第17話 未来のための投資
「わはぁ~っ、広~~~~~い!」
美しい南の海に囲まれた孤島。どうにか家1軒を建てられる程度の敷地であったが、リンはポイントを消費して拡張工事を行った。
陸地の面積が3倍ほどになり、広々とした砂浜の上をペットたちが駆け回る。
巨大なスピノサウルスが寝そべって日光浴をしても、まだ余裕があるほどの陸地を確保した。
今回、リンがルームの拡張を行ったのは土地を広くするためだけではない。追加でポイントを支払い、ついに彼女は自分用のバトルフィールドを設置したのだ。
足首まで水に浸かる程度の浅瀬を渡ると、ぽつんと円形の陸地が独立している。
そこに機械製のポータルが置かれ、ぐるりとサークル状にフィールドを囲んで海上の対戦エリアを形成していた。
『バトルフィールドへようこそ。
あなたの個人認証が完了しました。プレイヤー、リン』
「おお~、いつものお姉さんだ! これで自分の部屋でも、実験とか対戦ができるね!」
プレイヤーとして、また1歩前進したリン。
かなりポイントを使うことになったが、長期的に見れば有意義なものを購入したといえるだろう。
■ ■ ■
「いらっしゃいませ。おお、これはこれは、リンさん」
同日の午後、リンがコスチューム売り場に現れると、老紳士の店員はニコニコと笑いながら応じてきた。
今までは『お嬢さん』と呼んでいたはずなのだが、いつの間にか名前を憶えられている。
今やリンは時の人、初心者筆頭として注目を浴びる存在なのだ。
「大会では大活躍でしたな」
「いや~、ほんと運が良かっただけですよ。ミッドガルドじゃ探索ひとつもできない初心者のままでして……」
「ふむ、屋外では苦戦しておられると。あればかりは熟練が必要ですからなぁ。
ですが、この雑誌――」
店員がスッと取り出したのは、VR空間内で多くのゲーマーに読まれている『サイバーワールド通信』の先週号。
表紙の見出しには『圧倒的な強さ! ファイターズ・サバイバル優勝者のデッキを徹底解析!』と、王者の座を手にしたオルブライトが大きく映し出されている。
日本ワールドのプレイヤーたちが最後の1人になるまで戦った前夜祭イベント。
その様子を特集し、さらに目覚ましい活躍を見せたサクヤとリン、そしてクラウディアたちが所属する【鉄血の翼】も『次世代を担う若き精鋭』と評されている。
特にリンは初心者でありながら3位に入賞したということで、ひたすら目立つように取り上げられていた。
「始めて2ヶ月半で19連勝の快挙、『大物殺し』のリンですか」
「ああ~、読まないでくださいよぉ!
その二つ名だって、あたしが格下だから付いてるようなものですし」
「謙虚なお方ですな。ですが、評価は評価。この世界では誰もがヒーローになれるのですぞ。
まあ、心の準備というものも必要ですが……本日は何をお求めで?」
「えっと、毒とか暑さを防ぐ効果がある服ってないですか?」
「毒なら、こちらのハザードスーツ。熱は耐熱スーツがございます」
「うわぁ~……すごく、それっぽい!」
店員が見せてきたのは、どちらも研究者や宇宙飛行士が着るような完全防護の全身スーツ。たしかに効果はありそうだが、ファッション性は無いに等しい。
「見た目が、ちょっとなぁ……みんなは免疫とか熱耐性のポーションを買い込むみたいですけど、服なら着るだけでいいじゃないですか」
「そのとおり、ポーションには効果時間がありますが、服に付与されているなら永続です。
1着持っていれば危険地帯でも安心、さすがは目の付け所が違いますな」
リンが買い物に来た目的は、火山へ行くための装備とアイテムの準備だ。
有毒ガスが吹き出す場所もあるそうなので【免疫のポーション】、それに加えて過酷な暑さでライフがどんどん減っていくため【熱耐性のポーション】。
いずれもポーションで防げるのだが、服の効果でも良いのではないかと彼女は考えた。
「見た目が気になるのでしたら、合成という手段もありますが」
「そういえば、効果だけ他の服に移せるんですよね!
じゃあ、見た目はともかく状態異常とか、地形のダメージとかを全部まとめて防ぐ服ってあります?」
「ははは、なかなかに無茶をおっしゃる。ですが、ありますぞ!
その名も『超合金パワードスーツ』! 状態異常への完全耐性に耐熱、耐寒、耐電、耐呪が揃った至高の逸品!
高所からの落下や、溶岩との接触、氷漬け状態などではダメージを防げませんが、それ以外でしたら大抵は無効化できます」
「見た目が完全にロボットじゃないですかーーー!!」
超合金パワードスーツ、それは少年のロマン。
3mほどのロボットに乗り込むような形で着ることになり、ほぼあらゆる状態異常を打ち消す。
それ自体に防御ステータスは備わっていないが、深き墓場でキノコの胞子を浴びても平気なほど免疫力が向上するコスチュームだ。
「じゃあ、それを買って……あとは見た目ですね。
できれば、可愛い感じの服に合成したいけど……う~ん」
「ご予算のほうは、よろしいのですか?
パワードスーツだけでも、お値段的にはポーション2680個ぶん。このゲームを10年は続けないと元を取れませんが」
「ええええーーーーーっ!? そんなに高いんですか?」
当然ながら、至高の逸品が都合よく手に入るわけがない。
本来、パワードスーツはミッドガルドの超危険地帯を探索する猛者のための最終装備。あまりにもハイエンド仕様な上に高額なため、よほどの探検家でもない限りは手を出さない。
リンのように、ポーションをたくさん持つのが面倒だからという理由で買うものではないのだ。
「うぅ~……ルームの拡張で散財したばかりなのに。
これを合成すると、さらにポイントが掛かりますよね?」
「合成は2つのコスチュームのレアリティによって料金が変動します。高い服同士では割増しになりますが、片方を安くしておくと大幅に軽減されますぞ」
「はぁ~、そのへんを抑えて妥協するしかないかぁ……」
未来を担う初心者筆頭。日本サーバー3位になったリンは、始めて半年以内のプレイヤーの中では頂点に立つほどのポイント資産を持っている。
いや――持っていた。このときまでは。
ルームの拡張やバトルフィールドの設置、そして二度と状態異常にならないためのコスチュームを買い込んだ結果、彼女は大会で得たポイントの大半を使い込んだのであった。




