第24話 新たなる炎の力
「こちら後方であります。目標地点に異常なし」
「同じく後方、異常ありません。成功を祈ります」
「了解。ナンバー1、準備できたわ」
「ナンバー2、いけるぜ」
「ナンバー3、うちもええよ」
「セントラル、いつでも大丈夫!」
火山に来て5日目。この日はコンソールを通じて、メンバーたちによる通信が交わされていた。
できるだけ視界が開けた場所に『セントラル』のリンが立ち、やや後方に離れたソニアとステラが見張りを務める。
「それでは、5秒後に作戦開始……3、2、1、ゴー!」
クラウディアの号令で動き出す3人。
ユウは灰色のオオカミ、サクヤは2本の尻尾が生えたキツネ。それぞれ人間が乗れるほど大きな動物ユニットを駆り、風のように目標地点へと向かう。
その後方から大地を響かせ、恐ろしい形相で追いかけてくる影。
背中に炎を灯したアロサウルスが1体ずつ、大型生物とは思えない俊足で接近していた。
さらに加わる異質な機械音。ファンタジーと恐竜が融合した世界に、近代の軍隊で使われるような緑色のオフロードバイクが紛れ込む。
偵察用オートバイ『TGXX250”ハンター”』。リンが買った超合金パワードスーツと並ぶほど高価なアイテムだ。
それを駆るのはミリタリーな衣服に身を包んだクラウディアであり、後方から同じようにアロサウルスが追いかけてきている。
「引きつけ成功! まもなくセントラルに到着するわ!」
「オーケー、あとは任せて!」
クラウディア、ユウ、サクヤが1匹ずつ連れてきた野生のアロサウルスは、リンがいる場所で合流することになった。
駆け抜けていく仲間たちに代わり、月の女神【アルテミス】を従えたリンが3匹全てとエンカウント。
すでに【エクシード・ユニオン】の効果で【渓谷チンチラ】が装着されており、さらに複数のリンクカードも装備済み。
が――群れになったことでアロサウルスのスタックバーストが発動してしまう。
どちら側のターンだろうと関係なく、攻撃力7500の【爆炎吼】が3連発。
「ゴァアアアアアアーーーーーーッ!」
「キェエエエエーーーーーーーッ!」
「グルァアアアアアアーーーーーーッ!」
アロサウルスは顎の関節が非常に柔軟で、90度以上も口を開くことができる。
21世紀の爬虫類でこれができるのはヘビくらいであり、トカゲの仲間が同じことをすると口が裂けてしまう。
喉の奥が見えるほど大きく開かれた口内。そこから発射される高威力の火球。
このスタックバースト効果があるため、複数のアロサウルスに囲まれるとバトルが始まる前にユニットが消し飛ぶことになるのだが――
「カウンターカード! 【タクティカル・ディフェンス】!」
Cards―――――――――――――
【 タクティカル・ディフェンス 】
クラス:コモン★ カウンターカード
効果:1ターンの間、自プレイヤーの所有ユニットに付与されている攻撃の増減効果を、防御ステータスに移し替える。
――――――――――――――――――
リンがすかさず発動させたのは、初期から愛用しているカウンター。
いくつもの装備品を重ねて強化された【アルテミス】のステータスが、全て防御力に回される。
轟音と共に着弾。3発の【爆炎吼】が次々と炸裂し、その名のごとく爆炎を撒き散らしながら標的を焼き尽くす。
そもそも火山は過酷なため初心者向けではないのだが、運悪く複数のアロサウルスに出会ってしまったプレイヤーは、このような結末を迎える。
しかし、今回は全てを知りつくされ、前もって対策を取られている状態。
爆炎で生じた煙が薄れていくと、その奥には女神を従えた少女が立っていた。
「我を称える詩はなく 我を封じる術もなし
我は人より産まれ 星をも喰らう厄災なり
神魔 天地 時の記憶をことごとく
三千世界を無に還し 而して我も共に消えん
是より先は等しく虚無 我は全てを滅する者なり」
リンの詠唱が進むに従い、空中に発生する小さな太陽。
ユカタン半島に巨大隕石が落下して恐竜が滅んだ説は、理科の教科書に載るほど有力だ。
その大絶滅が起こったのは、アロサウルスが栄えていた時代から1億年も後の白亜紀。それゆえ――
それゆえ、彼らは知らない。
陸上を思うがままに支配していたジュラ紀の恐竜にとっては、おそらく初めて目にする滅びの光。
