第20話 深き森の魔女 その5
【 リン 】 ライフ:4000
ガラクタコロガシ
攻撃400(+300)/防御1400
装備:汎用アタッチメント・ブレード
ブリード・ワイバーン《成長1回/バースト2回》
攻撃2400/防御2400
【 ステラ 】 ライフ:1800
ダークネス・ゲンガー《成長1回》
攻撃600(+2800)/防御600(+1000)
装備:魔導書『ネクロノミコン』
土星猫《ダークネス・ゲンガーと融合中》
攻撃1000/防御1000
トリック・デーモン
攻撃(2200)/防御200
装備:調停者のガベル
全てのカードを使い切ったステラは、緊張を解きほぐすかのように息をつく。
「ふぅ~、やっと攻撃するところまで来ました。
途中で手札を狂わされたので、計算するのが大変でしたけど。
これでリンを仕留められますね」
「いや~、ほんと……すごい。
こんな戦いかたをするとは思わなかったよ」
「ああ……強いな。
カードの強さだけじゃない。
精密なライフの計算が必要になるコンボを、戦いながら完成させたんだ」
アタッカーとなる宇宙ワイバーンを育て上げ、驚異的な貫通ダメージを叩き出す小悪魔を配置する。
手札を狂わされたとは思えないほど、全てのカードが見事に噛みあっていた。
攻撃を受けて劣勢に立たされ、ライフの変動がありながらも冷静に計算して反撃に持ち込む。
一体どれだけの修羅場を経験すれば、こんなプレイヤーになれるのだろうか。
「それじゃあ、いきます……最後の一撃!
【ダークネス・ゲンガー】、攻撃宣言です!」
「キシャォオオオーーーーーーッ!!」
攻撃指令を受けた直後、漆黒の宇宙ワイバーンは空中に飛び上がり、体を縦に1回転させた。
その口に青白いエネルギーが収縮していき、空からフィールドに向かって破壊的なブレスを撃ち込んでくる。
ドン、ドン、ドンと光の連弾が3発。
リンのワイバーンが赤熱する光線なら、こちらは宇宙から降り注ぐ隕石。
強烈な破壊力を見せつける空襲は、まさにファイナルアタックという名の厄災だった。
「【ガラクタコロガシ】でガード!
手札からカウンターカード、【タクティカル・ディフェンス】を発動!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
「おおっ、そいつを持ってたか!」
見覚えのあるカードに反応したユウ。
彼にとっては苦い敗北の思い出だが、リンクカードを多用するデッキにとっては強力なカウンターだ。
【汎用アタッチメント・ブレード】の攻撃ステータスを防御に回し、【ガラクタコロガシ】は爆散しながらも主人への貫通ダメージを軽減する。
――が、リンの背後に怪しい影が迫っていた。
貫通ダメージが発生したことにより、【トリック・デーモン】の能力が発動。
『ニシシッ☆』と笑う小悪魔が、持っていたガベルでリンの頭を叩く。
「あ~っ! この……痛くないけど、このぉ~っ!」
ポカポカと可愛らしく殴る小悪魔だが、そのダメージは2200。
宇宙ワイバーンの隕石よりも、数字の上ではこっちのほうが痛いという理不尽さだ。
やがて空襲が終わると、漆黒のワイバーンは垂直に急降下し、ズシャアッと土煙を上げて着地する。
激しい攻撃で遺跡の一部が吹き飛び、周囲の植物も荒れてしまったが、ステラは惨状に目を向けることもなく正面を見つめた。
VRだから気にしないというわけではない。
魔女の向かい側に立つ対戦者に、まだ戦う意志と権利が残っていたからだ。
『リン、残りライフ100』
「くっ……仕留めきれませんでしたか……残念です」
「よおぉ~し、生き残ったあぁ!」
リンが使ったカウンターカードは、まさに起死回生の1枚。
兄と戦ったときと同じく残りライフ100で踏みとどまったが、今回は自分のプレイングで命をつなげたのである。
ほんの一歩の成長だが、リンは戦いで学習したことを活かしていた。
「しくじりましたね……相手の手札をもっと警戒しておくべきでした。
私はこれでターンエンド」
「じゃあ、あたしのターン! ドロー!
そして――【ブリード・ワイバーン】、最後の成長!」
長かったステラのターンが終わり、ようやくリンのターン。
フィールドで成長し続けたワイバーンが、ついに究極の境地へと至る。
【ブリード・ワイバーン】は元々の効果で2回成長。
そして、スタックバーストで首が3本まで増えるという、とてもユニークな能力のカードだ。
「ゴガァアアアアーーーーーッ!」
「グルルルルルッ!」
「オオオオオーーーーーン!」
天に向かって3つの口で咆哮しながら、ワイバーンは翼長15mほどにまで大型化。
竜としては小柄だが、それでも4階建てのビルくらいはある。
鱗はより厚く強靭に、顔つきは凛々しく勇猛に。
真紅の体からは熱気がゆらめき、火の粉のようなキラキラとした粒子を身にまとう。
これが最後まで育ちきった姿。
プレイヤーの間では『三頭最終形態』と呼ばれる究極のワイバーンである。
「うひゃはぁあ~! かぁっこいい~~~!!」
「とうとう完成させやがった!
