第2話 リンの家族たち
「ふ~む……これはこれは」
恐竜たちの争いを解決してくれたサクラバだが、ロフトに居座る【プリンセス・ドレイク】の様子を見るなり、しわだらけの顔を歪めた。
お姫さまは相変わらず宝石の山に寝転がって、ご尊大な様子である。
「なんとも珍しいユニットを見つけてきたもんだ。私も長いことやってるけど、こんな子は初めて見るよ」
「サクラバさんでも分からないんだ」
「大会で優勝したオルブライトのデッキといい、まだまだ知らないことが多いもんだねぇ」
熟練者のサクラバをもってしても、全てを知り尽くすことはできない。
このラヴィアンローズに隠された謎はあまりにも多く、★4野生モンスターや料理も追加されたことで情報量が激増。
ネット上の攻略サイトには、もはや編集が追いついていないかのように『検証中』や『調査中』、『未確定情報』などの言葉が並んでいる。
世界ひとつを作り出せる広大な仮想空間を、フルダイブした体で歩き回って情報を得ることが、どれほど困難なのか。
初心者のリンも、いくつかの旅で身をもって分かり始めていた。
「プリンセスちゃん、ずっとこんな感じで……ごはんも食べてくれないから、仲良くなる方法が分からなくて」
「何を食べさせようとしたんだい?」
「そこのキッチンで作ったお料理だよ。材料はお肉とか野菜とか」
「ふ~む……もしかしたら、料理は食べないのかもしれないね。
最近追加されたものだし、この子はそれより前からいたんだろう?」
「あ~、たしかに。まだ卵の状態だったけど、料理が実装される前に拾ってきたし」
「卵の状態で拾った……?
まあ、詳しい情報は後で今回の手間賃としていただくよ。この世界では何よりも情報が高価なんだ。
今みたいな話を、あまり安売りしないことだね」
「ううっ、き、気をつけるよ……!」
【プリンセス・ドレイク】が孵った竜の卵ですら、ほとんどのプレイヤーに知られていないレアアイテムだ。
どうして手に入ったのか、いまだにリン自身にすら分からない。
サクラバが言うように、この世界での情報は下手なレアカードよりも高価。実際に誰も知らない情報を保持したからこそ、オルブライトは優勝している。
「でも、ほんとに何を食べるのかな?」
「色々と試してごらん。ここは人の手で作られた世界なんだから、必ず答えがあるはずさ」
リンは所持アイテムの中から、次々と取り出してプリンセスに見せた。
ミッドガルドで採取した真っ赤なリンゴ。
村の商人がポイントに換金してくれるため、『賭けリンゴ』という文化が根付くほど人気のアイテムだが、姫はまったく反応しない。
倒したモンスターをカードにするときに使う【ブランクカード】。
当然ながら、そんなものを見せても効果はなかった。
カードからマイルームで飼うペットを作り出すときに必要な【ペット・クリスタル】。
これには興味を示して受け取ったが、食べるのではなく宝石の山に加えただけ。
そして――
Tips――――――――――――――
【 摩天楼イワナ 】
渓谷のレア食材。とても立派に育った天然の淡水魚。
食べごたえは抜群であり、塩焼きにすると非常に美味。
――――――――――――――――――
「がうっ!」
「あっ、反応してくれた!?」
摩天楼渓谷を探索したとき、スピノサウルスの口から吐き出されてリンの顔面に命中した大きなイワナ。
鮮度そのまま、水から揚がったばかりの立派な魚を見た瞬間、プリンセスはガバッと起き上がる。
「もしかして、これは食べてくれるんじゃ……!」
「ああ、少しお待ち。そのまま渡すよりも、いい方法があるよ」
サクラバに言われてリンは移動し、家の玄関を開けっ放しにした状態で焚き火を設置する。
イワナは80cmほどもあったため、キッチンで切り身に加工。
串に刺した魚肉に塩を振り、じっくりと火で炙ること数分。
