第14話 デンジャラス・ゾーン その1
【バジリスク】は西欧の魔物の中でも有名な種である。
いわく、空を飛ぶ鳥を地上から睨んだだけで石化させる。
いわく、勇敢な騎士が馬上から槍で突いたところ、毒が槍を伝わって騎士を殺し、さらにウマにまで毒が届いて死んだ。
とにかく状態異常のエキスパートであり、近似種には【コカトリス】という魔物もいる。
Enemy―――――――――――――
【 バジリスク 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:悪魔
攻撃3000/HP2800/敏捷80
効果:プレイヤーが所有するユニットに対してのみ有効。
このモンスターとバトルした相手は、ターン終了まで効果とスタックバーストの全てを失う。
スタックバースト【石化の魔眼】:永続:【呪い】に耐性がないプレイヤー全ては行動不能になり、一切の宣言ができなくなる。
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「クワクワクワッ」
「コケェエエエーーーーーーッ!」
リンの前に降り立った2体の【バジリスク】。鳴き声は完全にニワトリだ。
クラウディアたちは慣れているため、咄嗟に視線をそらして対呪のポーションで身を守った。
しかし、何も知らないソニアは正面から魔眼を受けてしまったらしく、石像のように固まって動かない。
「うわぁ~、効果は悪魔タイプになった【ポイズンヒドロ】って感じだけど、スタックバーストが凶悪すぎだよ。
いきなりソニアちゃんがやられちゃったし……これって、どうなるの?」
「石化を解く方法は3つあるわ。
【バジリスク】を倒すか、ソニアのライフが尽きるか、効果時間が過ぎるまで待つだけ」
「大抵の場合、2番目になるんですけどね。動けない状態で攻撃されますから」
「石化して動けない相手を攻撃するとか、えげつないモンスターだね……
なんで、こんな昼間から清々しい山の中を悪魔が飛んでんの。
あたしたちより、ステラが欲しそうなタイプだけど……いる?」
「欲しいとは思いますけど、すでにリンが接敵しているので難しそうです」
「ああ~、もうあたしがやるしかないのかぁ」
【バジリスク】を倒すこと自体は実に簡単だった。
下手に戦うとユニット効果を失うため、プリンセスは後方で待機。あとは攻防2000の上昇を得たアロサウルスで焼き尽くすだけだ。
範囲攻撃は封じられてしまったが、ステータスさえ上回っていれば問題ない。
「コケェーーーーーー…………」
火炎放射の中で焼き鳥にされ、粒子化して消えていくモンスター。
残念ながら入手できなかったものの、戦闘終了と同時にソニアの石化が解けて息を吹き返す。
「ぷはぁ~っ! 生まれて初めて石化したのです!」
「そりゃ、普通はそうだよ。治ってよかったね~」
「今回は仲間がいたけれど、ソロで探索すると一瞬の油断が命取りになるわ。
でも、それ自体は問題じゃない。
今みたいに石化させられたことを憶えておけば、いつか知識が役に立つはずよ。
たくさんのことを経験しなさい、ソニア」
「はっ! 何事も経験!
今後も石にされようと犬にされようと、わたしはめげないのであります!」
石像になるという貴重な体験をしたソニアだが、立ち直りは早かった。
一行が再び歩みを進めると、やがて風景は丈の低い草と岩だらけの丘陵に変わっていく。
かつて古代の建物があったのだろうか。今も苔むした石柱などが残っており、ファンタジックな雰囲気をかもし出している。
「おお~、いかにもドラゴンがいそうな場所になってきたけど、カードの収穫はさっぱりなんだよね。
この山で会った竜タイプの野生モンスターって、細長いヘビっぽいのばかりだし」
「蛇竜、いわゆるワームもドラゴンの仲間ですけど、一般的なイメージとは違いますよね」
「わたしもリン殿に同感であります。
もっと、こう……おみやげ屋のキーホルダーにくっついてるような、いかにもドラゴンらしい魔物を見てみたいのですが」
「そういうことなら、朗報よ。喜んでいいのかは分からないけれど。
徘徊していた★4を除けば、ここまでのモンスターは小手調べ。
この『遺跡丘陵』から先は、さらに危険度が増すわ」
目があった瞬間に石化させてくる【バジリスク】ですら、この山岳地帯では小手調べだという。
実際、リンたちがいるのは山のふもとから中腹へと向かう丘陵。
はるか遠くにそびえ立つ山頂付近には、どれほどの怪物が潜んでいるのか想像もつかない。
「そういえば、ミッドガルドってさ。ラヴィアンローズとは違う会社が作ってたんだよね?」
「そうです。前にも話しましたけど、このオープンワールドは本物そっくりの恐竜と触れあうための世界でした。
その開発が中止になってしまった結果、ウィルズが買い取ったと聞いています」
「ウィルズ……ウィルズカンパニーだっけ?
あたし、このゲームを3ヶ月もやり込んでるのに、開発会社のことは全然知らなくて」
「『Will’s』はアメリカで産声を上げたカードゲームとVR産業の会社。
創始者はウィリアム・ウォルター。伝説のカードゲームプレイヤーで、今でも右に出る者はいないといわれるほど強かったそうよ」
「ウィリアム――ああ、『ウィルの会社』っていう意味なんだね。ウィルズカンパニーは」
「彼は色々なカードゲームで莫大な賞金を稼いだ後、現役を引退してウィルズを設立。
最初はTCG専門の会社だったけれど、VRの技術を取り入れて5年前にラヴィアンローズを完成させたの。
でも、ウィリアム本人がこの世界を見ることはなかったわ……サービス開始を前にして、彼は亡くなってしまったのよ」
「そんな! せっかく、すごい世界を作り上げたのに……」
リンが見上げる大連峰は、普通なら女子中学生が自分の足で来られる場所ではない。
ウィルズカンパニーが技術の限りを尽くして完成させ、こうして提供してくれているから遊べるのだ。
この世界の創始であった偉大な人物は、すでに亡き人。
ラヴィアンローズという素晴らしい遺産を残して、今もリンたちを楽しませてくれている。
「そういう話を聞くと、すごく有り難みが増すね。
本当の意味で、この世界を創った神さまだよ」
「伝説のカードゲーマーと呼ばれた男が、晩年の生涯をかけて創り上げた世界。
熱いロマンを感じるのです! この山も、あの空も、全てはウィリアム氏が創造せしもの!
あそこで飛んでるワイバーンだって――」
「「「…………ワイバーン!?」」」
その一言で、全員の動きがピタリと止まる。
ソニアが見上げる視線の先で、たしかに竜たちが風を切って飛んでいた。
「マジで!? ワイバーンちゃん、いるの? あたし、絶対欲しいんですけど!」
「落ち着いて、リン。あんな高いところにいる竜を、どうやって捕まえるつもり?」
「うぐぐ、たしかに……今だけでいいから翼がほしい」
「仮にリンが飛べたとしても、プリンセスちゃんとアロサウルスは飛べませんね……
でも、竜を捕まえるには良い方法があります」
「あ、何か攻略法みたいなのがあるの?」
「攻略法というか――行けばいいんですよ。あの竜たちのところまで」
「…………はい?」
可憐な顔でニコッと笑いながら、非常に恐ろしいことを言い出したステラ。
クラウディアの表情も真面目そのもの、どうやら冗談ではないらしい。
伝説のカードゲーマー、ウィリアム・ウォルターが創り出した幻想世界。
そこにはもちろん、危険極まりない竜の巣だって存在するのだ。