いかなる存在も一瞬で焼き尽くすようなものが、この世には存在していた。
「【全世界終末戦争】ーーーーー!!」
「グワァアアアアアアアーーーーーーー……ッ」
全てが閃光に包まれ、効果範囲内の生命は等しく塵と化す。
ただし、装備している【渓谷チンチラ】の効果によって、月の女神はプロジェクトカードの効果を受けない。
ついにリンは入手したのだ。自身のユニットを巻き込むことなく、最終兵器を放つ手段を。
火山をも揺るがす強烈なプロジェクトカードの効果が終わったとき、女神は傷ひとつない美しい姿で立っていた。
そして――リンの目の前には、気絶して横たわるアロサウルスが1体。
「わぁあああ~、やったぁあああ~~~!」
すぐさま白紙の『ブランクカード』を取り出し、アロサウルスに向けるリン。
野生モンスターを倒して主人であることを認められた彼女は、新たなユニットカードを配下に加える。
Cards―――――――――――――
【 ブラックバーニング・アロサウルス 】
クラス:レア★★★ タイプ:竜
攻撃2500/防御1500/敏捷80
効果:このユニットの攻撃がガード宣言されたとき、自身のレアリティ未満のユニット1体に対して追加で攻撃宣言できる。
スタックバースト【爆炎吼】:瞬間:このユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを、目標のユニット1体に与える。
――――――――――――――――――
カードに描かれたのは、体を発火させながら咆哮する勇ましい恐竜のイラスト。
野生モンスターではなくなったのでステータスは下がったが、効果はほとんど変更されていない。
バトルしたとき、相手の陣営にいる★3未満のユニット1体を巻き込む範囲攻撃。
そして、好きなタイミングで即座に撃てる2500ダメージのスタックバースト。
いずれも強力であり、リンにまったく新しい戦略をもたらしてくれるに違いない。
「やったな、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「みんな、ありがとう~! 新しい★3をゲットできたよ!」
やがて【全世界終末戦争】の範囲外まで退避していた仲間たちが、次々と集まってくる。
みんなで一丸となり、リンの捕獲作戦に協力してくれたのだ。
「太古の恐竜と、灼熱に燃ゆる火精の融合!
あの漆黒と紅蓮が入り混じった姿は、もはや『かっこいい』と『かっこいい』をかけて2で割らない形容しがたき何か!
じっくり観察したいので、後で見せてほしいであります」
「うん、さっそくクリスタルでペットにするから、あたしのルームに遊びに来てね」
「おいおい、幼稚園の次は恐竜パークでも始めるつもりかよ?」
「水のスピノサウルスと、炎のアロサウルス。思えば正反対の属性ですね」
強力なモンスターの捕獲成功に沸き、笑顔を交わしあうメンバーたち。
バイクから降りたクラウディアは、すぐ近くにいたサクヤと顔を合わせながら苦笑する。
「メンバーが強化されるのはうれしいけど、自分のライバルになりそうな相手が育っていくのは複雑なものね」
「今はそうでも、だんだんそれが気持ちよくなっていくんよ。
ウチのステラにも、師匠を超えるような威勢があればええんやけど……ちと”ええ子”すぎてなぁ。
ところでリーダー、バイクの免許なんて持っとったん?」
「まさか、私は中学生だもの。こうして乗るのはVRの中でだけ――」
と、そんな会話の最中にも、再び地面がグラグラと揺れ始める。
クラウディアは即座に指示を出し、メンバーたちに移動を促した。
「時間が来たようね。噴火が始まるわ! 全員、すみやかにキャンプまで退避!」
火山での探索は常に危険がつきまとう。
地球の海に棲んでいるクジラと同じく、【カイゼンボルグ】はマグマの奥深くに潜っており、たまに呼吸をするため噴火口まで上がってくる。
そのたびに火口からマグマがあふれて流れ落ち、潮吹きで打ち上げられた大量の火山弾が降り注ぐ。
やがて呼吸を終えた【カイゼンボルグ】が潜っていくと、火口から漏れたマグマは冷えて固まり、火山地帯に一時的な平和が訪れる。
人間であるプレイヤーが探索できるのは、その限られた時間帯だけ。
抜群のチームワークで肉食恐竜を捕まえたリンたちですら、安全なキャンプに逃げ込むしかない。
