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第15話 楽しい食材集め その5

 とある山に1頭のオオカミがいた。彼は過酷な環境で生き抜き、数々の戦いを制した猛者。まさに生態系の頂点である。

 他の猛獣との縄張り争いに勝ち、たくさんの仲間を集めて群れを作り、絶対的なボスとして君臨すること数年。


 やがて時は流れ、次第に彼は老い衰えていく。欠けた歯では獲物を食らうこともできず、体は痩せ細っていくばかり。

 彼は次世代の若者に後を託すと、ついに生涯を終えて山の片隅で眠りについた。


 その遺骸は即座に腐り始め、放たれた悪臭が狼煙(のろし)のように虫たちを呼び寄せる。

 武勇を誇った支配者が、小さな虫の群れに解体されていくという弱肉強食の末路。

 どれほど強いアフリカゾウやマッコウクジラでさえ、命が燃え尽きたときには他の生物のエサとなるのだ。


「グロロロロロロロロロ……」


 ミッドガルドの大地に大きく口を開けた深き墓場(アビサル・グレイブ)。そこは”死”という自然の生態系を見事に再現していた。

 巨大な生物が数多く存在する幻想世界。その遺体を解体する掃除人(スカベンジャー)たちも、仕事の量に合わせて常識はずれな大きさになっていく。


 積み上がった骨の下から姿を現し、リンたちの前で柱のように高く伸びた虫。

 それこそが墓場の主、この大広間を支配する★3レアモンスターであった。


Enemy―――――――――――――

【 グレイブキーパー 】

 クラス:レア★★★ タイプ:昆虫

 攻撃6900/HP8400/敏捷50

 効果:このモンスターがユニットを破棄したとき、バトル終了まで半分の【基礎ステータス】を取り込む。

 複数のユニットを倒した場合は、最も効果が高いものを保持する。

 スタックバースト【挟み撃ち】:永続:付近にいる【タイプ:昆虫】のモンスター1体の【基礎ステータス】が加算される。

――――――――――――――――――


「うええええ~~~っ! 気持ち悪いいいいいい!!」


 その姿は例えるなら巨大なイモムシ、あるいはカブトムシの幼虫。

 丸いレンズのような複眼が付いた顔と、その下で(うごめ)く何本もの細い足。ブヨブヨした体には細かい毛が生え、うっすらと内臓が透けて見えている。

 どれほど大きな生物の遺骸であろうと解体できる強靭な大顎。その間から放たれた雄叫びは、死霊のうめき声のごとく低く響いた。


「ボォオオオオオオオオオオオウッ!!」


 耳を塞ぎたくなるほど恐ろしい声だが、今はそんな余裕すらない。

 彼――いや、”彼ら”はその名が示すように墓の番人(グレイブキーパー)。骨の下から2体目が現れ、リンとユウを包囲するように回り込む。


「に、逃がさないつもり!?」


「合流させるな! こいつらを群れにさせたら、スタックバーストが発動して終わりだ! 俺とリンで1体ずつ引き受けるぞ!」


「分かった! って……バーストさせたら、ほんとにヤバイじゃん!」


 これも死体を食らう掃除人(スカベンジャー)の一種だが、戦闘能力も驚異的。

 付近にいる昆虫モンスター1体のステータスを合算するというスタックバースト。それが発動するのは、【グレイブキーパー】が同時に2体以上いる場合のみ。

 自身が昆虫モンスターであるため条件を満たしあい、攻撃力13800、HP16800、敏捷100という手に負えない怪物が2体完成する。


 反面、能力さえ発動させなければステータスが大きいだけのモンスターだ。

 リンとユウは1体ずつ引き受けてエンゲージし、それぞれ別の群れに分離させる。


「思いっきりやるよ、【アルテミス】!」


「了解です、マスター」


 銀の毛皮に身を包んだ女神は、弓を手に巨虫と対峙する。

 一方、少し離れたところで戦闘を開始したユウは、先制攻撃を叩き込んでいた。


「【シャドーブレイダー】、【バスター・ビートル】、【メガニューラ】、全軍攻撃!」


 昆虫ユニットたちが飛びかかり、合計6500の大ダメージ。カマキリによる虫特効も加算され、膨大なHPの大半を削り落とす。

 しかし、このデッキは全体的に防御力が低い。最も硬いカブトムシの【バスター・ビートル】ですら1800。一撃でも受けたらユウは貫通ダメージで即死だ。


「キシェエエエエエーーーーーーーーッ!!」


「相手側の攻撃か……【メガニューラ】でガード! カウンターカード、【クイック・アヴォイド】!」


 大顎から粘液を垂らしながら、巨大イモムシが食らいついてくる。

 その光景だけでも悪夢を見ているようだが、ここでユウがガードさせたのは防御力が100しかない★1のトンボ。

 無論、彼なりに勝算があった上での判断だ。


