プロローグ
「いい? 絶対にケンカしちゃダメだからね? 絶対だよ、分かった?」
「グルルル……」
明るい陽光に満たされた南海の孤島。
中学生の少女が全長15mの恐竜に言い聞かせている姿は異様であったが、リンにとっては今後に関わる大問題。
陸地に1軒だけ建った家の陰からは、島に住む小さなユニットたちが様子を伺っている。
リンのマイルームで飼われている白亜紀の大型恐竜、スピノサウルス。
水辺の生物としては地球史上最大にして最強。現代のワニなど比べ物にならないほど、圧倒的な巨躯と戦闘力を誇る。
初心者のリンにとっては親分のように頼もしく、特に信頼を寄せているユニットなのだが――
「それじゃあ、出すよ! アロサウルス!」
彼女が1枚のカードを掲げると、島に2体目の恐竜が現れた。
スピノサウルスに比べれば小柄だが、それでも人間からすれば見上げるような12mの巨大生物。
前傾姿勢になり、発達した後ろ足だけで立つという代表的な骨格の肉食恐竜だ。
異質なほどに全身を覆う黒い鱗と、亀裂が入ったかのように走る赤い模様。
背中や尻尾からは炎が発せられ、吐き出す息にまで火の粉が混じる。
Pets――――――――――――――
【 ブラックバーニング・アロサウルス 】
中生代ジュラ紀に栄えた大型肉食恐竜、アロサウルス。
灼熱の火山で過ごした結果、環境への耐性を得るために炎の力を得た。
体重は2t前後と大型恐竜の中では軽く、それゆえ非常に動きが速い。
走る速さは時速30km~60kmといわれている。
――――――――――――――――――
先日、仲間たちと共に火山で捕獲したアロサウルス。
スピノサウルスよりも1億年前の時代に栄え、地球を支配していた生態系の王者。
ただでさえ凶暴な肉食恐竜に、ラヴィアンローズのスタッフは炎属性まで与えてしまった。
「グルァアアアアアアーーーーーーーッ!!」
「オオオオオオオーーーーーーーーッ!!」
そして、出会った瞬間に真っ向から吼える両者。
片や王国を作り上げ、ひとつの時代を制覇していた君主。
もう片方は水辺に敵など存在しないかのように、生態系の頂点に立っていた絶対王者。
どちらも自らの強さをもって王の座についていた者。それゆえ、相手の存在など認められるはずがない。
「こらーっ! ケンカはダメって言ってるでしょ!」
「ヴァオオオオオオーーーーーーッ!!」
「キシャアアアアーーーーーーッ!!」
「ちょっ、聞きなさいって! なんで仲良くしてくれないの~っ!?」
まさに相反する炎と水。
巨大な口から火炎を吐いて攻撃を仕掛けたアロサウルスと、水中から飛び出して反撃するスピノサウルス。
本来なら1億年もの進化を経たスピノのほうが強靭であり、骨格や筋肉の発達によって体重が10倍近く違う。
しかし、アロサウルスの強みは身体構造による素早さだ。
しなやかな身のこなしから繰り出される、炎をまとった苛烈な攻撃。捕食者の筆頭としてジュラ紀を支配していたのも伊達ではない。
リンに足りなかった火力を与え、これから大いに活躍してくれることだろう。
戦う相手がリン自身のユニットでなければ。
■ ■ ■
「材料は、これでよしっと」
一向にケンカをやめない2体の恐竜をカードに戻した後、リンは自分の家に設置したキッチンに立つ。
まだ中学生の彼女は、それほど料理をしたことがない。
だが、この仮想世界ではキッチンに材料を並べてコンソールを操作し、『オートモード』を発動させるだけだ。
ボフンと煙が上がったかと思うと、魔法のように美味しそうな料理が並ぶ。今日のメニューは鳥肉の炭火焼と野菜サラダ、デザートは果実の盛り合わせ。
「んん~、美味しそう! みんな~、ごはんだよ~!」
リンが料理を持って外へ出ると、彼女のユニットたちがドタバタと集まってきた。巨大な恐竜を除けば、ここにいるのは小柄なものばかり。
可愛らしい動物に南国の鳥、飛竜の子供、幼女の姿をしたモンスター娘。
その中にはアロサウルスと一緒にやってきた、中型犬くらいのガゼルもいる。
Pets――――――――――――――