「はぁ~、危なかった……ネームドモンスターって、もう存在自体が災害だよね。
洞窟の竜は歩いてるだけ、火山のクジラは泳いでるだけ。
なのに、人間にはどうしようもなくて」
「プレイヤーの存在なんて、小さいものだと感じてしまいますよね。
ほとんどのカードが通用しませんし」
「みんなでアロサウルスをいっぱい捕まえて、スタックバーストを何発も撃ち込めば勝てるかも。
……って思ったけど、ネームドモンスターには他のカードが効かないんだっけ」
「そうです。あらゆるカードの効果を受けず、目標として指定することもできません」
「一応、ネームドの討伐も視野に入れていたわね。良い機会だから噴火が終わるまで会議をしましょうか。
まずは情報のおさらいから」
Tips――――――――――――――
【 ネームドモンスター 】
ミッドガルドの各地に生息する非常に強力な個体。
ネームドモンスターには8人までのプレイヤーで挑むことができるが、相手も全てのプレイヤーに範囲攻撃ができる。
このモンスターにはレアリティがなく、ブランクカードで捕獲することもできない。
また、ネームドモンスターは全てのカード効果を受け付けない。
――――――――――――――――――
「捕獲できないのはともかく、8人でバトルするっていうのが特殊よね。
このメンバーの中で、ネームドに挑んだことがある人は?」
溶岩クジラの呼吸で発生する火山噴火を眺めながら、コーヒーとサンドイッチでひと休み。
クラウディアの問いに手を上げたのは、やはりプレイ歴が長いサクヤだった。
「うちはフレンドに付きおうて挑んだことあるけど、勝てたためしはないなぁ……
実はギルドメンバー以外も戦えるから、助っ人を呼んだりできるんよ」
「へぇ~……たしかに、この書きかただとそうなるわね。
ただし、ギルドが違うからお互いのカードには干渉できない。そういうことね?」
「せや、一緒に戦っとる人の効果は、まったく影響せんかった」
やや複雑なルールだが、ミッドガルドでは他の人の戦いを妨害できないようになっている。
同じギルドに所属していない限り、一切の干渉が不可能。仮にメンバーだったとしても、代わりに戦えるわけではない。
Tips――――――――――――――
【 バトルのルール補足 】
ミッドガルドにおける通常戦闘の場合、すでにプレイヤーと戦っているモンスターへの攻撃はできない。
また、自分以外のプレイヤーが召喚したユニットに対し、何らかのカードを使って支援や妨害をすることもできない。
これらは野生モンスターの横取りを防ぐための仕様であり、自分以外が行っているバトルに対して有効なのは、以下のケースのみである。
・目標を選択せず、フィールド全域に効果を及ぼすカード。ただし、直接ダメージが発生するもの、および著しい妨害とみなされたものは無効。
・同じ探検隊に所属している場合のみ、野生モンスターに対するプロジェクト、カウンターカードでの支援。
・同じ探検隊に所属している場合のみ、他のプレイヤーが使用した”ユニット以外”のカードを目標にした効果。
――――――――――――――――――
つまるところ、モンスターを直接攻撃したり、仲間のユニットそのものを目標にカードを使ったりすることはできない。
リンは自分が戦っている相手に【全世界終末戦争】を撃つことができるが、仲間のバトルに介入して撃つと無効化されてしまう。
ユニット本体に干渉できないのも、妨害を防ぐための保護と考えたほうが良いだろう。
「あれを倒せたら、ポイントがいっぱいもらえそうなのに……」
「出費がかさむ初心者とはいえ、なんで日本3位になったヤツが金欠になってるんだよ」
「いやー、こうなるはずじゃなかったんだって。
役に立ってるから無駄じゃないでしょ、パワードスーツも」
「まあ、ネームドの攻略は可能だと思ったときにやりましょう。
火山の探索期間も残り半分、有意義に過ごしたいわね」
リーダーのクラウディアが締めの言葉を口にしたところで、ちょうど花火のように上がっていた火山弾が途切れる。
溶岩クジラが再びマグマに潜っていったようだ。
ネームドモンスターは大自然の驚異そのもの。
いつかは挑んでみたいという夢や希望を胸に、リンたちは再び火山の探索を始めたのだった。




