第17話 深き森の魔女 その2
【 リン 】 ライフ:4000
ガラクタコロガシ
攻撃400(+300)/防御1400
装備:汎用アタッチメント・ブレード
ブリード・ワイバーン《成長0回》
攻撃300/防御300
【 ステラ 】 ライフ:4000
ジャイアント・スナッパー
攻撃300/防御1700
カードゲームには定石というものが存在する。
たとえば、リンが多用する『デッキからカードを引く』タイプの効果。
これを使うことで手番が一気に加速するため、デッキに組み込む優先度は高い。
しかしながら、ラヴィアンローズの開発者は、その定石を良しとしなかった。
レアカードの入手率を極端に下げ、自分なりのデッキや戦略を育ててほしいと願った彼らにとって、デッキは多様であるべきなのだ。
いずれプレイヤーたちのデッキがドロー系のカードばかりになることを予測し、対策を講じた結果――
追加されたルールが『ハイランダー』である。
Tips――――――――――――――
【 ハイランダー 】
デッキ内のカードに同種同名のものが1枚も存在しない場合、そのデッキを扱うプレイヤーに特殊ルールが適応される。
相手がデッキからカードを手札に加える効果を使用したとき、自分も同じ処理を行って同数のカードを手札に加える。
上記の効果を発動するまで、自身がハイランダーであることは隠匿される。
――――――――――――――――――
「な……なにそれーーーっ!?」
説明を聞いたときには、もう遅かった。
リンのデッキにはカードを引くための要素が山ほど入っている。
それを発動させるたびに、ステラもカードを引くというのだ。
「あたしの天敵みたいな相手じゃない!
まさか、それを知ってて戦わせたの?」
「さすがに持ってるデッキまでは分からなかった。
でも、あのコスチュームを着てる時点で相当な実力者なんだよ」
「コスチュームって……可愛い魔女の服だよね?
あれを着てると、召喚のとき魔法陣が出るって言ってたけど」
「ああ、ハロウィンイベントで配られた衣装には種類があってな。
男性用はヴァンパイアで女性用は魔女、これが2段階に分かれてる。
ひとつは参加するだけで手に入る、何の効果もないコスチューム。
そして、もうひとつはイベントの上位入賞報酬で、見た目が豪華な上に特殊効果も付いてる。
実力を持つプレイヤーじゃなければ手に入らない『最上級衣装』だ。
で、お前のクラスメイトはそれを着てるってわけ」
「そ、そんな……うっそでしょ……」
リンが――涼美が知っている寺田すみれは、そんな強者ではなかったはずだ。
ただ笑顔が優しげで、おとなしくて、友達としても話しやすい……
『いや、違う。それはリアルの世界での話だ』と、リンは頭を振って否定した。
この仮想世界でステラと名乗っている彼女は、まるで雰囲気が違う。
バトルフィールドの向かい側に立っているのは、最上級のコスチュームを手に入れた実力者なのだ。
「説明はもういいな? 試合を再開させるぞ。
これも経験だと思って頑張りたまえ。ははははは!」
「くうっ……バカ兄貴~っ」
兄はバトルフィールドから距離を取り、ステラに身振りで合図を送る。
中断していた勝負が再開されたが、リンは何もしないままターンを終了した。
「じゃあ、私のターン。ドロー!
あ……これは……ふふふっ」
対するステラは何か引いたようで、三角帽子の下から笑顔をのぞかせている。
「ひとつ聞きますけど、リンはどうして【ブリード・ワイバーン】を使ってるんですか?」
「それはもちろん、可愛いからに決まってるでしょ!
この子を見たとき、ずっと一緒に戦っていこうって決めたの」
「なるほど、できれば★4が出てくるまで温存したかったんですけど……
面白そうなので、今回はリンが大好きなワイバーンにしますね」
「ちょ、ちょっと、この子に何かするの!?」
「少し借りるだけです――ユニット召喚!
