第16話 VRお食事パーティー
「で、キノコしか収穫はなかったと」
「はい……ごめんなさい」
メンバーたちが食料を持って集合する中、命からがら戻ったリンが得たのはキノコのみ。
とはいえ、すでにマグロを提供しているので、ギルドに対しては十分に貢献している。
「谷の上から落ちて無事に戻れただけでも奇跡ですよ。
私も探索に行くことがあるんですけど、初見じゃ厳しいですよね」
「探索って……ステラひとりで?」
「はい、ちゃんと準備すればソロでも大丈夫ですよ」
笑顔で答えるステラには、生まれつき嫌悪と恐怖への完全耐性が備わっている。
あの幻想的な墓場を探索する魔女は、想像するだけでも絵になる光景だ。そこに生息するモンスターさえ視界に入らなければ。
「おーす、米をもらってきたぞー!」
リンとは少し別行動を取り、フレンドから米をもらってきたユウ。
特に品種やブランドなどはなく、一律『米』として扱われるが、日本人も違和感なく食べられるものになっている。
続いて元気よく敬礼しながら報告したのは、キッチンからやってきたソニア。
「わたしとステラ殿からは、新鮮な魚を提供するであります!」
「へぇ~、そんなに魚を持ってたの?」
「リンが大会の本戦に出る前、一緒に海で釣りをしたのを憶えてますか?」
「ああ~、あのときの! あたしだけ釣れなかったんだよね……」
以前、リンが海で【マスターロッド】を手に入れたとき、ソニアとステラの釣りは順調だった。
食材の鮮度は何日経っても落ちないため、魚は釣れた直後の状態で保存されている。
「他にも果物などを採取してきたので、冷蔵庫に入れておきますね」
「私は調味料一式を買ってきたわ。醤油からスパイスまで、店には何でも揃っているみたい」
クラウディアが調味料を担当し、これで料理を始めるための条件が整う。
最後にサクヤが発言を付け加えて、ちょっとした差し入れを取り出した。
「うちからは緑茶や。お寿司いうたら”あがり”も欲しくなるやろ?」
「いいね~! それじゃあ、これで料理ができる……のかな?」
「ラヴィアンローズの世界で料理をするなんて思わなかったからな。
まずは説明に沿って基本的なところからやっていくか」
「とりあえず、今回は失敗しないように『オートモード』でやりましょう」
Tips――――――――――――――
【 料理 】
市販の食材やミッドガルドの収集品を使って調理する。
材料の他、いくつかの調理器具が必要。実行の際には以下のモードが設定されている。
『オートモード』は材料と【レシピブック】さえ揃っていれば料理の自動生成が可能。
『カスタムモード』はオートモードに独自の食材を加えることができるが、味や見た目が大きく変わるため慣れが必要。
『プロフェッショナルモード』は腕に自身がある料理人のために設定された、現実世界と同等の調理システム。
――――――――――――――――――
「え~と、【レシピブック】は運営から配布されたやつでいいのかな?」
「それは【基本編】ね。調味料のついでに【初級編】と【中級編】を買ってきたけど、この時点ですでに本格的だわ」
「本を持ってる人じゃないと作れないんでしょうか?」
「そうみたい。一応、【基本編】だけでもサンドイッチとかカレーは作れるけど、本格的なお寿司になると【中級編】ね。
ちなみに、ここから上は『オートモード』に対応していない【上級編】と【超級編】」
「【超級編】って……どれだけ本格的なんだよ。
世界の数カ国が協力して作った技術らしいし、相当なものができるんだろうな」
「わ、わたしは学校の家庭科でしか料理したことがないのですが……」
「うちはそれなりに作るけど、こっちの世界だと勝手が分からんよなぁ」
メンバーの中には料理をたしなむ者もいるようだが、あくまでも中高生の範囲内。
日本ワールドで頭角を現し始めた新進気鋭のギルドも、決闘以外では一般人と変わらない。
「じゃあ、本を持ってるクラウディアにお寿司を頼もうか」
「任されたわ。レシピに載ってる【本格握り寿司セット】を作ってみるわね」
「おお~っ、お姉さまが寿司職人に! さすがは万物創生の神に愛されしギフテッド!
