第23話 スーパーヒート・ボルケーノ その6
不死鳥が噴煙の向こうに飛び去ってしまった後、一行は再び隊列を組んで火山を登る。
ようやく辿り着いた目的地は、灼熱に煮えたぎる噴火口。
山頂付近のマグマは冷えておらず、誤って転落すればライフなど一瞬で溶けてしまいそうだ。
「ユニット召喚! コボルドちゃん、もう1回出てきて!」
「わぉ~ん!」
無事に回収したユニットは再召喚も可能。先ほどバトルに巻き込まれて緊急離脱したコボルドは、元気な姿でカードから飛び出す。
「早速だけど、物資収集をお願いできるかな? 危ない場所だから気を付けてね」
「わうっ!」
尻尾を振りながら駆け出していく後ろ姿。これで目当ての【マグマ岩】を入手できれば良いのだが、探索ユニットが1体だけでは上手くいかない。
数分後に戻ってきたコボルドは、小豆のようなサイズの石をリンに手渡した。
Tips――――――――――――――
【 カンラン石 】
溶岩に含まれるケイ酸塩鉱物。マグネシウムや鉄などの金属が、自然に化学反応を起こして結晶化したもの。
美しく大きなものはペリドットと呼ばれる宝石になる。
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「へぇ~! 目当てのものとは違うけど、きれいだね~。いい子、いい子」
「くぅうう~~~ん」
緑色に輝く石を太陽にかざしながら、コボルドの頭を撫でてやるリン。
まだ焦ることはない。火山の探索には10日も期間があるのだ。
そんな微笑ましい主従のところへ歩いてきたのは、ピッケルを手にしたクラウディアであった。
「おそらく、【マグマ岩】は物資収集よりも自分で探したほうが見つかると思うわ。
かなりレアだけど、赤く熱せられた岩を掘るといいわよ」
「そうなんだ。じゃあ、探してみるね」
以前、村の鍛冶屋でもらったピッケルを取り出し、言われたように赤熱した岩を叩く。
火山らしく色々な種類の鉱物が採取できるようで、ルビー、サファイア、ジルコンなどの結晶が次々と出てきた。
「そこらじゅうから宝石が出てくるよ! これって換金できたりする?」
「残念ながら、コレクション用のアイテムでしかないわ。
用途があるとすれば、ペットのおやつね」
「おやつって……こんな石を食べる子がいるの?」
「いるわよ。ほら、あそこに」
そう言って地面に指を向けるクラウディアだが、真っ黒な岩が転がるばかりで生物らしきものは見当たらない。
しかし、じっと目を凝らして観察すると、岩のようにゴツゴツした体のモンスターが紛れ込んでいた。
Enemy―――――――――――――
【 ムゥムー 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1600/HP3800/敏捷10
効果:このモンスターが攻撃を受けたとき、減るHPが半分になる。残りのHPが2000以下になると発動しない。
スタックバースト【環境適応】:永続:このモンスターの攻撃ステータスをHPに加算する。
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明らかに現実世界では見られない生物で、黒い岩を背負ったセンザンコウやアルマジロのような姿のモンスター。
岩に似ている部分は全て皮膚が硬質化した鎧であり、短い手足で地面を這うように歩く。
★2アンコモンとしては非常に生命力が高いのだが、敏捷の低さはステータスの下限に達する10。完全に防御型のようだ。
「わぁ~、なにこれ? 言われるまで気が付かなかったよ」
「岩そっくりだから、ピッケルで採掘するときに間違って叩かないようにね。
こちらから手を出さない限り、襲ってくることはないわ」
「へぇ~、おとなしい子なんだ。石をあげたら食べるかな?」
「ムゥムー……ポリポリ」
「あはははっ、ほんとに食べた! 可愛い~!」
愛嬌のある声で鳴きながら、のんびりと歩く【ムゥムー】。先ほど採取した鉱物を地面に撒いてやると、音を立てて食べ始める。
そこにやってきたステラも、皆と同じようにピッケルを手にしていた。
「【ムゥムー】には根強い愛好家がいて、品評会も開かれているんですよ」
