第7話 大雪嶺に竜を求めて その2
高い山々が連なる大雪嶺山脈は、大いなる自然で人々を魅了する。
遥かなる頂上へ挑むもよし、高所からグライダーで滑空するもよしと、山ならではの爽快なレジャーを楽しめるだろう。
しかし、いずれも気を付けなければならないのは、ここが危険なモンスターの生息するミッドガルドだということ。
「つ……翼が生えたヘビぃいいいいい!?」
Enemy―――――――――――――
【 ウロボロス 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:竜
攻撃3000/HP3800/敏捷50
効果:このモンスターは自身のターン開始時にHPが全回復する。
スタックバースト【一にして全】:永続:このモンスターの攻撃力に与えられた強化効果を、最大HPにも適応する。
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頭から鋭い角が生え、コウモリのような翼で羽ばたく大蛇が2体。
当然、このような生物は地球上にいない。
ドラゴンの中でも『ワーム』と呼ばれる種族であり、胴体に手足がないので見た目はヘビに近い。
【ウロボロス】は古代から世界各地の伝承で言い伝えられている蛇竜。
自身の尻尾を咥えた姿で描かれることが多く、完全なる存在や輪廻転生、永遠を象徴するといわれている。
数学記号で無限を意味する『∞』は、この姿が由来になったという説もあるようだ。
「うわぁ~……タイプは竜だけど、ヘビはちょっとなぁ」
「でも、取り決めに従ってリン殿の担当なのです」
「うへぇ、さっさと済ませちゃおっと。
敏捷は――こっちの平均値は55だから、ギリギリ先攻だね!
アロさん、火炎放射!」
「ゴガァアアアアアーーーーーーーーーーッ!!」
咆哮と共に背中を激しく発火させ、2体のウロボロスに向かって火炎のブレス。
【ブラックバーニング・アロサウルス】のユニット能力により、相手が★3未満であれば2体同時に攻撃できる。
対する【ウロボロス】の能力は超回復なため、火力が足りていないプレイヤーには少々きつい相手だ。
しかし、一撃で倒せるなら何の問題もない。大空ごと焼き尽くさんばかりに薙ぎ払った火炎は、先攻1ターンでリンに勝利を与えてしまった。
「フシュ~ッ、ガルルルッ!」
「姫さまの効果が乗るとすごいね、アロさん!
戦闘後の気絶は……無しっと。
選り好みするのは失礼だけど、できればもっと”ドラゴン”って感じのが欲しいかなぁ」
「おお~、リン殿のデッキ……なんとすさまじい制圧力!
2体のユニットを出しているだけなのに、余裕で蹴散らしたのです」
「ソニア、向こうに飛行モンスターがいるわよ」
「なんと!?」
Enemy―――――――――――――
【 ステュムパリデス 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:飛行
攻撃2800/HP2600/敏捷190
効果:1ターンに1回、目標のリンクカード1枚を破棄する。
スタックバースト【青銅の害鳥】:永続:このモンスターが受けるダメージは常に800軽減される。
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ギィギィと耳障りな声で鳴きながら飛ぶ、3体のモンスター。
ギリシャ神話に登場する幻想生物で、体が青銅で覆われている不思議な鳥。
元々は軍神アレスがペットとして飼っていたものが逃げ出して野生化。
畑を荒らす害鳥となってしまい、後に英雄ヘラクレスに討伐を押し付け――もとい、任せることになった試練のひとつである。
ラヴィアンローズの山岳を舞う【ステュムパリデス】は、まさに害悪そのもの。
群れで現れてはリンクカードを引きはがし、受けるダメージも軽減してしまう。
――が、ソニアが持つ【オボロカヅチ】の飛行特効に対しては、何ひとつ通用しないまま雷撃で撃ち落とされるのみ。
「さあ、さあ、気絶するのです! 今なら漏れなく、デッキへの採用率100%!
