第4話 思いがけない週末 その2
眠っているとき、夢の中に自分自身が出てきたことはないだろうか。
いつの間に起きたのだろうと思うほどリアルな日常生活を送っている夢。
親しい友人と語りあっている夢や、ありえないような大冒険を繰り広げている夢。
いずれも自分の姿は、現実と変わらない体型や容姿で再現されていることが多い。
人間とは驚くほど正確に自己の外見を記憶しているのだ。
ラヴィアンローズでは、その記憶が疑似体に適応されるため、ほぼ本人に近い姿で活動することになる。
これはカードを扱うという点で不正や犯罪の防止になる他、決闘における重要な情報――
つまりはプレイヤーの年齢や性別、その外見から予想できそうな性格なども、戦略的な判断に関わる要素だと考えられているからだ。
よって、筋肉ムキムキのマッチョダンディが実は可愛い女の子だったりはしないし、その逆もない。
待ち合わせ場所の駅前で出会ったステラ――寺田すみれは、いつもと変わらず優しい笑顔の少女であった。
「やっほ~、すみれちゃん! とうとう、この日が来たよ!」
「こんにちは、すずちゃん。相変わらず元気いっぱいですね」
真宮涼美のことを『すず』と呼ぶのは、家族や親しい友人くらいだが、その読みを変えたのがプレイヤー名の『リン』である。
すみれと涼美は普段から仲の良い同級生。ラヴィアンローズを始めてからは、間違いなくクラスで一番の親友だ。
涼美の私服はミッドガルドの探索で愛用しているようなデニムのホットパンツで、大胆に両足を出した活発な服装。
すみれはブラウスの上からカーディガンを羽織い、下は長めのスカートにストッキングと、性格の違いが見事に現れている。
そして、2人のところに駆け寄ってきたのは、ひときわ小柄な女の子。
迷彩柄のパーカーに深緑色のリュックサックと、そのままキャンプにでも行けそうなサバイバル装備だ。
「おお~、リン殿にステラ殿!」
「わぁ~、ソニアちゃんだ! リアルでも、ちっちゃくて可愛い~!」
「本当にVRの世界と同じですね」
「山へ行くと聞いていたので、この装備です! 本日はよろしくお願いします!」
ビシッと空軍式の敬礼をするソニア。
さすがに21世紀の日本で黒いマントを常備している小学生はいないが、ミリタリー趣味なのはリアルでも変わらないらしい。
明るく素直な性格に元気な声、3人の中で最もアバターに近い見た目をしている。
そんな妹とは逆に――
「こんにちは。現実世界では、はじめまして」
思わず目を疑うような、とんでもない美少女がやってきた。
清楚感のあるワンピースに上着を羽織り、サラサラの金髪に白い肌。
間違いなく”彼女”なのだが、いつものリーダーらしい勇ましさはなく、まさに天使のごとく可憐な乙女がそこにいる。
「ええ~~~っ!? ク、クラウディア……?」
「お姉さんのほうは、いつものイメージと全然違いますね!」
「そういうステラも、魔女以外の姿は初めて見たわよ。
リンは――いつもどおりね。
ところで、私もオフ会というのは初めてだけど……お互いの呼びかたは、どうすればいいのかしら?」
「ああ、そっか。たぶん、全員初めてだよね」
「こういうときの作法は、よく分からないのですが。普段から呼び慣れている感じで良いのでは?」
「うっかりVRで真名を呼んでしまうかもしれないので、仮の名前のほうが安全かもです」
話しあいの結果、普段と同じ呼びかたで統一することにした4人。
それぞれ生身では初対面ということもあり、新鮮な気分でお互いの姿を確認している。
「それじゃあ、私の家に行きましょうか。途中でお茶菓子でも買って」
「お菓子なら差し入れを持ってきたわよ」
「おお~、さすがリーダー。気が利くね!」
手に持っていた洋菓子の箱を見せるクラウディア。
涼美――改め、リンは単純に喜んだだけだが、ステラは箱のロゴを見た途端に驚愕する。
「まさか!? そ、それって……『エル・ド・カンピオーネ』ですか?」
「ええ、少し寄り道をして4人ぶん買ってきたの」
さも当然かのように言うクラウディアと、驚愕したままの表情で固まるステラ。
何が起こっているのか分からないリンは、小声でステラに聞いてみる。
「あれって、有名なヤツ?」
「銀座の大通りに本店がある、ものすごく高級なイタリアの洋菓子店です。