「なんだか癒やされる子だし、好きな人がいそうだよね。
見た目がほとんど岩だから、どこを品評するのかよく分からないけど」
「甲殻の形とか、色つやで判断してるそうです。よほど好きじゃないと分かりませんね」
ラヴィアンローズの主体はカードゲームだが、ペットの飼育という面でも人気は高い。
ファンタジー由来の幻想生物から太古の恐竜、未来的なデザインのロボットまで自室で飼えてしまうのだから、愛好家には夢のような世界である。
「火山って、ここにしかいないようなモンスターが棲んでるし、いろんな鉱石も手に入るから目移りしちゃうな~。
あっちもこっちも魅力的すぎて、10日の探索じゃ足りないかも」
「わたしも、あの鳥を捕まえるのは10日じゃ足りない……です」
去っていった不死鳥を追うかのように空を見つめているソニア。
あまりにも高い目標なため、しっかりと準備しなければ成し遂げられない。
「まあ、ソニアちゃんが狙ってるのは一筋縄じゃいかない相手だし……って、あれ?」
と――地面に撒かれた鉱石を食べていた【ムゥムー】が、岩場に移動して手足を引っ込めてしまう。その状態になると、完全に岩と見分けがつかない。
巧みに擬態しているのか、あるいは”何か”から身を守っているのか。
「んん~? この気配……さっきの流れと同じような」
このミッドガルドで何度も危機に陥ってきたリンには、少しずつ鋭い直感が備わり始めていた。
火山には可愛らしい生物もいるが、恐ろしいモンスターの巣窟でもある。
生態系の下位にいそうな生物が逃げたり、身を守る態勢になったということは――
「まずいわ! 全員、ユニットの召喚を解除して退避!
止めてある【ゴリアテ】のところまで走って、早く!」
「えっ? ええっ、どういうこと?」
「急げ、リン! さっさと逃げる準備をしろ! ここの主が来るんだよ!」
「…………主?」
慌ただしくユニットをカードの中に戻していくメンバーたち。
何が何やら分からないまま、リンは【アルテミス】を、そして【タイニーコボルド】を収納する。
全員がユニットの召喚を解除し終えたとき、”それ”はマグマの中で目覚めた。
リンは久しく忘れていたが、このミッドガルドには戦うことなど不可能に近い主がいるのだ。
かつて目撃したのは、水晶洞窟の最深部にいた巨大な竜【ズユューナク】。
そして、今回の主は――あろうことか火山の噴火口を遊泳する、途方もなく巨大なクジラ。
この地域を支配し、圧倒的な頂点に立つ『ネームドモンスター』が姿を現す。
Enemy―――――――――――――
【 溶岩巨鯨”カイゼンボルグ” 】
クラス:??? タイプ:動物
攻撃108500/HP101400/敏捷20
効果:このモンスターとバトルした瞬間、ユニットは自身の防御力に等しいダメージを受ける。
スタックバースト【???】
――――――――――――――――――
「うっそでしょおおおおおおおーーーーーーーーっ!?」
火山の噴火とは、地質学的に起こる自然現象である。
地中のマグマが圧力によって地表に吹き出し、その周辺が盛り上がることで山となるのだ。
しかし、ここは地球の常識など通じない仮想世界。
訳の分からないサイズの溶岩クジラが噴火口で泳ぎ、まるで風呂の水があふれるかのように山頂から大量のマグマが垂れる。
そして、すさまじい勢いで背中の気孔から噴出する潮吹き。
ここが海なら水が吹き出るだけなので、ホエールウォッチングに来た人は拍手をするかもしれない。
……が、上空に打ち上げられた液体は全て溶岩。
それらがまとまって固まりながら、紅蓮の炎と共に地上へと降り注いでいく。
つまるところ――リンが火山噴火だと思っていた現象は、溶岩クジラの遊泳と呼吸だったのだ。
「誰が作ったの、この世界!? こんなの滅茶苦茶だよーーーっ!!」
「リン! 早く乗って!」
「うわあああああ! 待って、待ってぇええええ!!」
大急ぎでクラウディアの戦車に飛び乗り、全速力で斜面を下っていく一行たち。
クジラの泳ぎであふれたマグマが至近距離で流れ落ち、いくつもの火山弾が爆裂する。
そんな生きた心地がしない脱出劇の末に、リンはどうにかキャンプまで帰還したのだった。