【ブリード・ワイバーン】の最終形態……俺も生で見るのは初めてだが。
しかし、なんて声上げてんだ、妹よ。
そんなにワイバーンが好きだとは思わなかったぞ」
「だって、子供の状態から手塩にかけて育てた子だよ?
こんなに立派になってくれて、お母さんはうれしいよ!」
「お前が産んだわけじゃねーだろ!」
リンも大はしゃぎの巨大ユニット。
神竜のごとく圧倒的な力を身につけ、そのステータスは圧巻の攻防4800。
もはや★4スーパーレアですら、この竜を止めることはできないのだが――
「それじゃあ、晴れの舞台だしフンパツしちゃおう!
手札からリンクカードを装着!」
「なっ!? そのカードは……!」
Cards―――――――――――――
【 バイオニック・アーマー 】
クラス:アンコモン★★ リンクカード
効果:装備されているユニットに防御+500。このカードが取り除かれたとき、ターン終了までユニットに攻撃+500。
――――――――――――――――――
トレードによって兄からもらった装備品。
どんなものかまったく分からないリンだったが、ここでダメ押しに発動させた。
ワイバーンの周囲に現れた装甲パーツが全身を覆い、ガキンガキンと金属音を立てながら装着されていく。
3つの頭から尻尾までが頑丈なプロテクターによって保護され、プラチナメタルと真紅の竜鱗が入り交じる。
そうして出来上がったのは防御力5300の生ける要塞。
この状態に名を付けるなら『機械装甲三頭最終形態』というべきだろうか。
「えっと、あの……そ、そこまでやります……?」
「いや~、そんな宇宙生物を従えてるステラが言うことかなぁ」
片や異形と化した邪悪な宇宙ワイバーン。
片や古参のプレイヤーが見たら『やりすぎ』と言うであろう三頭装甲ワイバーン。
VRによる大迫力な戦いが可能になったとはいえ、これはもう怪獣映画そのものだ。
少女たちに従って睨みあうワイバーンたちは一触即発。
まさしく最終決戦の様相を呈していた。
「それじゃあ、いっくよー!
【ブリード・ワイバーン】、攻撃宣言!」
前のターンと同様、三頭ワイバーンの胴体が炉心のように赤熱する。
その熱に反応して機械装甲が起動し、パーツの一部が赤い光を放った。
グオングオンと機械音を立てながら、パーツの光は首の付け根を起点にして、下から上へと順に灯っていく。
そして、3つの口に達した膨大な熱エネルギーが収縮。レーザー光線のような奔流となって放たれた。
「【トリック・デーモン】でガード!」
3本の破壊的なレーザーに襲われたステラの陣営だが、小悪魔が前に出て『ザンネン☆』と書かれた看板を取り出す。
直後、悪魔は煙幕のように白い煙を撒き散らしながら消え、目標を見失ったレーザーはフィールドから外れて森の木々を焼き尽くしていった。
これが【トリック・デーモン】の能力。
ガードしたときに相手の攻撃を妨害することで、貫通ダメージを無効化する。
しっかりと全ての役目をこなし、もはや攻撃力をゼロにするだけになった【調停者のガベル】ごと、小悪魔はきれいに退場した。
「くぅうう~っ、かっこいい攻撃だったのに!
あの悪魔、最後の最後まで~!」
「優秀な子たちです。そう簡単に、やらせはしません」
「うぅ……あたしは、これでターンエンド」
「では、私のターン。ドロー!
リンの手札は1枚ですか……私も同じですけど。
とりあえず、こっちも成長させてもらいますね」
後攻であるため遅れを取っていたが、ステラ側の宇宙ワイバーンも最終形態に至る。
三頭ワイバーンに匹敵するほど大型になり、翼は刃物のように鋭く、体の一部に結晶体のようなものが生えてきて怪しく発光した。
リンの陣営で正当な竜が育った一方、もはやこちらは混沌の世界から来た悪魔。
両目がないぶん、大きく裂けた口が恐ろしさを増している。
「おおおお~、すっげ~!」
「え? 兄貴的には、あっちのほうが好きなの?」
「そうじゃなくて、SS撮ってアップしたら通知が止まらねーんだよ!」
「ちょっと! なに勝手に写真撮ってんの、も~!」
「あはは……見ごたえがありますよね、これは。
撮ってもらっても私は構いません」
なかなか見ることができない【ブリード・ワイバーン】の三頭最終形態に【バイオニック・アーマー】を装備。
その対戦相手はワイバーンを【ダークネス・ゲンガー】でコピーし、宇宙生物へと変貌させた。
そんな見どころ満載の戦いをやってみせたのが、中学生の女の子2人。
しかも、ルーム内で行っているプライベート・デュエルというのだから話題性は十分である。
「さて、私の手番ですが……
ここで残念なお知らせをしなければいけません。
前のターンで重大なプレイングミスをしてしまいました」
「え……?」
さあこれからだというときに、ステラから突然の自白。
あんな怒涛の攻撃をしておきながら、一体どこにミスがあったのかと、リンは首をかしげるばかりだった。