第20話 スーパーヒート・ボルケーノ その3
ミッドガルドの火山地帯は、その道の学者が大喜びするほど特殊な地形で満ちている。
ブクブクと泡を立てる真っ黒な池は、タールピットと呼ばれる天然アスファルトが溜まったもの。
周囲の岩をライトイエローに染めながら蒸気を上げる硫黄の噴気孔。その周辺にできた水たまりは、美しくも不自然な緑色に染まっていた。
まさに世界中から火山の特徴を寄せ集めたようなエリア。現実であれば、世界遺産や国立公園として保護されていたかもしれない。
しかし、環境の危険度は最高クラス。
地下から噴き出す硫黄が化学反応を起こし、人体に有毒な亜硫酸ガスを作り出している。
この仮想世界ではライフが急激に減少していくという演出に留めているので毒ガスの苦しみなどはないが、危険地帯に踏み込んだが最後、5分と経たずにゲームオーバー。
ミッドガルドの中で力尽きてしまった者はラヴィアンローズの公共エリアへと強制転移させられ、日付が変わるまで再び入ることはできなくなる。
「みんな、ポーションの準備はできているわね?」
「10日ぶんもありますよ。こんなに買い込んだのは久々です」
「あたしは服で予算を使っちゃたから、ちょっとだけ」
「ほお~、パワードスーツだから大丈夫だと高をくくって、1本も持ってこなかったのかと思ったが」
「もうそこまで初心者じゃないよ! この服が火山で通用するのか試すのは初めてだし。
それに、アイテムのポーションは自分だけじゃなくて、他の人にも使えるからね」
兄になじられたリンだが、その兄が自分に【免疫のポーション】を使ってくれたおかげで深き墓場から生還できたのだ。
何が役に立つのか分からない以上、持っていって損はない。彼女は少しずつRPGのセオリーを覚え始めていた。
一同は隊列を組み、キュラキュラと突き進んでいく戦車ユニット【ゴリアテ】を先頭、カマキリを連れたユウを最後尾にして、戦わないリンは安全な中央を歩く。
冷えて固まった溶岩や、火山弾の跡と思われるクレーターが地面に点在しているため、とにかく足場の悪さが進行を遅らせる。
しかし、観光には良い場所だ。日本の市街地に住んでいたら一生見ることがないであろう、様々な火山の地形を楽しむことができる。
たまに記念写真を撮りながら、鼻をつく硫黄のにおいにも慣れてきた頃――それは突然にやってきた。
先頭を行くクラウディアが腕を上げて合図し、鳴り続けていたキャタピラの音が停止する。
「敵影発見! 少し待ってて、確認するわ」
双眼鏡を取り出し、戦車の陰からモンスターらしき敵影を確認するクラウディア。
こういった戦闘技術もオルブライトに習ったのだろうか。とにかく、索敵に関しては彼女に任せておけば間違いない。
「前方12時に【バルログ】が2体、あれは少し厄介ね」
「あんな米粒みたいにちっちゃいの、よく見つけるなぁ……いきなり【バルログ】がお出迎えなんて、たしかにちょっと厄介だ」
Enemy―――――――――――――
【 バルログ 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:悪魔
攻撃3000/HP2400/敏捷30
効果:このモンスターとバトルしたユニットがリンクカードを装備していたとき、次の相手ターン終了時まで装備品を使用不能にする。
スタックバースト【呪いの業火】:永続:上記の効果を戦闘終了まで持続させる。
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西洋のファンタジー物語に登場する炎の悪魔。邪悪に満ちた恐ろしい性格で、常に燃え続ける体は焦げたような黒煙に包まれている。
今は米粒くらいのサイズだが、実際には3mほどもある巨体。見た目は牛の怪物ミノタウロスに近く、斧の代わりに熱い炎の鞭を持つ。
その鞭でバトル相手の装備品を焼き、リンクカードを一時的に封印してしまうようだ。
「こちらには気付いていないけど、迂回しましょうか?」
「他に敵影は?」
「今のところ、なさそうね」
「じゃあ、私に任せてください。戦いを挑みます」
そう言って引き受けたのはステラだった。洞窟で捕獲した大コウモリ【デスモドゥス】を従えるVR世界の魔女。
大きな翼を広げて飛ぶコウモリの姿は、黒魔術の僕にふさわしい威圧感を誇る。
Cards―――――――――――――
【 デスモドゥス 】
クラス:アンコモン★★ タイプ:動物
攻撃1300/防御1100/敏捷160
効果:このユニットが相手プレイヤーにダメージを与えたとき、2ターンの間、そのポイントと同数の攻撃・防御強化を受ける。
この効果は重ねがけ不可であり、更新された場合は新しい数値に上書きされる。
スタックバースト【闇の徘徊者】:永続:このユニットが他のカードの影響を受けていない場合、攻撃と防御が2倍になる。
――――――――――――――――――
「ん~? あのユニットって、決闘向けだよね?
