第20話 オフ会の終わり
「いや~、あれは無理だって。お城に近付いたらダメなんて分からないよ」
VRバイザーを外して起き上がった4人は、まさかのゲームオーバーに苦笑していた。
あの場所は初見殺しで、一定以上まで城に近寄るとネームドモンスターに襲われる。
初めて行ったリンたちに、そんなことなど分かるはずがない。
「2人とも、知ってて黙ってたね?」
「余計なことは言わない主義なのよ」
「私もあそこで一度やられたことがあります。連れて行ってくれたのはサクヤさんでした」
経験者たちが初見殺しを黙っていたのは、ゲーム界隈での暗黙の了解といえる。
よかれと思って教えてしまうと、初心者にとって一度しかない貴重な機会を潰しかねない。
それはリンにも分かり始めているので、まんまと引っかかったことを恥ずかしがりながらも笑っていた。
「大変な目にあったのですが……でも、楽しかったし、新しい眷属も増えたのです!」
「そうだね、山のモンスターも色々いて面白かったな~」
モンスターを倒して入手したカードは、この日だけで6枚にのぼる。
リンは【レイヴン・ワイバーン】3枚と【リンドブルム】で竜ユニットを大幅に強化。
ソニアは【ディモルフォドン】1枚だけだが、明日からも単独でグリフォンを追いかけて山へ通う。
そして、ステラは新規追加の★3レア【ナイアーラホテップ】を入手という大収穫。
「こうして合宿を企画してくれたホストだし、今回のMVPはステラかしら」
「1発でレアをゲットしたのはすごいよね! この合宿も、ほんとに楽しかったしさ」
「わたしのような年少の者にも声をかけていただき、至極感謝であります!」
「そんな……ちょうど親の出張と週末が重なっただけなので。
楽しんでもらえたなら、私もすごくうれしいです」
充実した時間が過ぎるのは早いもの。現実世界に戻ってみると、すでに陽は西に傾きつつあった。
なぜか野放しになっていた実験体や、財宝が眠るドワーフの古城など、気になる課題を残しながらも成果を得た4人。
色々あった合宿が終わり、やがて別れのときがやってくる。
「あ、ソニアちゃん。帰る前に受け取ってほしいものがあります」
「そうそう、あたしも用意しておいたんだよね~」
「え? 何かいただけるのです?」
笑いあうリンとステラが、ソニアのために用意しておいたもの。
それは贈り物用の包装紙とリボンで飾られたプレゼントであった。
「かなり遅くなってしまいましたけど――11歳のお誕生日、おめでとうございます」
「おめでと~!」
「なっ!? なんと、まさかリアルでプレゼントを?」
「うん、ステラと話しあって決めたんだ。ちゃんとお祝いしてあげようって」
初めてソニアがギルドに来たとき、彼女はまだ10歳だった。しかし、この数ヶ月の間に誕生日を迎えている。
一応、ラヴィアンローズの中でもアイテムを贈ったりしたのだが、良い機会なので改めて祝う計画を建てたのだ。
「2人とも……悪いわね、気を遣わせてしまって」
「いえ、私たちだけじゃないんです。サクヤさんに話したら、わざわざ私の家に宅配で送ってくれて」
「ウチの兄貴のぶんは、あたしが預かってきたからね。はいっ、これが全員からの贈り物だよ」
そうして、ソニアに渡された4つのプレゼント。
ここに来ていないメンバーたちも含め、ギルドの全員が祝福してくれている。
それらは、もはや小学生の腕では抱えきれないほどの量になり、驚きで震えるソニアの前に並ぶことになった。
「お、おお、お姉さま、お姉さま!
このような、”いっしゅくいっぱん”どころではない多大なる恩義!
