第16話 デンジャラス・ゾーン その3
「プリンセスちゃん1枚と、ちっちゃいほうのワイバーン3枚、中くらいのワイバーン3枚、アロさん1枚。
【アルテミス】が1枚と、【エクシード・ユニオン】も1枚。
う~ん、安定しないなぁ~……装備させるための★1も入ってくるし」
他のメンバーには聞こえない程度の小声で、指を折って計算しながら歩くリン。
彼女のデッキは基盤が整いつつあるが、致命的な問題として1枚しかないカードが多すぎる。
アロサウルスの枚数を増やすことも視野に入れつつ、もう少し手駒が欲しいところだ。
「いっそ、ハイランダーデッキに……いやいや、今のあたしにアレを使いこなせる自信はないって」
「リン、考え込むのもいいけれど、警戒しないと危ないわよ」
「ああ、うん。ずいぶん登ってきたみたいだね。
ここは、どのあたり――」
言いながら顔を上げたリンの口から、思わずため息が漏れた。
山の斜面に広がる自然の花園。リンドウなどの高山植物が咲き乱れ、環境が過酷なはずの地面を覆い尽くしている。
花の上をヒラヒラと舞う蝶も美しく、竜が棲む危険区域とは思えない静けさだ。
「へぇ~、こんな場所もあるんだ」
「【レイヴン・ワイバーン】の巣を越えた人だけが見られる、秘密の花園ですね。
ガーデニング用のアイテムがあると、お花を採取して自室に植えたりできるんです」
「ステラのルームなら、そういうのは似合いそうだね。
前にもらったハイビスカスは、浜辺できれいに咲いてるよ」
一時的な平穏を得たリンだが、ここは先ほどの中型ワイバーンの巣から、さらに高いところへと登る道。
のんびりお茶を飲む余裕などなく、さっそくソニアが何かを発見する。
「んん~? グリフォンではないようですが、低速で飛翔する魔物を発見せり!」
「どこどこ? って、あれか~……ソニアちゃん、かなり目がいいよね」
「この世界では、肉体的な視力なんて関係ないのよ。視野の広さや観察力の問題ね」
「ちなみにリアルでは両方2.0! です!」
そんなことを話しているうちに上空から影が近付き、徐々にその正体を明らかにしていった。
が……分からない。
たしかに姿は見えるのだが、その生物を何と形容すればよいのか、彼女たちは適する言葉を持たない。
「あれは竜……じゃないような」
「飛行といえば、飛行ですけど……」
「虫……? イカ……?」
何種類かの昆虫や動物、ドラゴン、そして海洋生物をバラバラに分解し、混ぜてから固めたようなモンスター。
生物兵器の研究所から逃げ出してしまったかのような”それ”は、アンデッドドラゴンのごとく穴が空いた4枚の翼で飛んでいた。
「キュラオオオオオオーーーーーーーーーッ!!」
Enemy―――――――――――――
【 実験体M-16号 ”ナイアーラホテップ” 】
クラス:レア★★★ タイプ:人間
攻撃7200/HP6600/敏捷70
効果:このモンスターは動物、植物、飛行、竜、水棲、昆虫の【タイプ】を持つ。
スタックバースト【禁断の生命】:永続:このモンスターの攻撃と防御が『所有する【タイプ】×300』上昇する。
――――――――――――――――――
「とんでもねえバケモノが飛んでやがるですーーーー!!」
「いや、待って……ちょっと待って! ここ、ドラゴンの山だよね!?」
「どうして、あんなグロテスクな怪物がいるのかしら……私も初めて見たわ」
「複数のタイプを持つ野生モンスターですか。
もしかしたら、5周年のアップデートで追加された新種かもしれません。
これまで野生にはいなかった【人間】タイプですし」
「正直、タイプの部分が一番えぐいよ……」
青ざめながら空を見上げる3人と、ひとりだけ平気な顔で観察するステラ。
ムカデのように長い怪物の体からは、昆虫のものと思われる節足や、タコやイカの触手、人間に近い5本指の腕などが生えている。
ハエトリ草を思わせる頭部は大きく上下に開き、何本もの舌が粘液を垂らしながら口内でうごめく。
まさしく、禁断の生命。
どこかの愚かな天才が創り出してしまった『這い寄る混沌』。
見ているだけでも発狂してしまいそうな怪物は、その悲惨さを強調するかのように【神】タイプを持たない。
これだけ生命を冒涜しておきながら、神にも悪魔にもなれなかったのだ。
「すごいモンスターと出会えましたね! 竜と飛行、両方のタイプを持ってますけど、誰が戦いますか?」
「いや、あの……あたしはいいよ……アレが強いのは分かるけど、ほんとごめん……無理」
「わ……わたしの空軍にいても解釈違いというか、コンセプトがおかしな方向になりそうなので……今回はステラ殿に戦ってほしいです」
「私も異論はないわ……むしろ、ステラにしか戦えないわよ。あんなもの」
「そうでしょうか? 【オボロカヅチ】の飛行特効が刺さると思うのですが」
そうこうしているうちに、実験体M-16号はゆっくりと空から降りてくる。
リンとソニアは戦う意志を見せず、クラウディアは現実逃避をするかのように高山植物の花園を眺めていた。
「じゃあ、私が戦いますね。ユニット召喚――【バイコーン】!」
Cards―――――――――――――
【 バイコーン 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:悪魔
攻撃1400/防御1200/敏捷140
効果:このユニットに与えられた強化効果は、全て攻撃ステータスに加算される。
スタックバースト【穢れし双角】:永続:このユニットの攻撃は回避および無効化ができない。
――――――――――――――――――
前進したステラは魔女の杖を操り、地面の魔法陣から1体のユニットを召喚する。
頭の左右から鋭利な角を生やした黒いウマ。
聖なるユニコーンと対を成す暗黒の幻獣、【バイコーン】が天に向かっていななく。
「ヴヒヒヒヒヒーーーーン!」
「あ、初めて見るユニットだ。タイプは悪魔かぁ」
「さっき牧場でお見せしようかと思ったのですが、この子はけっこう気難しくて」
姿こそウマだが、闇に属する魔物。両目は爛々と赤く輝き、荒い鼻息が攻撃的な気性を物語っている。
火力寄りのステータスやスキル構成ではあるものの、それでも★2アンコモン。あの怪物と戦うには、少々戦力が足りていないように思えるのだが。
しかし、ここで事前の準備は時間切れ。
地上すれすれまで降りてきた【ナイアーラホテップ】が、喉の奥から高音の叫び声を上げてステラを威嚇する。
「キュルルルルラララララララララッ!」
「近くで見ると、かなり迫力がありますね……ですが、私のほうが先攻。ユニットをもう1体召喚!
リン、お借りしますよ」
「へっ? あたし?」
「召喚するのは【ダークネス・ゲンガー】!
コピーする対象は――【プリンセス・ドレイク】!」




