第3話 思いがけない週末 その1
ミッドガルドの村にある【鉄血の翼】の拠点。
コテージのキッチン前にはクーラーボックスが置かれ、『レア食材 求む!』と貼り紙がしてあった。
その中に入れてもらった食材は全てプリンセスへと捧げられる。これが現実世界なら、とんでもない食事代になるだろう。
水晶洞窟の最深部にある、拾った瞬間にドレイクの群れから狙われる希少な卵。
それを火山のレア鉱石で温め、何の説明もない状態で赤いクリスタルを使用。
ようやく誕生した【プリンセス・ドレイク】は宝石などの光り物を好み、レア食材しか口にしない。
もはや信じられないほど手間のかかるユニットだが、その苦労が報われるだけの力を有している。
ただし、自分のフィールド上に【タイプ:竜】のユニットがいないと効果は薄いため、リンは竜を求めて旅立つことにした。
「でね、サクラバさんが言うには高い山のほうに竜とか鳥がいっぱい棲んでるみたい。
一緒に行きたい人、いる?」
「無論、行くに決まっているであります!
竜や鳥といえば飛行ユニット、飛行ユニットといえば、そう!
このわたし、ソニア・シルフィードをおいて他にいるだろうか? いや、いない!」
「ソニア、椅子から降りなさい」
「はっ、素晴らしきお姉さま!」
バサッとマントをひるがえしながら、椅子の上に立ってポーズを取った妹に、クラウディアは静かな声をかける。
出会ったばかりの頃は驚いていた一同も、この光景が日常になると慣れたもの。
今日も元気いっぱいのソニアは真っ先に手を上げたが――その反面、他のメンバーはリンの提案に消極的だ。
「それは、まあ……行きたいといえば行きたいですけど」
「この時期はアレやな、学生にはちと厳しいんよ」
「リン、お前もそうだろ? もうすぐ学校のテストが始まるんだぞ」
「大丈夫、あたしは兄貴と違って成績優秀だから!」
「この野郎ぉおーーーーーーっ!!」
テスト、それは中高生にとって避けては通れない道。
中間試験や期末試験を前に堂々と遊んでいられるのは、普段から良い成績を維持しているリンか、そもそも関係ない小学生のソニアくらいだ。
無論、それ以外も優秀な生徒たちなのだが、さすがに試験前はゲームを控えたいのだろう。
「とりあえず、ギルドのリーダーとしても賛同しかねるわ。テストが終わってからじゃダメなの?」
「まあ、それはそうなんだけど……やっと卵が孵って、プリンセスちゃんと一緒に冒険に行けるってときだからさ。
次に誰かと決闘するようなイベントが始まる前に、新しいデッキも完成させたいし」
「気持ちは分かるで。今のリンは次から次へと、やれることが増えとる真っ最中。
ゲームなんて、その時期がいっちゃん楽しいやんなぁ」
「時間泥棒でもあるけどな。いい感じに手持ちのカードが増えてきただろ?
それを使ったデッキの構成を考えてるだけで、気が付いたら何時間も経ってたりするんだぜ」
「分かります。つい夢中になっちゃうんですよね」
ワイワイと語りあってはいるが、結局のところ山への遠征に乗り気ではないらしい。
テスト期間を大事にするのは学生として良いことだ。それはリンにも分かるので、あまり強く同行を求められない。
と、そこで機転を利かせたステラが、ひとつの案を持ちかけてきた。
「じゃあ、こういうのはどうですか?
私の家で勉強合宿をして、そのついでに山へ行くというのは」
「「勉強合宿!?」」
意外な提案に声を上げたリンとソニア。他のメンバーも突然のことに目を丸くしている。
「実は今度の土日、両親が泊りがけの出張で家政婦さんもお休みなので、私ひとりになってしまうんです。
この機会にみんなで集まって一緒に過ごせたらいいなって」
「そういうことなら、もちろん行くよ! ステラの家、初めてだし!」
「わ、わたしも行ってよいのでありますか!?」
「はい、もちろん」
「うぉおおおああああああああああああっ!!
オフ会! 人生初のオフ会なのです! お姉さま、お姉さまぁああ!」
「ソニアも行くの? 分かったわ、迷惑をかけないようにね」
「いやったぁあああああああ!!」
魚が掛かったときの釣りキチ少年かと思うほど、派手に跳び上がって喜ぶソニア。
中学生のリンもオフ会は初めてであり、さらに仲の良いクラスメイトの家で合宿。
一気に上がったテンションの中、話題の波紋は他のメンバーにも広がっていく。
「オフ会か~。楽しそうやけど、ウチは住んどる場所が遠すぎやな」
「ははは、俺も遠慮しとくわ。みんなで女子会を楽しんできてくれ」
「それは残念です……クラウディアはどうしますか?」
「え? 私?」
「せっかくだから、クラウディアも一緒に行こうよ。ミッドガルドで車を出してくれる人がいると助かるし」
「あのね! 私はタクシーじゃないのよ?
まあ……ソニアだけだと何をやらかすか心配だから、つきあってあげるわ」
「じゃあ、この4人ですね」
「うひゃあ~っ、お姉さまと一緒にお泊り! 史上空前の週末がやってくるのです!」
かくして、女子メンバーたちによる初めてのオフ会が開かれることになった。
テスト前の勉強合宿。そして、それを兼ねた山への遠征が目的だ。
やりたかったことが予想以上の規模で進行し、リンの頭はすでに遠足気分。
もはや週末が待ち遠しすぎて、ソワソワと時計やカレンダーを見ながら日々を過ごすことになった。




