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第18話 スーパーヒート・ボルケーノ その1

「まったく、だからポーション買えって言ったのに……」


 いよいよ火山へと出発する日、ミッドガルドの村で出発の準備を整えた6人のうち、衣装が変わっているのはリンだけだった。

 新しく調達した服は、厚めの布で作られたファンタジー風のコスチューム。『初級冒険者の服』という、まさにビギナー向けの低価格装備。

 腰に巻かれた大きめのベルトとポーチが、いかにも冒険者らしいデザインだ。

 しっかりと全身を防護しているように見えて、鼠径部(そけいぶ)はミニスカート、肩は丸出しという絶妙な露出加減。


 問題は、そんな初心者装備に合成されているのがハイエンドコスチュームの『超合金パワードスーツ』だということ。

 見た目が初級冒険者なのに中身は最上級。普通は多額のポイントを貯めて高級な服に合成するものだが、レア価値などほとんど分かっていないリンは費用削減のために妥協してしまった。


「いや~、これ以上ポイントを使うと本当にすっからかんになっちゃうし。

 でも、ほら! 可愛いでしょ?」


「その『初級冒険者の服』に何が合成されてるのか知ったら、ほとんどのプレイヤーが卒倒するぞ」


「まあ……もったいないといえば、そうですけど……本人が気に入っているなら良いんじゃないですか?

 レアはレアと合成しなきゃいけないっていうルールもないですし」


「実用性があるだけ良しとしましょう。リンは危なっかしいところがあるから、過剰なくらいがいいかもしれないわね」


 呆れた顔の兄と、仲間たちの微妙なフォロー。意外と好意的なのはサクヤとソニアであった。


「うちは好きやで。普通そうな見た目に反して、実はごっつい伝説の装備みたいなヤツ」


(しか)り、(しか)り! 平凡に見えて実は最強!

