第22話 スーパーヒート・ボルケーノ その5
どちらも二足歩行の肉食恐竜なため、一般的な人々にはティラノサウルスとアロサウルスの区別がつかないこともある。
進化に1億年ほどの差があるのでアロサウルスのほうが少し小柄なのと、頭部に耳のような三角形の突起があるのが特徴だ。
その点、ラヴィアンローズの世界では両者の違いが明確。
ティラノサウルスは擬態能力を持ち、カメレオンのように姿を消すことができる。
かの大会で優勝者のオルブライトが使った唯一のユニットであり、プレイヤーたちは血眼になって捜索しているらしいが、いまだに生息地域は特定されていない。
一方のアロサウルスは背中や尻尾が発火し、口から火炎ブレスを放つため種族が【竜】になっている。
そして、今まさに――リンと対峙した個体は口の中に炎を溜め、コボルドを焼き払おうとしている直前であった。
「火を吐くって……ウソでしょー!? こんなのもう恐竜じゃないってば!」
「リン! 助けは要る?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないけど……大丈夫、あたしが何とかする!
コボルドちゃんでガードしてもらって、カウンターカード発動! 【ワールウィンド】!」
Cards―――――――――――――
【 ワールウィンド 】
クラス:アンコモン★★ カウンターカード
効果:自プレイヤーのユニット1体を手札に戻し、行われていたバトルを強制終了させる。
その後、使用者は手札に戻したユニットの【基礎攻撃力】と同数のダメージを受ける。
――――――――――――――――――
クラウディアからの援助を断り、自分自身の力で恐竜と向きあうリン。
使用したのは、かつてソニアが使っていたのを見て憶えたカウンターカード。
「わうううううううぅ~~~~!」
「ゴォアアアアアアアアーーーーッ!!」
カードの効果で発生した旋風に巻き込まれ、コボルドは目を回しながら空中に吹き上げられる。
そこにアロサウルスが火炎放射を吐いたため、強烈な炎の渦と化してしまったが、コボルドは焼かれる前に脱出できた。
「きゃうん!」
「あいたっ!」
リンに激突したコボルドは無事にカードへと帰還。しかし、反動で400のダメージを受ける。
攻撃が空振りに終わったアロサウルスは怒りの声を上げ、鋭い牙の間から炎を漏らしながらリンをにらみつけた。
「ガルルルルルルッ」
「怒っても無駄だよ。今ので、あなたのターンは終わり!
今度はこっちから……ユニット召喚! 力を貸して、【アルテミス】!」
自身のターンを迎えたリンは、デッキの中核である★4スーパーレアを召喚した。
たとえ地の底や虫の巣、危険な火山の斜面であろうと、運命で結ばれた女神は必ず駆けつけてくれる。
噴煙で曇りがかった空を光が貫き、アロサウルスの前へと降り立つ月機の【アルテミス】。
彼女はいつもと同じく、透き通った静かな声でリンに語りかけた。
「参りましょう、マスター」
「ありがとう。実戦の練習に、ちょうどいい相手だよね。
まずは【アルテミス】にリンクカードを装備、【エクシード・ユニオン】!
合体させる★1は――【渓谷チンチラ】!」
Cards―――――――――――――
【 渓谷チンチラ 】
クラス:コモン★ タイプ:動物
攻撃200/防御200/敏捷100
効果:このユニットはプロジェクトカードの効果を受けない。
スタックバースト【緊急回避】:瞬間:このユニットが受けた攻撃を1回だけ無効化する。
――――――――――――――――――
「タイプチェンジを認識、モード『ビースト』へと移行します」
光に包まれた女神は【水晶ヤモリ】を装備したときと同じく、毛皮に包まれた姿へと変わっていく。
ステータスが加算されたことで敏捷の合計値はアロサウルスを超えたが、後付けしても先攻と後攻は変わらない。
「【アルテミス】、そのまま攻撃宣言!」
「了解、目標を攻撃」
アロサウルスは非常に高い攻撃ステータスを誇る一方、HPはそれほどでもない。
【アルテミス】ならリンクカードを複数付ければ一撃必殺も可能だが、今は1対1の状態。
貴重な実践演習ができそうなので、リンはそのまま攻撃指令を出す。
毛皮に包まれた【アルテミス】が弓を引きしぼって放つ姿は、まさに狩猟の女神そのもの。
鋭い射撃が巨体を捉え、地面にクレーターを穿つほどの高威力射撃を命中させる。
――が、それに怯むことなく、アロサウルスは体制を立て直して敵対した。
「ゴガァアアアアアアッ!」
「これでターンエンド! って……キミ、なんだか気合いが入ってていいね。ちょっと欲しいかも。
あたしが持ってるカード、攻撃力2000以上が少ないから火力不足だし」
【アルテミス】が来てくれたことで冷静になったリンは、相手の姿をじっくりと眺める。
ターンがめぐり、再びブレスを放つために口内を炎で満たすアロサウルス。
リンはそれほど恐竜マニアなわけではないが、スピノサウルスとの交流で愛着は湧いているのだ。
「グォオオオオーーーーーーーッ!!」
そして、2発目の火炎放射。体長12mの肉食恐竜が放つ炎は、まさにドラゴンのような迫力。
仮に★1のコボルドが出しっぱなしになっていたら、拡散効果によって巻き込まれているところだ。
「【アルテミス】でガード! でもって、【渓谷チンチラ】をスタックバースト!」
【エクシード・ユニオン】の効果で装備させている★1ユニットの能力は、スタックバーストも含めて発動可能。