我が軍門に加わり、空の精鋭となる者を募集中なのです!」
高低差が激しい山岳ということもあり、とにかく翼を持つモンスターが多い。
それらを片っ端から倒していくリンとソニア。★2モンスターの気絶率はそれほど高くないが、ここで新しいユニットを手に入れるのも時間の問題だろう。
「サポート用のカードを多めに持ってきたけど、私たちの出番はなさそうかしら」
「2人とも見違えるほど強くなりましたよね。いつまでも、うかうかしてられません」
目の前で順調に育っていくライバルを眺めながら、期待と対抗心を抱くクラウディアたち。
一行はモンスターを求めて山の奥に進み、やがて中腹にあるキャンプ場へと辿り着く。
高所からの雪解け水が流れていそうな川や、薪割りをしなくても木が補充され続ける薪小屋。
山中のキャンプ場としては理想的なほど良い環境が整っている。
「あれ? もう誰か来てるみたい」
キャンプ場は全てのプレイヤーが共同で使う場所だ。
すでに1つのテントが置いてあり、この付近に先客がいることを示していた。
「他のギルドも攻略しているようね。
一応ここにテントを設置しておくけど、試験の期間中には入り浸らないこと。
この合宿が終わったら、1日1回の物資収集をする程度にしておきましょう」
「ああ~っ、そうだ! 物資収集するの忘れてた!」
「わたしもです……モンスターを探すのに夢中で」
「他のことを忘れるくらい目的に集中するのは、良いと思いますよ。
ただ、気を張り詰めたままでは疲れますし、このあたりで休憩を入れませんか?」
「うんっ! あっちのテントの人たち、今は探索に出かけてるのかな?」
この場にはリンたちしかいないらしく、4人は焚き火を起こしてコーヒーを淹れたり、川魚を釣って焼いて食べたりと休息の時間を過ごす。
靴を脱いで冷たい川の水に入るだけでも、心身が洗われていくようだった。
「ふぅ~……テスト勉強に疲れたら、ここに来ようっと。
わざわざ山の中に行かなくてもキャンプできるなんて、VRってほんと便利だよね」
「がぁう」
サラサラと心地よい川のせせらぎに、透き通った山の空気。
本体は都会のタワーマンションにあるはずなのに、心は大自然の中。
プリンセスと一緒に川辺で休むリンは十分に癒され、そろそろ再出発する頃合いかと――
そう思っていたときに、空気が変わった。
「ひいいっ……なん……あれは!?」
「このバケモノ……よくも……ぎゃああああああーーーーーっ!!」
「ちくしょう……援護……尻尾を……ぐわあーーーーっ!!」
途切れてしまうほど声は小さいが、明らかに人間のものと思われる悲鳴が耳に届く。
先ほどのテントを置いていたプレイヤーたちだろうか。
山のキャンプ場で悲鳴が聞こえてくるなど、ホラー映画でしか見たことがない展開だ。
「な、何なの、急に!? みんな~っ、あっちで何か起きてるみたい!」
慌てて川から飛び出したリンはメンバーたちと合流し、恐る恐る声の方向へと進んでいく。
激しい戦闘の音が入り混じり、徐々にそれらが大きくなっていく中――
現場へと駆けつけた彼女たちが見たのは、異様な姿の怪物であった。
空中に浮かぶ、巨大な翼と2本の腕を持つドラゴン。
昆虫のような大顎が鋭く光り、両目は眼球のない複眼。まさに虫と竜が混ざったとしか形容できない外見だ。
さらに奇妙なことに、腰から下がヘビのように長く伸びて、尻尾の先端にも別の頭がついている。
これもウロボロスと同じく、古来から名が伝わっている竜の一種。
Enemy―――――――――――――
【 アンフィスバエナ(頭) 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:竜
攻撃10400/HP12600/敏捷100
効果:このモンスター、および同一の群れになっているモンスターは、プロジェクトカードとカウンターカードの効果を受けない。
スタックバースト【呪いの竜翼】:永続:このモンスターとバトルしたユニットは、ダメージ処理終了後にデッキへ戻される。
【 アンフィスバエナ(尻尾) 】
クラス:スーパーレア★★★★ タイプ:竜
攻撃10000/HP11400/敏捷100
効果:このモンスターは【アンフィスバエナ(頭)】と同一の群れとして扱われ、お互いにスタックバーストの条件を満たす。
スタックバースト【蟻酸のブレス】:永続:このモンスターの攻撃は、ガードしたユニットの防御力を無視する。
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実装すると運営から告知があったものの、目撃報告がほとんどなかった★4野生モンスター。
熱心なプレイヤーたちが血まなこになって探し、今まさにひとつのギルドが挑んでいるところだったが――
「うぎゃあああああーーーーーっ!!」
最後の1人と思われる男性が、絶叫と共に屠られる。
カマキリのように鋭利な腕が振るわれた直後、彼は真っ二つになりながら粒子化して消えていった。
「な……な……なんじゃこりゃあ~~~~~~っ!?」
虫のような姿と凶悪さ、そして暴虐そのものでしかないステータス。
凄惨な現場に来てしまったリンは、山中に驚愕の声を響かせたのだった。