 その秘密が明らかになった瞬間は、この世のものとは思えないほど熱い展開になるのです!」


 この2人は【リザレクション】のカードを愛用したり、エフェクトで炎を演出したりと共通点があったりする。

 持ち前の無邪気さから誰とでも仲良くなれるソニアだが、最も波長が合っているのはサクヤかもしれない。


 準備が整った6人は出発し、火山へ向かって長い道のりを進んでいく。

 クラウディアが使役する戦車【ゴリアテ】は燃料が不要で、多少の悪路ならキャタピラで踏み越えることが可能。

 さらには防御特化の戦闘力を有した優秀な★3機械ユニットだ。


Cards―――――――――――――

【 ゴリアテ MkIII 】

 クラス:レア★★★ タイプ:機械

 攻撃1500/防御2600/敏捷20

 効果:このユニットがガードしたとき、自プレイヤーへの貫通ダメージを無効化する。

 スタックバースト【多重空間装甲】:永続:このユニットがガードしたとき、相手の攻撃力を半分にしてダメージ計算を行う。

――――――――――――――――――


 少年少女が上部に6人乗る程度なら平然と耐える戦車。しかし、行けども行けども山道が続くばかりで火山らしきものは見えてこない。

 揺れる戦車の上で舌を噛まないように気を付けながら、リンたち女子中学生3人組は言葉を交わしあっていた。


「思ってたより、ずいぶんと遠いね」


「釣りをした海と比べると、ガルド村から火山までは3倍以上の距離があるんです」


「それって徒歩で行くのは無理なんじゃない? 昔はユニットに乗れなかったんでしょ?」


「ミッドガルドが実装したばかりの頃は大変だったのよ。モンスターと戦闘しながら延々と歩き通しで。

 ただ、こういうアイテムもあるから徒歩で行くのも不可能じゃなかったわ」


Tips――――――――――――――

【 野営テント 】

 ミッドガルドの各地にある安全な休憩所に設置して使用。

 その場所がセーブポイントとなり、プレイヤーは休憩所から冒険を再開できる。

 複数の休憩所にテントを設置した場合は、どこから始めるのかを選択することが可能。

 使用期限があり、設置されたテントは10日後に消滅する。

――――――――――――――――――


「へぇ~、便利だけど10日しか置けないんだ」


「本格的に探索する人は大量のテントを買い込んで、少しずつ進みながらセーブポイントを置いていくの。

 現役だった頃の大団長――オルブライトさんは、そうしてたくさんのメンバーを導いたわ。あの人こそ本物の探検家よ」


「帰りはガルド村とか初期スポーン地点を選択するだけで、一瞬で戻れるんですけどね。

 プレイヤーが自分の足で歩かなければいけなかった時期には、オルブライトさんのような探検家は文字どおり英雄だったんです」


「でも、今はペットに乗れるようになったから、昔ながらの大規模な攻略をする人は減ったわね。

 移動が楽になったのは良いことなんだけど……」


 現実世界も似たようなものである。車や飛行機が発展すると、徒歩の旅をする者は大幅に減った。

 かつては険しい道を突き進んでいた英雄も、時代と共に名声が薄れていく。


 オルブライトというプレイヤーは新たな目標を打ち立て、想像を絶するような努力と試行錯誤の末に夢を成し遂げた。

 その姿が誇らしくもあり、寂しくもあるのだろう。戦車の上で揺られるクラウディアの横顔からは、複雑な想いがにじみ出ているようだった。



 ■ ■ ■



 リンたちが火山へと出発した頃、かつての英雄――

 現在は新たな帝王として名を馳せている彼は、雄大な摩天楼(スカイスクレイパー)渓谷(・キャニオン)の景色を眺めていた。


 流れる滝の音と小鳥たちのさえずり、透き通った美しい水。

 大自然に身を浸らせながら、彼は竿を引き上げて川魚を釣り上げる。なかなか型の良いマスだ。


「ほう、ようやく来たか……警戒しなくていい、俺の馴染みだ」


 大会では印象的だったスーツ姿ではなく、革のジャンパーにデニムジーンズ、頭にはウェスタンハットという冒険者らしい服装で釣りを満喫していたオルブライト。

 彼は”何もいないはずの”空間へと語りかけ、再び水面に向かって釣り竿を振るう。


 その背後に現れ、最大限の敬意を払うかのように片膝をついて頭を下げた少女。

 全身をマントで覆い、かつて誇らしく着込んでいた白銀の甲冑を脱いだ彼女は、奇しくも今のリンと同じ『初級冒険者の服』へと変わっていた。


「ご無沙汰しております、大団長。このたびは大会での優勝、誠におめでとうございます」


「ずいぶんと遅かったじゃないか。昔の団員の中じゃ、お前が最後だぞ。

 どいつもこいつも、我先にと祝いの言葉を伝えてきたのに」


「申し訳ありません……わたくしにはお詫びをしなければならないことが、あまりにも多く……」


「そうやって自分ひとりで強くなろうとして、失敗したら全部背負い込む。

 まったく、不器用なところは全然変わってないな。