【 ロック・ガゼル 】
環境が厳しい土地に棲む小柄な草食動物。
シカによく似ているが、実際にはウシの仲間。
人間では歩きにくい岩場も、ロック・ガゼルは簡単に飛び越えてしまう。
――――――――――――――――――
「ガゼルちゃん、美味しい?」
「ピィーッ」
「うんうん、キミはすぐに仲良くなれて偉いね~」
元気に返事をしたガゼルは草食動物なため、サラダや果実を好んで食べる。
学校で子供たちが給食をとるかのように、小さなユニットたちがワイワイと集まっている平和な光景。
それを見ているだけでも、顔がほころんでしまうのだが――
「あぁ……やっぱり来てないか」
この島にいるはずの”彼女”は賑やかな食事の場に来ていない。リンは鳥肉や果物を少し取り分けると、家の中へと戻っていった。
唯一の建物であるロッジ風の家には、ちょっとしたロフトになっているスペースがある。
そこを占拠し、自分だけの居場所にしてしまったユニットが1体。
Pets――――――――――――――
【 プリンセス・ドレイク 】
非常に珍しいドレイクの上位個体。
見た目は人間に近いが、荒々しい性格は竜そのもの。
幸運にも手に入れた場合は、竜の王族として丁重に扱わなければならない。
――――――――――――――――――
「プリンセスちゃーん、またごはん食べないの?」
「がぁう」
ロフトに陣取るかのように、長い尻尾を丸めて寝そべる幼女。両目は真紅に輝き、額から赤い水晶のような角が生えている。
ぼさぼさに伸びっぱなしのロングヘアは、ワイルドながらも美しく繊細。
お姫さまのドレスのように見えるのは、他の生物の毛皮や甲殻を組み合わせて作った衣服だ。
ドレイクとは翼を持たないドラゴンの総称である。
この【プリンセス・ドレイク】の背中にも翼はないが、王の血統である彼女は強大な力を秘めていた。
「ほら、お腹すいたでしょ? 少し持ってきてあげたよ」
「……ぷい」
「も~、他の子は美味しそうに食べてくれるのに、この子だけ全然食べようとしない……
こんなところに引きこもっちゃって、みんなと一緒に遊ぼうともしないし」
この島で誕生した【プリンセス・ドレイク】だが、生まれた直後に主人であるリンに噛みつき、ロフトを占拠したあげく動こうとしない。
VRの世界なので飲食は必須ではないものの、まったく食事を取ろうとしないので心配になってしまう。
「あ、そうだ! 水晶の竜だから、こういうのを食べたりするのかな?」
リンはコンソールを操作して、火山で採掘してきたジルコンやサファイアを取り出す。
プリンセスを卵から孵すために必要だった【マグマ岩】のハズレとして、大量に掘り出されたものだ。
この世界には鉱物を食べるモンスターもいるため、通常の食事をとらないのではないかとリンは考えた。
「ぐがぁうっ!」
「おお~、反応した! やっぱり、これが欲しかったんだね?」
「がう、がうがう」
「え? もっと欲しいの? まあ、宝石ならいっぱいあるけど」
初めて人間が持っているものに興味を示し、ひったくるように奪い取るプリンセス。
ようやく意思の疎通ができたことを喜びながら、次々と渡していくリンだったが――
「フフン」
「……あれ?」
出来上がったのは宝石が積み重ねられた”龍の巣”と、その上に寝そべって満足げな様子のプリンセス。
まさしく、おとぎ話のドラゴンが財宝を貯め込んでいるかのような光景だ。
小さくても、やはり竜。光り物を好んで集める習性があるらしい。
「あ~、食べるわけじゃないのか……とりあえず、好きなものが分かっただけでも一歩前進かな」
ほんの少しだけ交流できたのだが、料理が乗った皿はリンが持ってきた状態のまま。差し出された食物には目もくれず、一向にロフトから出てこようとしないドレイクの姫君。
恐竜同士の大ゲンカを始めるアロサウルスと並び、こうした現状もリンにとって大きな問題になっていた。
6章までの文章を改定し、一部のカード効果などが変更になりました。
詳しくは活動報告を御覧ください。2022/03/09