今回の媒体になった【渓谷チンチラ】は敏捷以外のステータスが低い代わりに、有用性の高い防衛能力を与えてくれる。
どれほど強力な攻撃も、回避してしまえばダメージはゼロ。
華麗にジャンプして空中を舞い、月の女神は火炎ブレスを避けて着地した。
「よしよし、ちゃんと回避が発動したね。
それじゃあ、とどめだよ! できれば気絶してほしいんだけど、★3じゃ難しいかなぁ……【アルテミス】、やっちゃって!」
着地したばかりの女神は、すぐさま弓を構えて光の矢を具現化させる。
実体のない矢だが、威力は神そのもの。衝撃波を発生させながら放たれた一撃によって、ついにアロサウルスの巨体が倒れ伏す。
「グォアアアアァァ…………」
「あ……ああ~、消えちゃった」
赤熱する体が粒子となって消え、少量のドロップアイテムがリンの手元に転送された。
★3レアにしてはHPが低いものの、素早い脚力とカードの特性、そしてスタックバーストも魅力的。
スピノサウルスがデッキから抜けた今、火力面を補ってくれそうな恐竜だったが、さすがに1体倒しただけでは入手できない。
「お疲れさまです、リン。あまり1人で離れないでくださいね」
「ああ、うん。心配かけちゃってごめんなさ~い」
戦闘が終了したところで、見ていた仲間たちがゾロゾロと歩み寄ってきた。
危機に陥ったのはリンの不注意なので頭を下げたが、リーダーのクラウディアにも思うところがあったようだ。
「私たちの警戒も甘かったわ。こういうことは今後も起こりそうだし、誰かが隊列から離れそうなときは率先してサポートに向かいましょう」
「そうですね、もう1人ついていくのが良いかもしれません」
「しかし……やっぱり、【アルテミス】は強えな~。
あの【エクシード・ユニオン】っていうカードのおかげで、何でもありになったんじゃないか?」
「使う人が使えば最強に近いカードやな。
リンがあれを使いこなせるようになったら……ふふっ、今度は本気でやりあってみよか」
と――そんな感じでメンバーたちが語りあう中、ポカンと口を開けて空を見上げる者が1名。
ソニアは両目を輝かせながら、噴煙で曇る上空に不思議なものを見つけて指をさす。
「あ、あの! あれは何です?」
「空で何か燃えてる……あれって、まさか火山弾!?」
「いいえ、モンスターよ。珍しいものを見つけたわね。
あれは幻の★3と呼ばれているフェニックス」
「「フェニックスぅううう!?」」
同時に声を上げるリンとソニア。火山のはるか上空を飛ぶ幻のモンスターは、非常に美しい炎の体で羽ばたいていた。
キラキラと火の粉が幻想的に輝き、その軌跡に尾を引いている。
かなり遠いところにいるが、どうにかステータスは見られるようだ。
コンソールのウィンドウで確認したリンは、あまりにも衝撃的な内容に目を見開く。
Enemy―――――――――――――
【 イモータル・フェニックス 】
クラス:レア★★★ タイプ:飛行
攻撃7200/HP6600/敏捷150
効果:このモンスターはHPがゼロにならない。
スタックバースト【無限燃焼】:瞬間:このモンスターのHPを2倍にし、最大値まで回復させる。
――――――――――――――――――
「ちょ……ええっ? HPがゼロにならないって書いてあるんですけど!?」
「そうなんです、フェニックスは普通の方法では倒せません。
まずは、あの効果を打ち消さなければ勝負にならないんですが……」
「ああやって、ずっと上空を飛んでるからバトルもできないのよね。
あの鳥が地面に降りるのは、特定の条件がそろったときだけ。
具体的には火山が噴火しているとき、熱せられたマグマを浴びるために降りてくるの」
「は……? いや、死ぬよね?
噴火してる最中の火山なんて、人間には耐えられないでしょ?」
「せやから、幻の★3モンスターなんや。
捕獲の難易度が高すぎて、カードとして持っとるプレイヤーは滅多におらん」
「まず、戦うのが大変なのに不死身の効果持ち。
それを何とかしてバトルで勝っても、★3だから気絶する確率が低い。
さすがに俺も実物を持ってる人は見たことがないなぁ、ありゃエンドコンテンツのひとつだ」
幻の不死鳥フェニックス。これまでの★3が易しく思えるくらい、とんでもない捕獲難易度である。
固定ダメージ9999の火山弾が降り注ぐ環境で、捕獲できるかどうかの運試し。
不死の効果を打ち消す準備も必要だというのに、火山には【バルログ】や肉食恐竜なども生息している。
しかし、それらを認識した上で小柄なソニアは天高く――まっすぐに指を突き上げて宣言した。
「姉さま! わたしはあれを……絶対にフェニックスを手に入れるであります!」
「そう言うと思ったわ。難しいけれど、挑みたいなら止めないわよ。
もし、あれを手に入れられたら認めてあげる。あなたが1人前のプレイヤーになったことをね」
「……はっ、何としてでも掴み取ります! このシルフィードの名にかけて!」
バサッとマントをひるがえしながら敬礼するソニア。
火山弾に耐えるすべがなく、持っているカードも少ない今の彼女では、フェニックスに挑むことすら難しいだろう。
しかし、空軍の設立を目指す者にとって、幻の★3飛行ユニットは是非とも入手したい1枚だ。
無論、カードとして手に入れた場合、不死のままではゲームバランスが崩れるので弱体化すると思われる。
それでも、フェニックスを入手したという努力と達成感は、ソニアを大きく成長させるに違いない。
これは課題。ひとりの少女が自分自身に与えた、夢と誇りをかけた課題なのだ。




