第6話 大雪嶺に竜を求めて その1
サクラバに教えてもらった竜の生息地は、火山とはまったく違う方向にあった。
いつものようにクラウディアに【ゴリアテ】を出してもらい、その上に乗って移動するリンたち。
燃料は無限、履帯が傷んで外れる心配もなく、キュラキュラと道なき道を踏破していく戦車。
やがて見えてきた山岳地帯は、明らかにそれだと分かる規模で視界を埋め尽くす。
「うわぁ~、すっごい山!」
「日本じゃ滅多に見られない景色ですよね」
「ここから先は、『大雪嶺山脈』。
パワードスーツを着てるリンなら行けそうだけど、何の準備もなく高いところに登ったら凍えてしまうほど寒いわよ」
4人とも体は客室で寝ているはずなのに、今は雪を頂いた山々に向かっている真っ最中。
標高4500mに達する雄大な山脈。一定の高さ以上になると氷雪に覆われ、酸素濃度が低下する超危険地帯。美しくも険しい山々は人類に夢を抱かせる。
「まさしく自然の造形美! そこに山があるから戦車で来た!
これほどの大連峰なら、竜や鳥がいっぱい棲んでいそうです。リン殿は竜、わたしは飛行狙いで捕獲大作戦であります!」
「うん! 時間も限られてるし、どんどんバトルしよう!」
「今回はリンとソニアちゃんのための遠征です。
基本的に私とクラウディアは戦わないので、2人で頑張ってくださいね」
まだまだ戦力となるカードが足りていない初心者2人組を、上級者たちがサポートして強化させる作戦。
ネットゲームの界隈では『キャリー』と呼ばれるレベリング方法だが、このゲームにはレベルや経験値といった概念はない。
ミッドガルドの広大なオープンワールドを、初心者が徒歩で探索するのは無謀だ。
それをサポートするために探検隊というシステムがあり、仲間の助けを借りられるようになっている。
「この山、ちょっと面白いものがあるのよね。攻略する前に寄ってみましょうか」
クラウディアは戦車ユニットに指示を出し、短い草に覆われた地帯へと一行を案内する。
リンが初めて兄と決闘をしたとき、バトルフィールドの背景に選んだような高原だ。
爽やかな山風が吹き抜ける中、見えてきたのはウマやヒツジの群れ。
「あれって……もしかして、牧場?」
「そうです。動物のユニットがたくさん育てられているんですよ」
山のふもとに広がる高原に、ぽつんと建てられた小さな牧場。
西欧の山岳にありそうな、古風でのどかな景色の中、現実と変わらない姿の動物たちが飼われていた。
付近に戦車を止めて降りた4人は、さっそくそれらを見て回る。
「へぇ~、ほんとにユニットなんだね!」
Cards―――――――――――――
【 クォーターホース 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1000/防御1000/敏捷180
効果:このユニットは【タイプ:人間】のユニットに対し、リンクカードの代わりに装備させることが可能。
強化効果として【基礎ステータス】を加算する。
スタックバースト【強靭な脚力】:瞬間:ターン終了まで、このユニットの【基礎ステータス】を2倍にする。
――――――――――――――――――
いわずと知れた4足歩行の草食動物。どこからどう見てもウマだが、実はラヴィアンローズのユニット。
実際に決闘で戦わせられる他、これに乗ってミッドガルドを探索することもできる。
「ほほう、乗馬で旅をするのも趣があって楽しそうですな!
ペガサスとかユニコーンはいないのです?」
「さすがに、それは野生モンスターになってしまいますね。
でも、牧場にいる動物ユニットはステータスが低い代わりに、ポイントを支払って買うことができるんですよ」
「へぇ~、ポイント交換カードみたいな感じ?
ここで動物を買い込んでルームに放せば、自分だけの牧場ができそうだね」
ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ。
今にも牧場を始められそうな動物たちが、ここでは直接購入できるという。
決闘で使うのは難しそうだが、かなりユニークな能力を持つユニットもいた。
Cards―――――――――――――
【 ミッドガルド・ニワトリ 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃100/防御100/敏捷20
効果:マイルームで飼育すると1日に1回、アイテム【生卵】と【肥料】を1個ずつ生産する。
スタックバースト【くちばし】:瞬間:目標の【タイプ:昆虫】のユニット1体に500ダメージを与える。
――――――――――――――――――
「なるほど~! ニワトリを飼えば、卵が手に入るんだ!
