第18話 深き森の魔女 その3
【 リン 】 ライフ:4000
ガラクタコロガシ
攻撃400(+300)/防御1400
装備:汎用アタッチメント・ブレード
ブリード・ワイバーン《成長1回/バースト1回》
攻撃1200/防御1200
【 ステラ 】 ライフ:4000
ジャイアント・スナッパー
攻撃300/防御1700
ダークネス・ゲンガー《成長0回》
攻撃300/防御300
【ブリード・ワイバーン】は成長するユニットで、小さいときには可愛く、大きくなるとかっこいい見た目になる。
ユニットの中でも珍しく、ステータスの『基礎値』が増加していくのも特徴だ。
しかし、いざデッキに組み込んでみると、非常に使いにくいと言わざるをえない。
最初の弱さが致命的で、どうにか3ターン生き延びても攻防1200。
これならすぐに2400もの攻撃力を出せる【好戦的なエルフ】あたりを使ったほうが手っ取り早いだろう。
しかし、そんなワイバーンにも逆転の可能性が残されていた。
「ガルルルルルッ!」
「グォオオーーーーーッ!」
「く……首が増えたーーーー!?」
リンが【ブリード・ワイバーン】をスタックバーストさせると、体から2本目の首が生えてきた。
それぞれの頭が意思を持ち、長い首をうねらせながら威嚇する。
これぞまさしく、【突然変異】。
初期値300の★1コモンが、手のつけられない竜へと進化していく秘術であった。
「じゃあ、もしかして……これなら、もう1本?
【ブリード・ワイバーン】、スタックバースト!」
「おいおい! まだ持ってるのかよ!?」
さらにスタックバーストを重ねた結果、3本目の首が生えてくる。
その圧倒的な存在感は、もはや神話に登場する怪物。
ステータスも堂々の攻防2400となり、レアカードと互角以上に戦えるユニットと化した。
「わはぁ~っ、かっこいい~!」
「キング●ドラかよ、まったく!」
「一気に2枚の連続スタックバースト……
もしかして、さっきの【物資取引】で引いたんですか?」
「うん、最後の1枚をね。
このターンが始まったとき、2枚目のワイバーンが来てくれて。
で、【物資取引】を使ったとき、あたしの手札は4枚。
けっこう迷ったんだけど、ステラを巻き込むためにワイバーンだけ残して、他の3枚を全部デッキに戻した。
それで最後の1枚を引けたのは、さすがに運命を感じちゃったな~」
それが先ほどから大喜びしていた理由である。
【アルテミス】は来てくれなかったが、代わりにワイバーンが次々と手札にそろったのだ。
「運命……ですか。
普通は2ターン目でここまで完成しないはず。
だから【ブリード・ワイバーン】を使いこなす人は、あまり多くないんです」
「そうなの?
こんなに可愛くて、育ったらかっこいいのに」
3本首で威圧する青年期のワイバーンには、もはや召喚直後の可愛らしさは残っていない。
しかし、これはこれでかっこいいと、リンは大満足だった。
成長したワイバーンの姿に目をキラキラと輝かせる妹。
そんな彼女に対し、兄は呆れ気味の声を上げる。
「こいつはパックを開けてワイバーンを引いたときから、ずっとこんな感じだよ。
俺が止めても聞かなかった。
今回は上手くいったけど、中途半端にしか育たないことも多いんだぞ」
「そのときは、そのときでなんとかするっての!