少なくとも、私たちみたいな子供が差し入れに使うものじゃありませんよ……!」
「マジで!? クラウディアって、ほんとに何者?」
そんな高級店をロゴだけで見抜いたステラも大概だが、当たり前のように買ってきたクラウディアも底が知れない。
この時点でオフ会は波乱の様相を呈していた。
やがて、顔合わせを済ませた4人はステラの自宅へと移動する。
駅からバスに乗り、窓越しに市街地の賑わいを眺めながら数分ほど進んで、目的の停留所で下車。
見るからに整備が行き届いた場所へ来た一行は、想定外の建築物を見上げることになる。
「この建物に私の家があります」
「ウ……ウソでしょ……!?」
都会に住む者のあこがれ、超高層タワーマンション。
36階に及ぶ巨大な建物の、ちょうど30階にステラの自宅があるという。
ビルの周辺だけで何でも揃うほど店舗が充実しており、喫茶店やコンビニはもちろん、スポーツジムに屋外プール、映画館まで完備されていた。
「へぇ~、いいところに住んでるわね」
「いいってレベルじゃないよ……たしかにステラは上品だな~と思ってたけど」
「リン殿は、どういう家に住んでいるのです?」
「えっ!? ウ、ウチは普通……そう、普通かな……ははは」
父がローンで買った2階建ての木造住宅、いわゆる民家がリンとユウの自宅だ。
ここに来て初めて気付いたのだが、集まった4人の中でリンだけが中流家庭。
クラウディアたちは聞くのが恐ろしいほどセレブ階級のにおいがするし、ステラも極めてそれに近い。
「(やばい……あたしだけ普通じゃん!
引っ張ってでも兄貴を連れてくるんだった……!)」
女子だけの集まりということで、来るのを遠慮していたユウ。
今ごろは平凡な民家の自室でテスト勉強をしているか、さぼってゲームでもしていそうな彼を、できれば隣りに立たせておきたかった。
次は連れてこよう、絶対に連れてこようと固く誓いながら、博物館かと思うほど広くて立派な1階のホールを進むリン。
エレベーターの数もおかしい、10個くらいある上に5階刻みの快速便まで用意されている。
そうして、ようやく着いた30階の寺田家。
厳重なセキュリティを抜けて入室したリビングからは、街を見下ろすガラス張りの絶景が広がっていた。
ステラは差し入れの洋菓子を受け取ると、おしゃれなバーカウンターでお茶を淹れ始める。
「お疲れさまでした。少し休憩しましょう」
「おお~っ、窓からの眺めが素晴らしいのです!」
「このリビングだけでも、めちゃくちゃ広いんですけど……!
でも、ステラの家族は3人だけじゃなかったっけ?」
「住んでいるのは両親と私だけです。でも、お仕事関係の人が来てパーティーが開かれたりするので、これくらいの広さが必要なんですよ」
「アレね、私は苦手だわ。親に付き合わされるパーティーなんて、ずっと愛想笑いしてなくちゃいけないでしょ」
「分かります。大人が相手だと、何を話せばいいのか分からなくなっちゃいますよね」
「(いや、ないよ……大人のパーティーに行ったことなんて、一度もない……それが普通だよね!?)」
もはや住む世界が違いすぎるリンは、自分で自分に問いかけるしかなかった。
ステラはとても上品なハーブティーを淹れてくれて、クラウディアが買ってきた洋菓子も高そうなフルーツケーキ。
量販されているものとは違い、間にスポンジケーキが挟まっていたりはしないし、ぎっしりと埋め尽くすフルーツの数々も薄切りではない。
というか、そもそも他に形容する言葉を知らないだけで、これはフルーツケーキではない。
リンにとってのお茶とおやつといえば、ペットボトルの飲料とスナック菓子。
ちょっとしたお菓子の取りあいで兄とケンカをしていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、小市民だったのだと思い知る。
「(よし、決めた……将来は絶対、こういう暮らしをしよう!)」
この日、リンは明確に未来の目標を定めた。
ステラやクラウディアと一緒にいても恥ずかしくないくらい、でかいヤツになってやるのだ。
それが叶うのは、どう頑張っても大人になってからなのだが――中学生の時点で意識できたのは、ある意味、幸運といえるかもしれない。