モンスターはプレイヤー扱いにならないから、吸血の効果が発動しないんじゃない?」
リンは違和感に気付いたが、ステラはコウモリだけを連れて前進していく。
実際に【デスモドゥス】の吸血能力は、プレイヤーに直接ダメージを与えなければ発動しない。
「自分から買って出た以上、何か策があるんじゃないかしら。
あの子がカードを扱う才能は確かよ。ときどきゾッとさせられるほどに……ね」
「【デスモドゥス】、スタックバースト!」
「キィエエエーーーーーーーッ!」
仲間たちが真剣な眼差しで見つめる中、ステラはスタックバースト能力を発動させる。
【デスモドゥス】の攻撃と防御を永続的に倍増させるという極めて強力な効果だが、条件として他のカードの影響を受けてはならない。
それゆえ脆い部分も多く、扱いが難しいユニットといえる。
ただし、ミッドガルドにおいては敏捷ステータスの面で非常に有利。
2体の【バルログ】たちが気付いて襲いかかってきたときには、すでにステラの先攻ターンが始まっていた。
「プロジェクトカード、【スロウ・ブリザード】!」
Cards―――――――――――――
【 スロウ・ブリザード 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:ターン終了まで、【敏捷】が60以下のモンスターおよびユニット全てはステータスが半減する。
――――――――――――――――――
先手必勝とばかりにプロジェクトを発動するステラ。次の瞬間、灼熱の火山に猛烈な吹雪が舞い起こる。
突然の冷気で動きが鈍った【バルログ】のうち1体は、ステータスが倍増した【デスモドゥス】の前に成すすべもなく葬られた。
残った1体が凍える体に炎を灯し、雪を溶かして反撃に出る前に追加で1枚。
「【マジック・エンハンス】!」
Cards―――――――――――――
【 マジック・エンハンス 】
クラス:コモン★ プロジェクトカード
効果:すでに効果を発動しているプロジェクトカードの効果を1ターン延長する。
このカードは3ターンに1枚のみ使用可。
――――――――――――――――――
一瞬で終わるはずの吹雪が持続し、弱体化した【バルログ】の攻撃は軽くあしらわれた。リンクカードを装備していないコウモリには、呪いの炎も意味がない。
ようやく長い冬が明けたかのように吹雪が終わったとき、ステラの2ターン目が始まる。
「【デスモドゥス】、とどめです!」
「キィイイーーーーーーーッ!!」
鋭い鉤爪がついた足で襲い、サマーソルトキックのように宙返りをしながら切り裂く一撃。
2体目の【バルログ】が粒子となって散ったとき、猛吹雪は夢のごとく忽然と消滅する。
他にモンスターがいないことを確認したステラは、後方に振り返って仲間に安全を伝えた。
いつものように笑っている様子が遠くからでも分かるが、一方的な戦いを目の当たりにしたリンの表情は硬い。
「あはは……ほんと、うかうかしてられないよね。このギルドにいると」
大会を経験する前のリンなら、友人の活躍に大喜びしていただろう。
しかし、今は喜びを感じながらも、湧き上がるプレッシャーで気が引き締まる。
彼女らは同じギルドの仲間であり、驚異的なライバルでもあるのだ。




