第1話 命であって、命ではない
「で、私を呼んだってわけかい」
相手側からの招待があれば、フレンドは他のプレイヤーのルームに入ることができる。
その日、南国の孤島へと招かれたのは1人の老婆。
ファイターズ・サバイバルの予選でリンと死闘を繰り広げた対戦相手、ドラゴン使いのサクラバであった。
「竜タイプのことなら、サクラバさんが詳しいかなと思って」
「何が起こってるのかは、だいたい分かったよ。
血の気が多い兄弟は顔をあわせるたびにケンカばかり、末の娘は我がまま放題。
ほっほっほっ、なんだか懐かしいねえ」
そう言って目を細めるサクラバは、たしかな知識と技術力を持つプレイヤーだ。
年寄りだからと侮ったが最後、彼女が使役するドラゴンの前にひれ伏すことになるだろう。
リンは予選で彼女に勝利したが、一度も敬意を忘れたことはなかった。
昨日の敵は今日の友。フレンドの中で生粋のドラゴン使いといえば、彼女を置いて他にはいない。
「で、まずは恐竜たちなんだけど」
「ふむ、あのとき戦った親分さんが、リンちゃんの手に負えなくなるなんてねぇ」
「うん……どっちか片方だけなら問題ないんだけど、2匹になるとケンカが始まっちゃって」
「とりあえず、実際に見てみようじゃないか。両方いっぺんに出してごらん」
「え、ええ~……」
小さなペットたちを避難させ、リンは言われたとおりに2枚のカードを取り出す。
スピノサウルスとアロサウルス、相反する水と炎が島の上に現れた直後――両者はお互いの姿を見た瞬間に威嚇を始めた。
「オオオオオオーーーーーーーーッ!!」
「ゴガァアアアアアーーーーーーーーッ!!」
「ほ~ら、始まった! もう、いっつもこんな感じ!」
「ふむふむ、火山の恐竜を捕まえてくるなんて、相変わらず活発にやり込んでるねえ。
でも、この島……恐竜を2匹も飼うには小さすぎるんじゃないかい?」
「それはギルドの人にも言われたけど、これでも少し広くしたばかりで、今はちょっとポイントが……
うわぁああああああ~~~~~っ!!」
「グゴォオオーーーーーーーーーーーーッ!!」
会話中にも、すぐ近くを薙ぎ払っていく高温の火炎ブレス。
スピノサウルスは巨体を活かしてタックルを仕掛けたが、アロサウルスは軽やかに避けてカウンターを狙う。
リンの島に1本だけ生えていたヤシの木が燃え上がり、大型恐竜たちによる地響きでだけで全てが崩壊しそうだ。
「なるほどね。こりゃ、『千日手』というヤツだよ。
ここはミッドガルドでも決闘でもない、ルームの中で戦ってる限りダメージを受けないんだ。
それはリンちゃんも同じだから安心しな」
「安心なんてできないよぉおおおっ! こんなのが1000日も続いたら、島がなくなっちゃう!」
「それじゃあ、話しあってみようか。あの子たちに言葉を伝えられるのは、ご主人さまだけだ。
無理に戦いをやめさせたりせず、こう言っておやり――」
人間の話など聞いてくれそうもないのだが、サクラバはひとつの妙案をリンに伝えた。
1歩もゆずろうとしないまま、お互いを敵視して戦い続ける恐竜たち。リンは棒きれを拾い上げると、両者の間に駆けていく。
「あんたたち、ちょっと待ったぁーーーーーーー!!」
巻き込まれたら一瞬で踏み潰されてしまいそうな戦いだが、ちょうど距離をとってにらみ合いになっていたタイミング。
アロサウルスの火炎を避けたスピノは海岸線まで退き、いつでも水に入れるように身構えている。
その間に割って入ったリンは、棒きれを振りかざしながら声を上げた。
「ここじゃ、どれだけ戦っても決着はつかないよ!
