
「そう簡単には出せないのも分かる。
リアルの世界なら、厳重に保管されてショーケースに収められているようなカードだからね。
ただ、【最終覚醒】の存在が明るみになれば、どれだけ高騰するのかは分かるだろう?」
「そう……ですよね。それが1枚あるだけでも、戦いかたがガラッと変わりそうですし」
「これは滅多にないチャンスなんだ。最初で最後かもしれないから、どうか慎重に考えて欲しい」
「う、うぅ……うううう~~~~~~~っ!」
リン、ここに来て究極の選択を迫られる。
幾多の強敵を焼き滅ぼしてきた【全世界終末戦争】か、あるいはユニットに新たな力を与える1枚か。
どちらか片方が手元に残り、もう片方は二度と手に入らないほど希少価値が高い。
決闘で苦境に立たされたとき以上に、リンは奥歯を噛みしめて悩んだ。
そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、最終兵器を発動させたときの色々な場面。
驚愕に染まったプロセルピナやアリサの顔、ミッドガルドで対峙した巨大な肉食恐竜たち、サクヤに撃ち返されて光に包まれた瞬間。
その全てが、今やリンの歩んできた道として刻まれている。
デッキのカードを愛する彼女だからこそ、スタックバーストという新たな可能性をユニットに与えて共に戦いたいと願うのだが。
しかし――より大きな気持ちで、こう思うのだ。
かの最終兵器もまた、愛すべきデッキの一部なのではないかと。
「う……くうぅ……ごめんなさいっ!
あたしにとって、あのカードはとても大事なんです。
すごく悩ましいトレードですけど、やっぱり出せません!」
「そうか……それは残念だ。
後で気が変わっても、そのときには他の人と交換して無くなってるかもしれない。恨まないでくれよ」
「………………」
男性は中折れ帽のつばを指先で下げ、コンソールを操作して【最終覚醒】を収納する。
もう二度と見ることがないであろう夢の★3レアは、リンの前から姿を消そうとしていた。
「(これで良かったのかな……せっかく、【アルテミス】をバーストさせる方法が見つかったのに)」
ただでさえ選ばれた者しか所有していないスーパーレアを、2枚持つことなど不可能に近い。
この機を逃せば、おそらく次のチャンスはないだろう。
だが、リンは自分の決断を信じていた。
どんな苦境に陥っても彼女自身の意志で道を決め、これまで勝ち抜いてきたのだ。
――と、今まさに男性が去ろうとする直前で。
「トレードしなくて正解ですよ、リンちゃん」
「え……?」
急に横から声をかけてきた女性が2人の前へと現れる。
真っ白なロングコートに、あこがれてしまうほど美しい顔立ち。
いつも会うたびに優しくしてくれる大人の女性――ハルカは、珍しく厳しい表情で男性を睨みつけていた。
「【最終覚醒】、そんなカードは実装されていないんです。
従来の方法以外でスタックバーストはできません。
つまり、そのカードは不正なプログラムで作られた偽物です!」
「うえええっ? ウソでしょおおおおおおーーーーーっ!?」
「チッ!」
驚きながら後ざするリンと、態度を変えて舌打ちする男性。
またしても、予想外の波乱が彼女に降りかかろうとしていた。