そりゃ、出たターンで戦えるカードのほうがいいに決まってるけど、それが全部じゃないと思う。
ゲームなんだし、自分の好きなように遊んだほうが気持ちいいじゃない」
リンの心に迷いはない。
初心者ゆえの未熟な理想だが、それでも間違いなく、今の彼女は楽しんでいた。
まったく根拠のない自身を胸に、しかし、まっすぐな瞳でフィールドに立つリン。
その姿を見据える魔女は、とあるプレイヤーの称号を口にした。
「【魔術王】」
「ん? それはワールドチャンピオンの称号だな。
第2回世界大会の優勝者だ」
「数年前、初めての世界大会で【騎士王】が誕生したとき、騎士のカードは人気が急上昇しました。
私はまだプレイしてなかったんですけど、チャンピオンに憧れて騎士デッキを使う人が急増したと記録に残っています。
その影響で第2回の世界大会は、かなりの参加者が騎士だったそうですが……
優勝したのは、当時ほとんど人気がなかった魔術デッキでした」
「そうなんだ……魔術って騎士に対して強いの?」
「特にそういうことはない。むしろ、分が悪いくらいだ。
2代目チャンピオンは相当な数の騎士デッキと戦ったはずだが、その全てを制して頂点に上り詰めた」
「会ったことはありませんけど、私の憧れの人です。
こうして魔女の服を手に入れたのも、そんな風になりたかったからで……
自分なりのデッキと戦略で勝つために、あえてハイランダーの道を選びました」
そこまで言うとステラは杖を持ち直し、三角帽子をクイッと持ち上げて両目を光らせる。
「ありがとうございます!
リンを見ていたら、そのときの気持ち――最初の決意を思い出しました。
正直に話すと、相手が初心者だから遠慮してたんですけど……
でも、ここからは本気でいきますね」
「ああ~、えっと、そのまま遠慮してくれてもよかったんだよ?」
「もうダメですっ」
ニコッと笑顔を見せるステラだったが、おそらく心の中では笑っていないだろう。
強者に好敵手と認められたのは光栄なことだ。
しかし、それをうれしいと感じられるほどリンは玄人ではなかった。
「あーもー、なんでみんな熱くなっちゃうのかなぁ?」
「そりゃ、お前が熱いからだろ」
「あんたが言うな、バカ兄貴」
「あの~、私の話は終わったので攻撃してもいいですよ?」
「ああ、はいはい!」
威圧感のある姿をしているが、相変わらずユニットたちは会話が終わるまで待ってくれていた。
今なら攻防2400のワイバーンで一方的に攻められるはずだ。
「せっかく、ここまで育ってくれたんだし。
派手にいっちゃうよ~!
【ブリード・ワイバーン】、攻撃宣言っ!」
「ゴガァアアッ!」
「グァアアーーーッ!」
「ギャオオォーーーーッ!」
3本の首が一斉に吠え、ワイバーンの腹部が溶鉱炉のように赤熱した。
竜種の厚い鱗を通しても分かるほどの赤い光は、それぞれの首を伝って喉へと上り、やがて3つの口内へと達する。
「いっけぇええええーーーー!!」
「【ジャイアント・スナッパー】、ガード!」
ワイバーンが口から放ったブレスは、炎などという生易しいものではなかった。
例えるなら、まっすぐに伸びた稲妻。
紅蓮に輝く熱線が3つの口から射出され、重甲のカメですら一瞬で消し飛んでしまう。
『ステラ、残りライフ3300』
それだけにとどまらず、放たれた熱線はバトルフィールドの外にまで及び、森の木々を吹き飛ばしていく。
対戦相手に指をさしたまま、『いっけぇー!』のポーズで固まったリンは、やがて冷や汗を流しながら慌てふためいた。
「うわぁあああーっ、ごめーん!
森が! ステラのルームが大変なことに!」
「あはは……VRだから大丈夫です。
この決闘が終わったら自動で修復されると思うので」
「そ、そうなんだ……
え~と、【ガラクタコロガシ】でもアタックしたいんだけど」
「抜け目がないですね。
アタックのとき、相手の了解を得る必要はないですよ」
「じゃあ、攻撃!」
女の子に向かって昆虫で攻撃するのは少し戸惑ったが、リンは立て続けにアタック宣言。
頭に鋭いブレードを装着した【ガラクタコロガシ】は、ブブブと翼を広げて突っ込んでいく。
「私が本体で受けます……くうっ!」
『ステラ、残りライフ2600』
相手のライフは半分以上残っているものの、良い攻めができたリンはガッツポーズを取った。
「よしっ、あたしはこれでターンエンド!」