わたしは何をどのようにすれば……!?」
「落ち着きなさい、それだけあなたが愛されているということよ。
みんな、本当にありがとう。サクヤとユウにもお礼を伝えておくわ」
「クラウディアの前で言うのも何ですけど、ソニアちゃんは私たちみんなの妹ですからね」
「うんうん、いつも明るくて元気なソニアちゃんがいるおかげで、あたしたちも毎日楽しいんだ~」
サプライズなプレゼントという形になったが、この日、ソニアにはメンバー全員からの惜しみない愛情が注がれた。
そのことに深く感謝し、目を細めて微笑む姉のクラウディア。
冒険や決闘だけではない。ギルドの皆が一丸となって絆を深められる方法は、リアルの世界にだってあるのだ。
■ ■ ■
「私たちは車を呼んだけれど、リンも乗っていく?」
「大丈夫、ここからだと家の近くまで行くバスがあるし」
「そう、会えてよかったわ」
「あたしもだよ! ソニアちゃんにも会えてよかった!」
「こんなにたくさんの贈り物、本当に感謝感激なのです」
「気を付けて帰ってくださいね」
大きな紙の手提げ袋を用意してもらい、満面の笑顔でプレゼントを持ち帰るソニア。
日曜の夕暮れどきということもあり、客足で賑わうマンション周辺の商業施設。その人混みを抜けて車道のところまで歩いた4人は、別れ際に語りあっていた。
「やっぱり、1泊2日じゃ物足りないよ~」
「そうですね、また機会があったらオフ会しましょう」
「短いけれど楽しませてもらったわ。ありがとう、ステラ、リン。
プレゼントの件も含めて、本当に……言葉では伝えきれないくらい」
「この恩は、いつか必ずお返しするのです!」
「そんなに深く受け止めなくてもいいって。
次に会うのはラヴィアンローズの中だけど、いつもどおりで大丈夫だよ。
むしろ、あたしがお世話になってるんだし、これからもよろしくってことで」
別れは名残惜しいが、すぐにVRで会える。そう思うと、寂しさよりもうれしい気分が湧き上がってきた。
しばらく談笑していると、明らかに高級そうな車が走ってきて目の前で停まる。
リンは絶対に黒塗りのベンツだろうと思っていたが、実際に来たのは2033年モデルのレクサスであった。
この時代になるとガソリン車は廃止され、もはや昔の映像でしか見ることがない。
姉妹を迎えに来たのも、EVによる未来的なモーター音が響く電気自動車。当然のように運転手付き。
先にクラウディアが後部座席に乗り込み、別れ際にソニアが少しだけ言葉を残す。
「それでは、またVRの世界で!」
「うん、また後でね」
「実を言うと、みなさんに会う前……お姉さまはすごく緊張していたのですが、今は本当に楽しそうで。
それも含めて、ありがとう! です!」
「え……?」
きょとんとした顔で聞き返したリンだが、ソニアはプレゼントの袋を抱えて車に乗り込み、窓越しに手を振りながら去っていく。
それを見送る2人は、思いがけない言葉に首をかしげていた。
「クラウディア……緊張してたんだ」
「全然そんな風には見えませんでしたね。いつもと同じようにクールで、完璧で……」
「でも、案外無理をしてたのかもしれないよ?
初めてのオフ会で緊張しちゃって、わざわざ高級なお菓子とか買ってきたりしてさ」
「そうかもしれませんね。微塵もそれを感じさせなかったのは、やっぱりすごいですけど」
あの完璧なクラウディアが何を思ってオフ会に挑んでいたのか、それを知るのは妹だけなのだろう。
風呂で裸のお付き合いをしたリンですら、彼女については知らないことのほうが多い。
「あたしはさ、将来のことなんて全然考えてなかったけど。
でも、少しは自分なりに考えてみるよ。
クラウディアに、ステラに、ソニアちゃん、あとはサクヤ先輩とウチの兄貴。
みんな、すごくいい仲間だから……ずっと一緒にいたいって思う」
「同感です。クラウディアとお友達になれたのは本当に奇跡ですよ。
この先もついていくのは、大変だと思いますけど」
「だったら、全力で追いかけよう! そのほうが絶対面白いって!
あんなすごい子、滅多にいないんだから」
「ふふふっ、たしかにそうですね。
それじゃあ、まずは明日からのテストを頑張りましょうか」
「うんっ、この合宿で勉強も完璧! やるぞーーーっ!!」
夕暮れの空に向かって元気よく拳を突き上げたリン。
元から成績は良いほうだったのだが、そこに意志が伴ったことで力が増す。
クラウディアはすでに、一般的な中学生よりも先に進もうとしているのだ。
その背中を追いかけると決めたリンは、未来に向かって全力で走り出したのだった。




