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第5話 思いがけない週末 その3

「(テスト勉強っていうけどさ……静かなもんだよね)」


 先に勉強を済ませ、夕方から夜の時間をたっぷり使ってラヴィアンローズで遊ぶ。それが合宿の日程だった。

 大人数でパーティーができそうなリビングルームの机を使い、黙々と勉強を始める4人。


 成績が良い子たちばかりなせいか、分からない部分を教えあうこともなく、落ち着いたクラシック音楽の中でテストの要点を押さえていく。

 適度な外出の直後に、糖分を摂ったばかりという最高のコンディション。

 窓の外に広がる街の絶景に気を取られることもなく、彼女たちの勉強は驚くほど(はかど)った。


「ふぅ~っ、まだ初日なのにテスト範囲の7割くらいが終わっちゃったよ」


「わたしも学校の宿題オペレーション・ホームワークが完了して、予習と復習に入ったであります」


「思った以上に、みんな優秀でしたね~」


「このぶんなら、明日にはフランス語の勉強ができそうだわ」


「フランス語!?」


「私の学校は中高一貫で、高校からは第二外国語が必須なのよ。

 フランス語かイタリア語のどちらかを選択することになっているけど、私は両方覚えたいから今のうちにフランス語を勉強して、学校ではイタリア語を選択する予定なの」


「はへぇ~……」


 リンは『はへぇ~』としか言えなかった。中学校で良い成績を収めて、兄にマウントを取っている彼女だが、クラウディアはさらに先を歩もうとしている。


「たしかに英語とフランス語、それにイタリア語を身に着けておけば、色々な国の人と話せますね」


「あとはスペイン語(エスパニョール)も欲しいところね。私たちは日本ワールド、つまりはラヴィアンローズの一部でしかない場所で活動しているでしょ?

 でも、これからは間違いなく、より広い世界に進出する多国籍型メタバースの時代になっていくはず。

 今の時点でも学習機能(ディープラーニング)付き自動翻訳システムが備わっているけど、最終的には人間の力が必要になるわ」


「それで、外国語の勉強を?」


「ええ、私はもっとVRに触れて技術者や研究者になりたい。

 そのためには日本だけではなく、世界各国との交流が不可欠だと思っているの」


「すごいですね……私たちと同じ学年なのに、もうそこまで計画を立ててるなんて」


「まさしく世界を統べるお方! 私は断然、お姉さまについていくのです!」


 もしかして、自分はとんでもない人物と一緒にゲームをしているのではないだろうか。

 そう思うしかないほど、クラウディアは何もかもが卓越している。

 以前、リンと会話する機会があったオルブライトも『滅多に現れない天才だ』と言っていたが、優秀なのはカードゲームの腕だけではない。


「(ヤバイ……あたしって、いったい何をすればいいんだろう?)」


 未来の目標なんて何も決めないまま、なんとなく日々を過ごしてきた一般的な中学生。

 まだ焦るような年齢ではないのだが、ここまで強い光で照らされると自分自身が透けて見えてしまう。


 タワーマンションに住めるほど裕福ではないし、クラウディアのような天才でもない。

 リンが自分にしかない”良さ”に気付くのは、まだしばらく先のことであった。



 ■ ■ ■



「ここが客室です。でも、ベッドが2つしかないんですよね」


 そう言いながらステラが案内したのは、ホテルかと思うほど手入れが行き届いた寝室。

 来客を泊める専用の部屋があるというだけで、もはやリンには異世界だ。


「お布団を持ってくれば3人寝られますけど、誰か1人はソファーを使うことになりそうです」


「それなら、私はソニアと同じベッドでいいわよ。この子は場所を取らないし」


「なんと! 久々に――正確には18日ぶりにお姉さまと添い寝ができるとは!」


「私と一緒に寝た日を正確に憶えるのはやめなさい。憶えていても口に出して言わないで」


 両目をキラキラと輝かせるソニアと、相変わらず(ひたい)に手を当てて呆れるクラウディア。

 一緒に寝ることもあるのだろうか。なんだかんだ言いつつも、仲の良い姉妹なのが伝わってくる。


「じゃあ、ここに3人寝てもらって、私は自分の部屋からログインしますね」


「ステラがソファーを使えば、全員ここで寝られるんじゃない?」


「え……?」


 なんとなく言ったリンの提案に、ステラは(まばた)きをしながら立ち止まった。


「あ~、いや……どうしても自分の部屋じゃないとダメなら、それでいいけど」


「いえ、大丈夫です。ただ……私が客室で寝てもいいんでしょうか?」


「別に構わないわよ」


「みんな一緒のほうが楽しいと思うのです!」


 いつも相手を気遣ってしまう”良い子”のステラにとって、この部屋はお客さまが使う場所であった。

 だが、親しい友人の間では遠慮など不要だ。

 一緒に寝ても失礼にならないのだと理解したとき、彼女は心底うれしそうな表情でニコッと笑う。


「じゃあ、私のお布団とバイザーを持ってきますね」


 そうして4人は自宅から持ってきたVRバイザーを手に、ベッドやソファーの上で横になる準備をする。

 いつもはひとりでログインしているので、外出先で仲間たちと一緒にフルダイブするのは初めてのことだ。


「みんな、準備はいいかしら?」


「大丈夫です。エアコンの温度はどうですか?」


「ちょうどいいと思うよ」


「それでは、山への遠征に出発であります! レッツ、スクランブル!」


 横たわってバイザーを装着すると、すぐさま仮想世界へと意識がダイブしていく。

 この合宿の、もうひとつの目的。

 新たな力となる竜タイプのモンスターと出会うため、山岳地帯への挑戦が始まるのだ。

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