そんなにやりたいなら、ケンカをやめろなんて言わない。好きなだけ戦ってもいい。
ただ、終わりがなくなっちゃうのはまずいから、ひとつルールを決めるね!」
リンは棒で砂の上に線を引き、それぞれの領土を指定する。
水域から海岸の一部はスピノサウルスのもの。
それ以外、陸地のほとんどはアロサウルスのもの。
そして、決められたルールは単純明快。
「お互いに、相手の陣地に入ったほうが負け!」
「「 !? 」」
その取り決めに、恐竜たちはビクッと反応して動きを止めた。
本来はプレイヤーの支持に従って動くユニットなので、人間の言葉は理解できる。
砂の上に引かれた、どうということはない1本の線。恐竜の足なら簡単に踏み越えられそうなのだが――
しかし、ここでポイントなのが『入ってはいけない』ではなく『入ったら負け』と決めたこと。
お互いに領地を侵すことは可能だが、それは絶対者である王たちに敗北を認めさせることになる。
アロサウルス、スピノサウルス、共にそれぞれの時代に君臨していた生態系の頂点。
そんな彼らにとっての”負け”とは、すなわち死や破滅そのものを指す。
「グルルルル……」
「ゴガァッ」
牙をむいて威嚇しあう両者だが、相手の陣地に入れないのでは攻撃も届かない。
そして、太古の記憶に刻まれた本能によって、体が”負け”を拒絶する。
結果的に何もできなくなり、恐竜たちは自分の陣営に居座るかのように落ち着いた。
「わああ~~っ、言うことを聞いてくれた! サクラバさん、すっご~い!」
「ほっほっ、何事も『やめろ』なんて束縛したら、かえって面倒なことになるものさ。
ただ、今回の件はリンちゃんにも問題があるよ。
なわばり意識が強い恐竜たちを、こんな狭いところで飼おうとしたんだからね」
「うぅ……あたしの理解が足りなかったってこと?」
「そうさね、ラヴィアンローズの世界は本当によくできてる。
ペットはユニットカードから作られたもの、つまりは人間の所有物でしかないはずだけど……
でも、この島にいる子たちを見て、物のように扱えると思うかい?」
「ううん、絶対に無理。本当に生きてると思うし、あたしの大事な仲間だよ」
「それなら、もっと理解を深めてやることだ。
あくまでも勘だけどね――この世界に試されてるんだよ、私たちは」
「試されてる……?」
「本来は1枚のカード、いや、そのカードですらVRの世界にしか存在していない。
そんな不確かなものに対して、人間がどれだけ愛情を注げるのか試しているのさ。
私たち大人とは違って、これからリンちゃんの世代は『存在しない命』と一緒に生きていくことになる。
こうした仮想空間のペットや、動物みたいに愛嬌のあるロボット、そして科学の力で作られた人間――
それを物として見るか、仲間として見るのかは、未来に生きる子供たち次第なんだよ」
「………………」
老婆の口から紡がれた人間の本質に迫る話を、中学生のリンはポカンとした表情で聞いていた。
若い少女が完全に理解するのは難しい。
しかし、とても大事な話だということは何となく感じ取れる。
「まあ、要するに今までと同じさ。本当に生きているかどうかなんて関係ない。
この子たちが大事なら、とことん愛しておやり」
「…………うんっ!」
「少し無駄話が過ぎたかね。それじゃ、次はお姫様の番だ」
話が終わる頃には恐竜たちも座り込むほど落ち着き、炎に包まれたヤシの木が元に戻っていた。
いずれポイントが貯まったら、それぞれが戦わなくても済むくらい十分な土地を用意するべきだろう。
浜辺の一角に咲いているのは、島ができた直後にステラからもらったハイビスカスの赤い花。
その花も、リンのペットたちも、仮想世界にしかない不確かな存在だ。
それらを生きていると認め、共に歩めるのかどうかは、これから大人になっていくリンたちに託されている。
ある意味、学校では学べないほど大切なことが、この世界には詰め込まれていた。




