第15話 デンジャラス・ゾーン その2
飛んで火にいる夏の虫という言葉がある。
やってはいけない、あるいは行くべきではない物事など、この世のあちこちに転がっているだろう。
しかし、リンは挑まなければならなかった。
竜タイプのデッキを完成させるためには、竜を捕まえに行くのが手っ取り早い。
「うわぁ……もう、見た目がヤバイって」
ワイバーンが棲んでいる場所は、恐ろしく切り立った崖の上。
まさに断崖絶壁すれすれに巣を作り、数匹が集まってコロニーを形成している。
旋回しながら空を舞っているのは、やや小柄な青黒い鱗のワイバーン。
少しでも空気抵抗を減らすため、頭部が槍の穂先のように尖っているのが特徴だ。
Enemy―――――――――――――
【 レイヴン・ワイバーン 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:竜
攻撃3600/HP3600/敏捷200
効果:自身のターン開始時に仲間を呼ぶ。
スタックバースト【高速飛行】:瞬間:1回のみ使用可能。ターン終了まで、あらゆるダメージを無効化する。
――――――――――――――――――
まるでカラスのごとく、ギャアギャアと鳴きながら飛び交う竜たち。
崖下までの高さ約100m、落ちたらまず命はないだろう。
さらには地面に無数の白骨が散らばり、彼らが獰猛な肉食生物であることを示している。
「さっきまでのどかなハイキングだったのに、ガラッと変わっちゃったよ……」
「毒耐性を得るために毒のモンスターと戦い、竜を手に入れるために竜と戦う。
これも”ゲームあるある”ですな。健闘を祈るであります!」
「戦いを挑むだけなら簡単だけど、問題はあの能力ね。
スタックバーストで1ターンは攻撃が効かないし、向こうのターンになるたびに仲間が補充されていくわ」
「リンの最終兵器も通用しない相手です。さすがは竜ですね」
「敏捷200で先手を取ってくるのも厄介だなぁ~。
まあ、★2なら大丈夫! 片っ端から倒して捕まえちゃうよ!」
リンが取った作戦は、まさしく正面突破。
プリンセスとアロサウルスを引き連れ、足下に転がる骨に気を付けながら進んでいく。
「ギャオオオオーーーーーッ!」
逃げも隠れもしないリンは、あっという間に見つかって襲われた。
圧倒的な素早さで先手を取った【レイヴン・ワイバーン】は、即座に仲間を呼んで2体に増える。
小柄とはいえ、尻尾を除いた全長はおよそ6m。
アフリカゾウやホホジロザメほどもある体躯で空から襲ってくる光景は驚異的だ。
そして、仕掛けてきた先制攻撃。
このワイバーンは喉の奥に空気を圧縮する器官があり、竜種の強靭な肺から息を吐き出すことで、殺傷力を備えた鋭利なエアカッターを放つ。
「プリンセスちゃん、防御をお願い!」
「がう!」
鉄板でも切り裂いてしまいそうなエアカッターが迫る中、前に出たのは【プリンセス・ドレイク】。
その防御力、隣にアロサウルスを置いて立っているだけで4200。
半端なダメージなど通さない水晶の防壁を作り出したプリンセスは、完全に攻撃を防ぎきってしまった。
「あたしのターンだね! まずはアロさんで火炎放射!」
「ゴガァアアーーーーーッ!!」
相手が★2なため、4500の範囲攻撃という数字の暴力で応戦するアロサウルス。
だが、ここでスタックバースト【高速飛行】が発動。2体のワイバーンは翼を閉じ、槍のような体勢になって急加速。
まるで空軍の航空ショーを見ているかのように、あざやかな体さばきで火炎を避けてしまう。
「うひゃあ~、戦闘機みたいにビュンビュン飛び回るね!
でも、あれは1回だけだから大丈夫。プリンセスちゃんが守って、アロさんで攻めればいけるよ。
この子たちは欲しいから、銀色のブランクカード使っとこ!」
確実に捕獲するため、リンは特殊なブランクカードを使用した。
こうなると残りは単純な作業。相手の攻撃をプリンセスで防ぎ、アロサウルスの火炎で薙ぎ払う。
【高速飛行】は1回しか使えないので、次のターンには火炎でHPを削り切ることができた。
そうして倒し続けること約10体。
何度も仲間を呼ばれて長期戦になったが、リンは圧倒的な強さで飛竜の群れを全滅させてしまう。
銀色のブランクカードを使ったこともあり、ブスブスと黒い煙を上げながら気絶しているワイバーンは計3体。
Cards―――――――――――――
【 レイヴン・ワイバーン 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:竜
攻撃1800/防御1800
効果:このユニットが召喚されたとき、所有者のデッキから【タイプ:竜】のユニットカード1枚をランダムで手札に加える。
スタックバースト【高速飛行】:瞬間:1回のみ使用可能。ターン終了まで、あらゆるダメージを無効化する。
――――――――――――――――――
「おおお~~~っ、やったぁ~! これだよ、これ!
