第13話 ロック・ザ・バーガンディー
「あの人たちのテント、まだあるね」
キャンプ場のセーブポイントから再開したリンたちは、昨日と同じ場所にテントがあるのを確認する。
他のギルドが設置したものだが、そのメンバーたちは無残にも【アンフィスバエナ】によって壊滅させられてしまった。
ミッドガルドでライフが尽きると強制的に外へ放り出され、0時になるまでは再入場できない。
「日付が変わったから、入れるようになったはずだけど」
「あっ、火を焚いた跡がありますね。すぐ近くにいるみたいです。
ご挨拶とか……したほうがいいんでしょうか?」
「そうね。昨日のこともあるし、顔合わせをしておきましょう」
周囲を探すと、それほど離れていない場所にプレイヤーたちが集まっていた。
青年や大人が多いグループだが、クラウディアは物怖じすることなく先頭に出る。
「ごきげんよう、私はギルド【鉄血の翼】のリーダー、クラウディア。
そちらの代表者にご挨拶をしたいのだけれど、ご在席かしら?」
「なっ? 『鋼のクラウディア』だと!?」
「ってことは……そっちの子は、『大物殺しのリン』!」
「おいおいおい、なんでこんな山の中にいるんだよ? 姐さん! 姐さーーーん!」
同じギルドのメンバーとして一緒にいると麻痺しがちなのだが、リンたちは雑誌に載るほどの有名人。
学生を中心としたギルドの中では、間違いなくトップクラスの実力と知名度を誇っている。
ドタバタと慌ただしく対応していた相手側は、すぐに『姐さん』と呼ばれる人物を連れてきた。
燃え盛るような赤いロングヘアに、真紅の革製アーマードレス。
きりっと整った顔立ちの女性だが、その雰囲気からは男性的な勇猛さを感じる。
「(あれ? このお姉さん、どこかで見たような……?)」
「やあ、『鋼』じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だなぁ」
「あなたは――『熱砂』! たしかに奇遇ね、これがあなたのギルド?」
「そう! アタシのギルド【ロック・ザ・バーガンディー】だ!」
堂々と胸を張り、白い歯を見せながらニヤリと笑う女性。
いかにも人を引っ張っていきそうで、クラウディアと同じようなカリスマ性を感じるリーダーだ。
「2人とも知り合いなの?」
「リンは見たことがあるはずよ。憶えていればだけど」
「ん……んん~?」
これほど個性的な赤いお姉さんを見て、忘れてしまうはずがない。
たしかに見覚えがあるのだが、果たしてどこで――
「あっ……もしかして、”あの12人”の中にいた?」
「正解だ、アタシはフレア。『熱砂のフレア』って呼ばれてる。
あの大会じゃ、ろくに挨拶もしないうちに巨漢の男……ギアンサルってヤツにやられちまってね」
「そうだったんですか……あたしはリンです!」
「もちろん、知ってるとも。大会の本戦で最終兵器を3発もブッぱなした中学生。ずいぶんと派手なデビューだったじゃないか」
「あはは……そのうち1発は、自分に返ってきたんですけどね」
先日行われた『ファイターズ・サバイバル』の本戦、最後の舞台であるスタジアムに入場した12人の選手。その中にフレアもいたのだ。
思わず気圧されてしまうほど男勝りな性格だが、悪い人ではないらしい。
ステラやソニアも挨拶を済ませ、しばし語りあうことになった両チーム。
「信じられるかい? ようやくスタジアムまで行けたのに、あっさりと負けてさ。
悔しい思いをしながら地下の控室に入ったら、そこにいたのはクラウディアと貴公子のカイン!
本当に負けた選手が来る場所なのかって、何度も目を疑ったよ」
「あのときのフレアは、ずいぶんと面白い顔をしていたわ。
おかげで交流する機会があって、お互いの名前と顔を憶えたのよね」
「へぇ~! あたしが戦ってる裏で、そんなことがあったんだ」
「ところで、このあたりでヤバそうなモンスターを見なかった?
普通の頭の他にも、尻尾の先にまで頭があるドラゴンの姿で――」
「それなら、昨日倒したわよ」
「「「「なにぃ~~~~~~~~~~っ!?」」」」
一斉に声を上げたのは【ロック・ザ・バーガンディー】の面々。
フレアは戦闘に参加していなかったらしく、それ以外のメンバーたちが驚愕した表情で聞き返してくる。
「ウソだろ? あれを倒しただと!?」
「あ、はい……あたしと、そこのソニアちゃんで」
「リン殿が頭、わたしが尻尾を攻撃して仕留めたであります!」
「え……えぇ……マジかよ……こんな子供が」
聞かされた報告に唖然とする【ロック・ザ・バーガンディー】のメンバーたち。
片方はまさに『大物殺し』と呼ばれる超新星のリンだが、もう片方は年端もいかない小学生。
理解できないまま言葉を失った彼らに、フレアは鋭い眼光を向ける。
「ちょっと、あんたたち? アタシは手に負えないバケモノが出たっていうから来てやったんだが?」
「ええ、姐さん……あいつは間違いなく、とんでもねえバケモノでした。
俺ら全員、あっという間に全滅させられて……」
「全部のステータスが1万を超えてる上に、プロジェクトもカウンターも効かないヤツでして……」
「それを、こんな年下の小中学生が仕留めたんだぞ! 情けないと思わないのか!?」
「いやいや、『大物殺し』を、そのへんのJCと並べられても」
「言い訳が女々しいっての!