じゅわじゅわと音を立てながら焼けてきたイワナの煙を、うちわで扇いで家の中へと送り込む。
「繁盛しているウナギ屋は『煙を食わせる』と言ってね。わざわざ店先に煙が広がるようにしてるのさ。
そうすれば、客引きなんてしなくても自然と人が寄ってくる」
「すっごく、いいにおい! ほらほら~、きっと美味しいぞ~!」
家の中にいるプリンセスには、たまったものではないだろう。彼女がいるのは煙が溜まりやすいロフト。
思えば、リンは料理を『オートモード』で済ませていたため、煙が上がるようなことはなかった。
プリンセスの食欲を誘うための努力を、何ひとつしていなかったのだ。
良い感じに焦げ目が付き、きつね色に焼き上がったイワナの切り身。うっすらと白く浮かぶ程度に、ほどよく振られた塩加減。
まさに今が食べごろというタイミングで――
「がぁう……」
ついにロフトから降りてきたプリンセスが、太陽のまぶしさに驚きながらも玄関から出てくる。
「ちょうど焼けたところだよ、一緒に食べよっ」
「がうぅう……ぐるるっ」
警戒しながら尻尾で地面を叩いていたプリンセスだが、目の前で脂を垂らす串焼きの魚は王族すらも落としにかかる。
彼女はリンが差し出した串を受け取ると、とうとう根負けしたかのように食らいついた。
「はぐはぐ……がうっ、むしゃむしゃ」
「やった~! やっと食べてくれたよ~!」
「さすがのお姫さまも、いい魚が焼ける煙には勝てなかったみたいだねぇ。
でも、これは……もしかしたら、レア食材しか食べないんじゃないかい?」
「え……?」
「イワナの説明文に書いてあっただろう、レア食材って」
慌ててTipsを読み返してみると、たしかにそう書いてある。
これまでリンが与えようとしていたのは、レアではない普通の食材だ。
試しにレアではないイカを取り出し、サクラバが作ってくれたタレを塗りながら同じように焼いてみる。
醤油をベースにしたタレは香ばしいにおいを発しながらイカに染み込み、リン自身もゴクリとよだれが出るほど美味しそうなイカ焼きに仕上がった。
それをプリンセスに近付けてみたのだが――
「くん、くんくん……ぷいっ」
「あ……ダメなんだ」
「お姫さまは相当な食通みたいだね。こりゃ苦労するよ」
「我がままだなぁ。レアじゃなくても、十分美味しそうなのに。
しょうがない、これはあたしが食べちゃ…………あっ」
と、そこでリンは気が付いた。これだけ美味しそうな煙を屋外で上げていれば、当然ながらプリンセス以外も寄ってくる。
嗅覚が鋭いコボルドを筆頭に、動物たちやアロサウルス。
島の大部分に上がれなくなってしまったスピノサウルスまで、物欲しげな目で海の中から見つめていた。
「あ~、そうだよね。せっかくプリンセスちゃんが仲間になってくれたんだし、今日はみんなで食べよっか。
でも、レアな食材の在庫が……」
「仕方ないねえ、私が持っているものを出してあげるよ。
その代わり、お姫さまの情報はしっかりいただいていくからね」
そして始まった、突発の浜辺焼き祭り。
次々と焼き上がる魚介類や野菜をペットたちに食べさせるリンは、まさに子供を育てる母親のような忙しさだった。
しかし、充実感に満ちあふれていたのも事実。
サクラバの存在もまさに”お婆ちゃん”であり、両親や兄と日々を過ごすリンにとっては貴重な体験だ。
気高いプリンセスは、やはりレア食材しか食べない。
高級なアワビの貝がら焼きを堪能する姿は可愛らしいが、これから先の食材探しが思いやられる。
だが、良いのだ。こうして家族の一員になってくれたのだから、それで良い。
全国3位の『大物殺し』と呼ばれるリンだが、戦う理由はただひとつ。
自分が愛するカードたちと共に冒険し、決闘で勝利を掴み取る。その楽しさだけが、彼女の背中を急かすように押し続けていた。