Cards―――――――――――――

【 クイック・アヴォイド 】

 クラス:コモン★ カウンターカード

 効果:自プレイヤーの所有ユニット1体がガードしたとき、バトル相手との【敏捷】の差を算出する。

 その数値を回避率として判定し、回避に成功した場合は相手の攻撃を無効化する。

 このカードは1回の戦闘で1枚しか使えない。

――――――――――――――――――


 使用に制限はあるが、敏捷ステータスを使って敵の攻撃を回避するカード。これも新しく実装された1枚であり、ミッドガルドで使うことを想定されている。

 【メガニューラ】は持ち前の敏捷力200を活かし、襲いかかってくる巨虫を軽やかな飛翔で避けた。


「へぇ~、トンボと相性がいいカードだね!」


「だろ? お前のほうは大丈夫か?」


「うん、【アルテミス】なら普通に耐えられるよ」


「まったく、ブッ飛んだ性能の女神様だよなぁ! ちくしょう!」


 数々の装備品で要塞化した女神には、もはや小細工など必要ない。ヤモリの効果で被ダメージも半減されている。

 そもそも、リンクカードを破壊する攻防8000のスピノサウルス3体と正面から殴りあっていた【アルテミス】だ。

 沼での戦いに比べれば、【グレイブキーパー】は見た目がグロテスクなだけ。


 もっとも、さすがにスタックバーストが発動した状態で2体に囲まれたら、リンは成すすべもなく潰されてしまうだろう。

 兄妹のコンビネーションで分断しているからこそ、こうして各個撃破が可能になっている。


「ギャオオオオオーーーーー…………ッ」


 2体の【グレイブキーパー】が骨の上に倒れたのは、ほぼ同時であった。

 粒子になって消えていく巨体から光球が飛び出し、ドロップアイテムとしてコンソールに収められる。


「やったね! なんだか見たことがないアイテムが出たよ」


「俺もだ……【ハイグレード・ブランクカード:★1】?」


 ブランクカードは戦闘終了後、まれに気絶した野生モンスターを自分のカードにするためのアイテムだ。

 ミッドガルドの冒険では必需品なのだが、今回のドロップで得たものは少し効果が違う。


Tips――――――――――――――

【 ハイグレード・ブランクカード 】

 戦闘中に使用すると、対応するレアリティの野生モンスターを倒したときに必ず気絶し、自動でカード化される。

 強力なモンスターから戦利品として手に入るが、レアなものほど入手難易度は高い。

――――――――――――――――――


「へぇ~、便利だね。狙った子を必ず捕まえられるんだ」


「こりゃいいな、★1限定でも使いどころはありそうだし」


「あたしにとっては【アルテミス】の装備品だから、もっとたくさん集めたいんだけど……さすがに、ここを周回するのはやだなぁ」


 環境が危険すぎる上に、見た目がきつい虫まみれ。周回するなら、もっと適した場所があるだろう。

 ここはVR空間なため、戦闘が終わると何事もなかったかのように全てが片付けられて元通りになる。

 積み上がった骨が荒らされることもなく、再び静かな墓地へと戻っていく中で、ユウは苦笑しながらリンに語りかけた。


「モンスターを捕まえるといえば、今の戦いだけどさ。

 【グレイブキーパー】も昆虫だから、俺のデッキに入れたら強そうなんだよな。

 でも……分かるだろ?」


「うん、言いたいことは分かるよ。ウチのギルドって女の子ばっかりだしね。

 今さらアレを持ち込んだくらいじゃ嫌われないと思うけど、兄貴を見る目が変わっちゃいそう。

 ここは強さを選ぶべきか、女を選ぶべきか。人生の分かれ道ってヤツじゃない?」


「そこは仲間って言えよ! いまだに男が俺ひとりなの、けっこう肩身が狭いんだからな!」


 軽く冗談を言いあいながらも、2人は骨が並ぶ大広間を足早に通り抜けていく。

 ユウは不満げな顔をしているが、こうして兄が一緒にいてくれるのは本当に頼もしい。


 いつの頃からか、リンは――涼美(すずみ)は兄に対して無愛想になっていた。

 かつては仲が良かったはずなのに、成長と共に距離感まで育ってしまい、顔を合わせれば憎まれ口を叩くばかり。

 そんな兄でも、妹の窮地には駆けつけてくれた。昔と変わらない頼もしさで、自分の危険も(かえり)みずに来てくれたのだ。


「今回は、ほんと……感謝だね」


 道を知っているため先導して進むユウ。その背中に向かって、リンは小声で言葉を伝えた。

 この大広間さえ抜ければ、あとは脱出ルートに沿って進むだけ。兄の案内で崖の上まで行ける道を教えてもらい、2人は無事に地上へと帰還したのだった。

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