第10話 大雪嶺に竜を求めて その5
「自軍、友軍、共に被害なし! 完璧な勝利であります!」
「みんな支援してくれてありがとう! ソニアちゃんも、ほんとにすごかったね!」
勝利に沸き、健闘を讃えあう仲間たち。
ステータスが5桁に及ぶ野生モンスターが、2つの部位で襲ってくるなど前代未聞。
ひとりで遭遇していたら瞬殺されてもおかしくなかった相手を、リンたちは抜群のチームワークで撃破した。
「2人とも、お疲れさま」
「リンがテスト前に浮足立っていた理由が分かりました。
そこまでデッキを組み替えたら、早く試してみたくなりますよね」
「えへへ……思った以上に使い勝手が良くて、自分でもビックリだよ。
あっ、ドロップアイテムがあるみたい」
粒子化して消えた【アンフィスバエナ】は、小さな光球を残していた。
それらはバトルに直接参加したリンとソニアのところへ飛んでいき、ドロップアイテムに変化する。
数日前、運営からは『★4モンスターと倒すと豪華な報酬が手に入る』と告知されていた。
希少かつ強力な竜を倒した報酬、それはまさしく誰も見たことがないレアアイテム。
Tips――――――――――――――
【 ハイグレード・ブランクカード シルバー 】
戦闘中に使用すると、対応するレアリティの野生モンスターを倒したときに必ず気絶し、自動でカード化される。
強力なモンスターから戦利品として手に入るが、レアなものほど入手難易度は高い。
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「わぁ~、銀色のブランクカードが2枚! ★2までのモンスターに使えるんだって!」
「やりましたね! これで★2が確定で捕まえられますよ!」
「狩り続けなくてもいいなんて、時間短縮には便利ね。今回の遠征にぴったりじゃない」
「あ、あ、あの……わたしのところには、こんなものが来たのですが……!」
元気があり余っているソニアにしては珍しく、カチカチに固まりながら震える声でドロップ品を見せてくる。
彼女に報酬として与えられたのは――黄金色に輝く【ハイグレード・ブランクカード ゴールド】。
ミッドガルドの常識をひっくり返すようなアイテムの登場に、一同は驚愕して目を見開く。
「「「えええええ~~~~~~~~っ!?」」」
「★3のレアモンスターを必ず捕まえられるカード!?
なにそれ……そんなものがあっていいの?」
「高難易度バトルの勝利報酬と考えれば、ありえなくもないわ。
こんなものが出てくるなら、今後は★4狩りが流行りそうだけど」
「滅多に出会えない上に、ものすごく強い★4を倒して、それでも出るかどうか……っていう感じですよね。
気絶するまで★3を狩るのと、どっちが効率的なんでしょうか?」
5周年アップデートに紛れて実装された、とんでもない効果の新アイテム。
わなわなと震える手で黄金のカードを取り出したソニアは、とある重大なことに気付いてしまった。
「こ、これを使えば世界に選ばれし三ツ星の魔物が、確実に我がもとへ来る……!
ということは、つまり……あの美しき不死鳥にも通用してしまうのでは?」
「ああ~、フェニックスを必ず捕まえるためのカードかぁ。
目標に近付いたじゃない、やったねソニアちゃん!」
まともに戦うことすら難しい幻のモンスターですら、問答無用で捕獲できてしまう金のブランクカード。
あの危険な火山活動の最中に、不死の効果を持つフェニックスを倒す方法さえあれば、ソニアは夢に手が届いてしまう。
「お姉さま……わたしはこれを使って、不死鳥に挑んでも良いのでしょうか?」
「挑んではいけないなんて、誰も決めてないわよ。
あなたが持っている黄金のカードは、間違いなく自分の力で掴んだもの。
一部始終を見ていた私がそれを保証するわ」
「……はっ、覚悟完了であります!
このソニア・シルフィード! 必ずや黄金のカードを手に不死鳥と相まみえる所存です!
これこそが我が運命! 神がそれを望んでいるーーーーーっ!!」
金色のブランクカードを天高く突き上げ、マントを風になびかせて宣言するソニア。
彼女と共に大空を見上げるメンバーたちだったが――
ちょうどそのとき、1匹の幻想生物が視界に入った。
ワシの頭と翼にライオンの体、その特徴だけで全てが分かるほど有名なモンスター。
Enemy―――――――――――――
【 エアリアル・グリフォン 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃6600/HP6300/敏捷190
効果:このモンスターは常に【タイプ:飛行】以外のユニット全てに攻撃と防御-1000を与える。
スタックバースト【裂空波】:瞬間:フィールド上に存在するユニット以外のカード全てを破棄する。
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半獣半鳥の幻想生物グリフォン。西欧ではドラゴンと並ぶほど知名度が高く、数々の伝説に名を残している。
神域や秘宝を守護し、ときには空を駆ける馬車を引いて神族を運んだとされる聖獣だ。
ラヴィアンローズの世界では場の全域に影響を及ぼし、敵味方を問わず飛行ユニット以外を弱体化。
さらにはプレイヤーが扱うカードを、全部まとめて吹き飛ばしてしまうというスタックバースト効果を持つ。
いずれにしても非常に強力。今のソニアにとって、喉から手が出るほど欲しいであろう★3モンスターが、目の前を悠々と通過しようとしていた。
「わ、わぁ~……グリフォンだぁ……」
「なんていうタイミングで飛んでくるのかしら……ソニアのデッキと相性がいい面制圧力……スタックバーストも強力だわ」
「基本的に飛行タイプしか使わないソニアちゃんには、プラスにしかならない効果ですよね……誰よりも上手に扱えると思います」
「あの……神さま? つい先ほど、我が運命を定めたのではないのですか?