 あのギルドのことは、もう何も気にしなくていい。例の娘はホクシンたちが手懐け始めている」


「はい……存じております」


 彼女自身には――プロセルピナには何もできなかった。

 一方的に宿敵扱いしていたクラウディアどころか初心者のリンに負け、乗っ取られたギルドも残ったメンバーたちが問題を解決している。


 結局のところ、彼女はギルドを束縛して圧政を敷いただけ。

 かつての自分が他の団員を容赦なく切り捨てたように、今は宿無しの身へと落ちてしまったのだ。

 それでも【エルダーズ】というギルドは問題なく動いているという皮肉。プロセルピナなどいなくても、全てが丸く収まっていた。


「わたくしは……(みじ)めなほど無力……でした」


 自分は一体、何を誇っていたのだろう。そう考えるたびに無力さが身体(からだ)を貫く。

 ギルドリーダーという肩書きも、集めた騎士デッキのレアカードも、今となっては虚構でしかない。


 全てを失ったプロセルピナは大会が終わってからも悩み続け、ようやくオルブライトのもとへと姿を現す覚悟ができた。

 しかし、いざ接してみると、あまりにも自分が小さな存在であることを実感させられる。

 プライベートを楽しんで釣り糸を垂らすオルブライトの背中。その広く大きな後ろ姿の、なんと雄々(おお)しいことか。


「でも、やめてないんだろう?」


「……え?」


「カードゲームをだよ。ここにいる以上、まだラヴィアンローズへのログインは続いている。

 それでいいんだ……”それだけでも”いい。

 俺は何人も見てきた。ある日突然、消えていくようにやめてしまったプレイヤーをな」


「……………………」


「ゲームをやめる理由なんて人それぞれだ。単純に飽きたのか、続けすぎて疲れたのか、あるいは私生活の事情か。

 人間同士が接する環境、しかもVRなんていうリアルな世界じゃ、トラブルだって頻繁に起こる。

 それでも――やめなかったんだろう、お前は?」


 そこで、ようやくオルブライトは振り返った。

 今のプロセルピナはリーダーでも女騎士でもなく、ただの冒険者でしかない。

 しかし、落ちぶれた彼女の姿を視界に入れても、彼は驚くことなく静かに見つめてくる。


「は……はい……新しいデッキを模索しながらですが、今も続けています」


「ほう? 例の金ピカな騎士デッキはどうした?」


「封印しました……大会の本戦を見て知ったのです。

 たとえ、わたくしがリンという初心者に勝っていたとしても、あの環境で3位になることはできなかったと思います」


「はははっ、冷静に分析してるじゃないか。そうだ、お前の騎士デッキでは勝ち目などなかった。

 どうして俺が優勝できたか分かるか?」


「それは、大団長が圧倒的な強さを――」


「違う。勝つべくして勝つようなデッキを作ったからだ。

 他の誰にも真似できない、思いつきもしないようなデッキをな。

 お前はワールドチャンピオンの騎士王に憧れるあまり、その姿とデッキを模倣し続けてきた。

 だから、負けたときにひどく傷つく。騎士こそが最強だと思い込み、自分の中にある信念を汚されたと感じてしまう」


「…………っ」


 それはプロセルピナ自身も気付かない、いや、仮に気付いたとしても見て見ぬふりをしてきた弱点であった。

 彼女は騎士王という伝説級のプレイヤーに憧れ、自らを騎士に仕立て上げていたのだ。

 実際に騎士デッキはラヴィアンローズの環境において最強の一角。人気の高さゆえに入手困難なカードも多いが、極めて強力なのも事実。


 しかし、それこそが最大の弱点だった。プロセルピナには『自分』がない。

 現環境で最強のデッキを模倣したとしても、決して無敗でいられるわけではない。

 実際にリンという環境を無視しまくったイレギュラーな存在に足下をすくわれ、完璧なはずの騎士デッキが予選で姿を消すことになってしまった。

 仮に本戦まで進んだとしても、アリサやオルブライト、サクヤのような独自性のあるデッキに勝つのは難しかっただろう。


「本当に強くなりたいなら、お前だけのデッキを作れ。

 誰の真似でもない、これこそが自分自身の全力だと思えるものをな。

 それでも負けたときには……ふふっ、意外と誇らしい気分になるぞ。悔しさが活力に変わっていくほどに」


「かしこまりました……わたくしなりに考えてみます」


 プロセルピナは偉大なる恩師に深々と頭を下げた。

 彼は冒険者だった頃から変わっていない。今もなお自分の道を切り開き、歩き続けているからこそ強いのだ。


 全てを失い、ゼロから再出発することになった少女。

 プロセルピナが再び戦線に復帰するまで、辛くて長い道のりが続くことだろう。

 しかし、歩もうと決意した。

 こうしてラヴィアンローズにログインし続けている時点で、彼女はまだ戦うことを諦めてはいないのだから。

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