料理も実装されたし、牛乳とか卵を作ってくれる子がいると便利かも」
「ギルドのコテージで飼えたら、みんなで共有できて便利なんですけどね。
あそこではユニットを召喚できませんから」
「そっか……あたしの島に放しておいてもいいけど、う~ん……
このところ、恐竜とか我がままな姫さまがいて、ちょっと心配なんだよね」
「弱いユニットを襲って食べることはないと思うけど、リンは拡張工事を優先させたほうがいいわね」
たくさんのユニットが増えてきたリンのルームでは、かなり深刻な土地問題が発生している。
10m以上もある恐竜たちが場所を取り、なわばり意識も強いので一触即発。
さらに、今回はドラゴンまで増やそうとしているのだ。
結局、動物を購入するのは諦め、一行はここから徒歩に切り替えて探索を始める。
クラウディアは戦車を収納し、入れ替わりでリンとソニアが先頭に出た。
「それじゃあ、ユニット召喚! 一緒に冒険しよう――【プリンセス・ドレイク】!」
Cards―――――――――――――
【 プリンセス・ドレイク 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2200/防御2200/敏捷30
効果:自プレイヤーが所有する【タイプ:竜】のユニット全ては、ステータス低下の効果を受けない。
自プレイヤーが所有する【タイプ:竜】のユニット全ては、自プレイヤーのフィールド上に存在する【タイプ:竜】のユニット1体ごとに攻撃と防御+1000を得る。
スタックバースト【竜の勅令】:瞬間:デッキから【タイプ:竜】のユニット1体を任意に召喚する。
――――――――――――――――――
「がぁう」
美しい幼女の姿に竜の手足が生えたユニット。翼のないドレイクの姫君が大連峰の高原に現れた。
その戦闘力、出現した時点で攻防3200。
【タイプ:竜】を対象にしたユニット効果は自身も対象になるため、最初から強化が掛かった状態になっている。
「よろしくねー、プリンセスちゃん」
「がう」
「いきなり出てくる3200……なかなか厄介なユニットを手に入れたわね。
しかも、それで終わりじゃないんでしょう?」
「もちろん、この子も連れてきたよ! アロサウルス!」
Cards―――――――――――――
【 ブラックバーニング・アロサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2500/防御1500/敏捷80
効果:このユニットの攻撃がガード宣言されたとき、自身のレアリティ未満のユニット1体に対して追加で攻撃宣言できる。
スタックバースト【爆炎吼】:瞬間:このユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを、目標のユニット1体に与える。
――――――――――――――――――
「ゴガァアアアアアーーーーーーーッ!」
背中から紅蓮の炎を噴き出しながら、黒い鱗に包まれた肉食恐竜が咆哮する。
本来であれば動物タイプのユニットだが、元の生物を超越してしまったため竜へと変化。
【プリンセス・ドレイク】の恩恵を受け、この時点で攻防が2000ずつ上昇。
しかも、竜が増えたことでプリンセス自身まで強化が上乗せされている。
「アロサウルスの攻撃力4500、プリンセスは4200。
竜を2体出しただけで、その数字ですか……ほんとに強くなりましたね、リン」
「いや~、苦労してプリンセスちゃんを仲間にした甲斐があったよ。
問題は手に入れる方法が謎すぎて、1枚しかデッキに入らないってとこかな」
「ほとんど情報が出回っていないユニットを持っているだけでも、相当なアドバンテージよ。
同じく1枚しかない【アルテミス】とのツートップにして、臨機応変に立ち回るのが良さそうね」
ツートップとは、文字どおり2体のユニットを主軸にすること。
アロサウルスや【エクシード・ユニオン】、【全世界終末戦争】も現時点では1枚しか持っていないが、どれを引いても強力な構成になりそうだ。
少なくとも、持っているカードを片っ端からデッキに入れていた頃とは比べ物にならないほど、リンの戦力は整ってきている。
「ぐぬぬ、さすがリン殿! 天空を目指すわたしより先に、遥か高みまで昇っていきそうな勢いです!
ですが、飛行タイプなら負けてないはず――
光よ 闇よ 真理よ 栄光よ
虚ろなる世界の盟約に従い 今こそ封印より解き放たん
ユニット召喚! いでよ、【スカイグリード】! 【オボロカヅチ】!」
Cards―――――――――――――
【 スカイグリード 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:飛行
攻撃1600/防御1600/敏捷140
効果:このユニットは【タイプ:昆虫】からのダメージを受けない。
スタックバースト【エアリアル・スラッシュ】:瞬間:ターン終了まで攻撃力を2倍にする。その後、永続的に防御力半減。
【 オボロカヅチ 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃1700/防御2500/敏捷100
効果:このユニットとバトルした瞬間、【タイプ:水棲】と【タイプ:飛行】のユニットは、ターン終了まで攻撃と防御が半分になる。
スタックバースト【朧雷鳴閃】:瞬間:このユニットは1回の攻撃宣言で、相手のユニット全てに攻撃できる。
――――――――――――――――――
「キェエエーーーーーアッ!」
「ウルォオオオーーーーーーーッ!」
白と群青色の翼を広げる大きなワシ、【スカイグリード】。
そして、稲妻から生まれたかのような正体不明の怪物、【オボロカヅチ】。
今やソニアの代名詞となった飛行ユニットたちだ。
リンのデッキに比べるとステータスは低めだが、相手のタイプに応じて特殊効果を発揮する。
「我がしもべたちよ! 今回の任務は同胞を手に入れ、いずれ不死鳥に挑むための礎を整えること!
この大空を制覇し、必ずや素晴らしきお姉さまに捧げるのです!」
「ふふっ、ソニアちゃんも気合いが入ってますね」
「捧げるなんて言われても、受け取る側は困るわよ……
まあ、この空を手に入れられるくらい”本物”になってくれたらいいんだけど」
クラウディアは呆れながらも、妹の成長を静かに見守っている。
この遠征で成果を出せれば、少しだけでも大空へ近付けるかもしれない。
かくしてユニットの召喚が終わり、牧場を出立した一行は険しい山岳を登り始めた。
いよいよ野生モンスターの棲み家。未知の生物が待ち構える大自然に、リンたちは踏み込んでいく。