たまに作ってくれるパスタは、それはそれは絶品なのであります!」
「へぇ~、パスタとか作るんだ」
「ええ、本当に”たまに”だけど」
「わたしの誕生日には必ず作ってくれるのです」
リーダーの意外な面が見られそうな会話をしつつ、【レシピブック】を手にしたクラウディアがキッチンに立って、コンソールを操作する。
今回はオートモードなので料理を作るのは彼女ではなく、この世界のシステムだ。
「材料は新鮮な魚を数種類と、卵、お米、酢、醤油。
使った魚によってネタが変わるみたいだけど、メインはマグロね。
これで材料は揃ったから、あとは実行を押して……」
クラウディアがコンソールに表示されたボタンを押すと材料が消費され、ボフンと煙が上がって魔法のように料理が現れる。
赤身が美しいトロに、尻尾が付いたエビ、光り物のアジ、他にも豪華な魚の寿司が一瞬にして完成した。
「おおおお~~~! すげえ……本当に寿司になった!」
「驚いたわ、まるで魔法みたいね」
「これは料理っていうより、クラフト……かなぁ?」
「錬金術のゲームをやってるみたいですよね。あまり料理をしたという実感がないというか……」
「でも、めちゃくちゃ美味しそうであります!
お姉さまが作ったとなれば、もはや1000年は代々受け継ぐべき家宝!」
「いや、食べなきゃダメでしょ。1000年前のお寿司って何なの?」
操作したクラウディア自身は寿司など握ったことはないが、技術がなくても作れるのがVRの世界。
だが、リンたちが言うように、これでは料理というよりアイテム合成である。
失敗しない代わりにボタンひとつで終わってしまう料理。それでは味気ないと思うプレイヤーのために、他の調理難易度があるのだろう。
急に現れたので一同は驚いたが、まるで料亭で出てくるような立派な握り寿司。
リンが持ち込んだクロマグロは6人前の寿司を作ってもなくならず、仮想世界の冷蔵庫でなければ膨大な量の切り身になっているに違いない。
「それじゃあ、ラヴィアンローズの5周年のお祝いと、キッチンを提供してくれたサクヤへの感謝を込めて」
「「「「「いただきま~す!」」」」」
そして、実食。
箸で寿司を持ち上げ、醤油を付けて口に運び、味を楽しんだ後でお茶を飲む。
米の食感から魚の肉質、醤油の塩辛さまで、完璧なまでに再現された寿司の味。
口の中でほぐれていく銀シャリに、新鮮な魚の旨み、とろけるように濃厚なトロの味わい。
何を美味いと思うのかは人それぞれだが、多少は料理にうるさい食通でも納得できるレベルに仕上がっている。
それもそのはず、鮮度が違う。ごく一般的な中流家庭で育ったリンには、滅多に食べられない特上の寿司だ。
「んんんん~~~~~っ、美味しい! スーパーとか出前のお寿司より美味しいよ!」
「簡単に作れたのもすごいですけど、味もしっかりしてますね」
「これで現実に戻ったとき、ちゃんと腹が減ってるんだろ?
どんな技術使ってんだよ……やべえな、ラヴィアンローズ」
「ああ~、このお茶。普段から飲んどったんやけど、ええ緑茶やないか~。
とうとう味が付いたもんを飲めるようになったんやな」
仲間同士でテーブルを囲み、寿司を堪能する6人。
こうして彼女らは、『フルダイブしたVR空間の中で食事を取る』という人類文明の最前線に到達した。
好きな服を着飾り、島ひとつを丸ごとマイルームにして住み、美味いものを好きなだけ食べる。
衣食住の全てを思いのままに満たす仮想空間は、リンをますますVRの中へと引き込んでいくのであった。