はぁ~、いい歳した大人が揃いも揃って、まったく……」
メンバーのことで頭を抱えるのは、どこのギルドリーダーも同じなのだろうか。
しばらく目頭を押さえていたフレアは、蛇竜を倒した2人に向き直る。
「ウチのギルドも、JCとか集めて鞍替えしよっかな~。若いほうが育て甲斐もありそうだし。
何より華があっていい。ウチみたいなオッサンだらけのギルドと違って楽しそうだ」
「そんなぁ、姐さ~ん!」
「俺ら、まだ20代っすよ!」
がっしりとした体型の成人男性ですら、哀願するような声でフレアに頭を下げてすがりつく。
このギルドは、完全に彼女が中心になって引っ張っているのだろう。まるで盗賊団の女首領のようだ。
「ところで、フレアたちは山の探索をしているの?」
「ああ、昨日はアタシが来られなかったから、先遣隊にテントを置いてもらったんだ。
そしたら、見たこともないモンスターに襲われて全滅したらしくてね」
「あんなものに出会ったら不幸としかいえないわ。
少しの間、私たちも探索させてもらうけど。
明日からは、そこの小学生――私の妹のソニアしか来られないのよ」
「そんな子供が、ひとりで通うのかい?
分かった。これも縁だし、何かあったらウチが面倒見てやるよ」
「ありがとう、そうしてもらえると助かるわ」
「お姉さまの同胞は、わたしにとっても同胞! よろしくお願いするのです!」
世の中、どこで誰とつながりができるのかは分からない。
リンがスタジアムで戦っていた一方、クラウディアはプレイヤー間の良好な関係を築いていた。
姉御肌で面倒見が良さそうなフレアがいれば、ソニアもここに通いやすくなるだろう。
やがて、【ロック・ザ・バーガンディー】の面々と別れたリンたちは、今日の目的であるモンスター探しを始める。
険しくも美しい大雪嶺山脈の空は快晴。スッキリと透き通るかのように晴れ上がっていた。
「いや~、探索中に他のギルドと顔合わせだなんて、初めてだから緊張しちゃったよ」
「私も、あまりお話できませんでした……」
「慣れが必要だと思うけど、プレイヤー同士の交流も大事よ。今回みたいに良い結果を得られることもあるわ」
「さすが、完全無欠空前絶後のお姉さま! 外交も完璧なのです!」
色々なプレイヤーと交流するべきなのは、リンたちにもよく分かっていた。
特に自分の姿を投影するVRの世界は、現実と同様に人とのつながりが重要になってくる。
そういった外交を当然のようにこなしてしまう点も、やはりクラウディアの才能というべきか。
と――4人で語りながら歩くこと数分。さっそくソニアが前方の空に何かを見つけて指をさす。
「ややっ、何か飛んでいるようですが……残念ながらグリフォンではないようです」
「グリフォンは★3ですからね。そう簡単には見つからないと思いますけど」
「じゃあ、あれは何だろう?」
長い尻尾が生え、翼で飛ぶ”何か”が2体。
リンとソニアは昨日と同じようにユニットを召喚済みだ。
向こうもこちらの存在に気付いたらしく、バサバサと羽ばたきながら近付いてくる。
「んん~? あれは――」
「ふむ、大きなニワトリのようですな」
「ニワトリ!? まずいわ、アレの姿を見ないで!」
「えっ!? あ……あああああ……っ!」
「ウォオオオーーーーー…………」
クラウディアが叫んだ直後、ソニアが使役する【スカイグリード】と【オボロカヅチ】が地面へと落下した。
そして、ユニットたちとソニア自身が次々と石像に変わっていく。
「ええーーっ!? ソニアちゃんが石に!」
「く……っ、間に合わなかったみたいね。リンは大丈夫?」
「うん、今のところ何ともないけど」
「そういえば、リンの服はパワードスーツと融合してましたよね。
あれは……ううっ、私たちも目を向けられません。対呪のポーションを使うので、少し待ってください」
モンスターの姿から目をそらしたため、どうにか石化をまぬがれたクラウディアとステラ。
リンは高いポイントを支払って買った【超合金パワードスーツ】が功を奏し、そもそも影響を受けていない。
やがて、目の前に降りてきたモンスターは何とも不思議な姿。
ニワトリの頭にトカゲの尻尾。大きな翼に羽毛はなく、コウモリのような皮膜が張られている。
「な、なにこれ……いろんな生き物が混ざってるみたい」
「あれは初見殺しの★2モンスター、自分の姿を見たものを片っ端から石化させる怪物――【バジリスク】よ」