対象は【ブリード・ワイバーン】!」
「対象……?」
前のターンと同じく、ステラは杖を振ってフィールドに魔法陣を出現させた。
今度は黒い煙が怪しげに渦を巻き、少しずつ中央へ集まって生物の姿になる。
Cards―――――――――――――
【 ダークネス・ゲンガー 】
クラス:レア★★★ タイプ:X
攻撃X/防御X
効果:召喚するときに相手プレイヤーのフィールドにいるユニット1体を指定し、そのユニットと同じタイプ・基礎ステータス・効果を得る。
スタックバースト【バーストキャプチャー】:特殊:上記の効果の対象になったユニットと同じスタックバーストを発動する。
――――――――――――――――――
「ピャアーーーーッ!」
「え……ええええーーーーっ!?」
先ほどから驚きの連続だったが、さすがにこれはリンも予想できなかった。
ステラが召喚したのは、こちらとまったく同じ【ブリード・ワイバーン】。
ただし、色が真っ黒に染まった影のような存在である。
「【ダークネス・ゲンガー】だと? マジかよ!」
「分からない、分からない、お兄ちゃん説明して!」
「あのユニットにはステータスや効果が備わってない。
全部、相手のフィールドにいるユニットを対象にして、コピーするんだ」
「コピー!?」
「しかし、その対象が★1コモンとは、また大胆なことをするなぁ……
どうやら、あの魔女さんはワイバーン対決をお望みらしい」
リンが呼び出した真紅のワイバーンと、ステラがコピーした漆黒のワイバーン。
どちらも今は子供だが、ターンが進行するたびに成長する。
実際に今、ステラがターン終了を宣言すると――
「私はこれでターン終了です」
それに応じてリンのフィールドにいたワイバーンは光に包まれ、急激に成長した。
可愛らしい子供から一変して青年期になり、まだ育ちきっていないながらも、たくましい竜の姿になっていく。
こうして成長する姿を視覚的に見られるのも、VRの強みといえるだろう。
「グルルルル、ゴアァーーーッ!」
「うわ~、1ターンでこんなに育つんだ。
これはこれで、かっこいいけど……とりあえずドロー!
んんっ!?」
ドローしたカードを見た瞬間、リンは危うく声を上げそうになったが平静を保つ。
そして、まずは落ち着いて情報を整理することにした。
初心者であるがゆえに、リンはこのゲームのことを知らない。
知らないから苦戦する。初見だから対策を取れない。
しかし、無力ではないはずだ。
「まあ、女神様も毎回来てくれるわけじゃないよね。
【ブリード・ワイバーン】を最大限に活かす方法……今できることを考えなきゃ!」
リンはハイランダーの特殊ルールを見直した。
記述どおりなら、相手のデッキに入っているカードには『同種同名のものが1枚も存在しない』。
つまり、全てのカードが1枚ずつなのでスタックバーストや重ねがけは不可能。
相手のドロー効果を利用できる代わりに、ハイランダーはデッキに制約を受けている。
そして、『自分も同じ処理を行って同数のカードを手札に加える』という記述。
この文章ならば、相手は任意でドローをするのではなく、こちらのドローに連動して強制的にカードを引くことになるはずだ。
「だったら、使える策はある!
手札からプロジェクトカードを発動! 【物資取引】!」
Cards―――――――――――――
【 物資取引 】
クラス:アンコモン★★ プロジェクトカード
効果:手札を3枚までデッキに戻してシャッフルし、デッキから同数のカードをドローする。
――――――――――――――――――
これは手札にある不要なカードをデッキに戻し、代わりに新しいカードを引くというもの。
何枚戻すかは任意なのだが、リンはそれを逆手に取った。
「あたしは、この効果の上限――手札を3枚デッキに戻す!」
「!?」
声は出さなかったものの、ステラがビクッと反応するのをリンは見逃さなかった。
読みは的中。こちらが3枚デッキに戻してドローした場合、相手も同じ行動を取らなければいけない。
強制的に3枚もの手札が入れ替わるのは、かなりの妨害になっただろう。
ちなみに、ここは仮想空間なので、デッキはプログラムの一部として存在している。
シャッフルやドローの枚数などは全てシステムが管理しているため、引き忘れの心配もない。
「3枚ドロー! よ~し、来たぁあああっ!」
そして、このとき。天はリンに味方した。
手の中にあるカードの存在感で感情が昂り、とうとう我慢していた声を上げる。
「ハイランダーは厄介な相手だし、コピーされたのもキツイ。
でも、あたしにできてステラにはできないことがある!
それは……」
リンはカードを手に取って高らかに宣言する。
これを引いた以上、やることはひとつ。
「【ブリード・ワイバーン】、スタックバースト!!」