あんなものが目の前にいるのに、黄金のカードは不死鳥のために残しておけと!?
神よおおおおおおおおおぉ~~~~~~~~~っ!!」
神よー、神よー、神よー、と。
大雪嶺山脈の美しい景色に、やまびこが響き渡った。
希少な金のブランクカードは1枚しかない。それをフェニックスのために取っておくべきか、ここでデッキの強化に使うべきか。
ソニア・シルフィード、11歳にして究極の選択を迫られる。
「よく聞きなさい、ソニア。世の中にはキャンセル受け付け期間というものがあるの。
今なら、さっきの宣言を聞かなかったことにしてあげるけれど?」
「お姉さまぁ!? どうして、わざわざ選択肢を増やすのです?」
「それはもちろん、人生の岐路に立たされた妹の決断力を見るためよ」
「なんということでしょう! 我が生涯の大株主であるお姉さままで、わたしに過酷な試練を与えると申したてまつる!
それがこの世界の意志だというのなら、わたしは……わたしは……っ!
うわあああああああ~~~~~~っ!!」
ライオンが我が子を谷へと突き落とすかのように、クラウディアは妹に究極の選択肢を与えた。
頭を抱えて悩むソニア、そうしている間にもグリフォンは遠くへ飛び去ろうとしている。
かくして、彼女が選んだ道は――
■ ■ ■
「【オボロカヅチ】、とどめです!」
「ウルォオオオオーーーーーーーーーーッ!!」
激しい稲妻が駆け抜け、グリフォンの体を貫く。
いかに強力な聖獣であろうと、飛行生物への特効を備えた【オボロカヅチ】ならば苦労することはなかった。
あっという間にHPが尽きたグリフォンは、粒子化して消えていく。
「ああぁ……やはり、三ツ星の魔物は気絶しにくい」
「こればっかりは仕方ないね……でも、ちゃんと自分で決められたのは偉いよっ」
リンに励まされて顔を上げるソニア。
結果的に彼女は金のブランクカードを使わないまま戦いを挑み、レアモンスターを消滅させてしまった。
その選択が正解だったのかどうかは分からない。
ただ、グリフォンは山岳に来れば何回でも戦える。
それに対してフェニックスは条件が厳しいため、ブランクカードを使うべきなのは後者だと判断したのだ。
「お姉さま、ひとつお願いなのですが。
みなさんがテストをしている間、わたしをここに通わせてほしいのです」
「そうね、あなたは自由に時間を使えるし、グリフォンを探したいなら挑むといいわ」
「それって、ひとりで来ることになっちゃうんじゃない? 大丈夫?」
「まったく問題ないのです! テントが消えるまでに見つからなかったら、おウマさんでも買って自力でここに来る所存!
そこまで含めた”決断”が、わたしの答えです!」
自分自身の判断で道を選んだソニアに、姉は静かにうなずいた。
かつて、恩師のオルブライトが団員に向かってそうしたように、過保護なアドバイスを避けて自立を促す。
こういったゲームでは『助けて欲しい』と言われない限り、余計な手出しをするべきではないというのが師の教えだった。
「私はソニアの――みんなの判断を尊重するわ。
ちょうど切りが良いところだし、今日はここまでかしら」
「そうですね、現実では夜になっていると思います。
ところで、2人のコンソールに通知が来てるみたいですよ?」
「あっ、ほんとだ。色々起こりすぎて気が付かなかったよ」
「わたしも全然分からなかったです」
リンとソニアの腕輪で光が点滅し、通知が来ていることを示していた。
ブランクカードやグリフォンの騒動が落ち着いたところで、コンソールを開いて確認してみると――
Notice――――――――――――
【 クエスト達成報酬を受け取れます 】
上級『ミッドガルドで★4モンスターと遭遇』
特級『★4モンスターを討伐せよ!』
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「「おおお~~~~~~~っ!!」」
それはリンにとって、非常にうれしい臨時収入。
マイルームを拡張するためのポイントが、思わぬところから転がり込んできたのだった。