いかにも竜っていう感じでかっこいいし、デッキの中間ポジションになる子が欲しかったんだ~」
捕獲が完了し、リンの竜デッキに足りなかった加速力が大幅に補強された。
1枚しか持っていないプリンセスやアロサウルスを引きやすくなる他、【ブリード・ワイバーン】を手札に加えることも可能。
このワイバーン自体、決闘の序盤に出すには問題ない戦闘力なので、とにかく先鋒として使っていきやすい。
「おめでとうございます! ★2ユニットが3枚も集まりましたね」
「これでひとまず、遠征の目的は果たせたかしら」
「大鴉がごとく高速で風を切って飛ぶ竜! あとで見せてほしいであります!」
「みんな、ありがと~! 今さら言うことじゃないけど、テスト前に新しいカードを仕入れるのは毒だよね……どんなデッキにしようか、色々と考えちゃう」
カードが揃ってきたときほど楽しいものはない。便利な効果を持つワイバーンを3枚もデッキに組めるというだけで、戦略の幅は大きく広がる。
メインになるユニットも、かなり固まってきたといえるだろう。
「ところで、【物資収集】を忘れてませんか?」
「おおっと、危ない! プリンセスちゃん、アロさん、戦ったばかりで悪いけどお願いね」
「がぁう」
「グルルルルッ」
燃え盛る体を揺らしながら、ズシンズシンと歩み去るアロサウルス。
その後ろをついていったプリンセスだが、すぐさま何かを拾い上げて戻ってくる。
「あれ? 随分と早いね、一体何を持ってきて――」
Tips――――――――――――――
【 割れたメガネ 】
レンズが割れてしまって、もはや使えそうにないメガネ。
なぜここに落ちていたのかは、あまり考えないほうがいい。
――――――――――――――――――
「って、怖いよ! たしかに、あんまり考えたくないなぁ……ワイバーンの巣だし。
まあ、持ってきてくれてありがと」
リンはペットが何を拾ってきても、受け取って褒めるようにしている。
少なくとも自分が命じた物資収集であり、ペットたちも良かれと思って主人に捧げてくれたのだ。
たとえ、それが意味ありげな【割れたメガネ】だろうと、とりあえず褒める。
やがて数分ほど経つと、今度はアロサウルスが大きな獲物を咥えて戻ってきた。
まさに狩りをしてきたらしく、リンの前にドサッと降ろされる3mほどの獣。
Tips――――――――――――――
【 キング・ワイルドボア 】
山岳のレア食材。とても肉付きが良く、立派に育った野生のイノシシ。
村の肉屋に渡すと【上質な獣肉】と【毛皮の敷きもの(イノシシ)】を入手できる。
――――――――――――――――――
「うひぃっ! イノシシを丸ごと1匹かぁ……レア食材だし、姫さまも喜ぶかな」
「がぁお~う!」
ドラゴンのような両手を上げて喜びを表現するプリンセスと、引きつった表情のリン。
食べごたえがありそうなので、しばらく肉には困らないだろう。ローストに煮込み料理、何でもできそうだ。
ソニアたちも物資収集を終えてアイテムを回収し、再びメンバーが集合。
リンはこれで終わりかと思っていたのだが、クラウディアの口から出た言葉は、まったく逆であった。
「さて、ここからが本題だけど」
「え? 目的を達成したから終わりじゃないの?」
「たしかに遠征の目標は達成しましたけど、まだ山の全てを見たわけじゃないですよ。
竜の巣だって、ここが一番簡単なところですし」
「一番簡単!? もしかして……竜の巣って、いくつもあったりする?」
「あったりします」
「ちなみに、さっき私たちが遺跡丘陵で見たワイバーンの群れは、”これじゃない”んだけど。
あの竜たちの姿、見に行きたいと思わない?」
「うわぁ~い……行きたいですぅ」
リンが終わりだと思っていた場所は、険しい大雪嶺山脈の1合目でしかない。
ふもとに近い場所に棲んでいるワイバーンなど、まだまだ★2。
さらに山道を登っていく一行の先には、より危険な驚異が待ち受けているのだった。




